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湘南から沖縄へ④ 沖縄移住6年、見えてきた現実

沖縄移住というと、青い海、暖かな気候、ゆったりと流れる時間――そんなイメージを持たれやすい。

実際、それは間違っていないと思う。

けれど、暮らしというのは観光とは違う。

住んでみて初めて見えてくることがある。
今回は、沖縄へ移住して6年が経った今、あらためて感じている「現実」について書いてみたい。

食べ物は「慣れた味」が恋しくなる

一番大きいのは、人間の基本的な欲求、やはり食べ物かもしれない。

内地と沖縄、どちらが美味しいという話ではない。

沖縄そばは沖縄で食べるから美味いし、日本そばはやはり本土で食べるそばがしっくりくる。

だが、長年食べ慣れた味というのは、身体に深く染みついている。

時々、どうしてもかつての地元の味が恋しくなることがある。
ふと、「藤沢にラーメンを食べに帰りたいな」と思う時がある。

味覚というのは、案外、故郷そのものなのかもしれない。

沖縄の冬は、意外と寒い

前編で冬の沖縄は暖かいと書いた。
確かにそれは間違いない。
ただ、実際に暮らしてみると、これが意外と寒い。
これは旅行で来てた時には気づかなかったことだ。

実際、移住一年目は冬でもTシャツで平気だった。

ところが人間は慣れる。
二年目には、神奈川で処分してきたライトダウンを結局また買い直すことになった。

しかも沖縄の冬は、本土の太平洋側とはかなり違う。

神奈川の冬は空気こそ冷たいが、晴天が多い。
冬独特の澄んだ青空がある。

一方で沖縄の冬は、曇りの日が多く、風も強い。

気温そのものよりも、あの灰色の空がじわじわと気持ちに響く。

これも、住んでみて初めてわかったことだった。

人間関係は、思っていたよりずっと温かかった

移住前は少し不安もあった。

「内地から来た人間を嫌う人もいる」
そんな話を耳にしたことがあったからだ。

もし馴染めなかったらどうしよう。
周囲から浮いてしまったらどうしよう。

だが実際に暮らしてみると、それは完全な思い過ごしだった。

皆さん、本当に親切にしてくれる。

もちろん、自分なりに大事にしていることがある。

「郷に入っては郷に従え」

これは沖縄に限らず、どこで暮らすにしても大切なことだと思う。

どこか他の土地に移り住むのなら、その土地に以前から暮らしている人たちへの敬意を忘れてはいけない。

自分の考えを押し通さない。
その土地のやり方を尊重する。

そして地元の人も移住者も関係なく、誰に対しても心を開いて誠実に接すること。

結局、人間関係というのは、どこで暮らしてもそこに尽きる気がする。

沖縄は意外と物価が高い

これも、よく驚かれることだ。

沖縄は意外と物価が高い。

野菜や牛乳など、品物によっては内地のスーパーの方が安いこともある。内地からの運送料がかかっているためだ。

家賃もかなり上がった。

6年前、自分が越してきた頃と比べると、うるま市周辺の賃貸相場はかなり上がっている。

以前なら市街地から外れれば、10万円ほどだったそこそこ年数の経った平屋の一戸建てが、いまでは15万円前後することも珍しくない。

もっとも、これは沖縄だけの話ではないのだろう。

全国的に、暮らしそのものが厳しくなっていることを実感する。

65歳を過ぎて、三つの仕事を経験

自分は昔から、お金の計算や人生設計があまり得意ではない。

かなり大雑把な性格だ。

だが、沖縄へ来る前から、夫婦二人の年金だけでは厳しいだろうとは思っていた。

63歳で仕事を辞めて移住し、最初の一年は失業保険を受けながら暮らした。

だが移住直後は何かと出費が多い。

預金が減っていくスピードは想像以上で、正直かなり怖かった。

65歳になって夫婦ともに年金支給が始まり、多少は楽になった。
それでも家賃や生活費を考えると、まったく足りなかった。

結局、仕事を探すことになった。

一つ目はホテルのフロント

最初に働いたのは、沖縄市のビジネスホテルのフロントの仕事だった。
フロントといってもワンオペで、あらゆる事を任された。

朝7時から昼12時まで、平日5時間勤務。

月収は10万円に届かない程度だったが、一年半続けた。

二つ目は水道メーター検針

次に始めたのが、うるま市の水道メーター検針。

これは今も続けている。

一軒44円。
1300件ほど回って、月収は6万円ほど。

毎月1週間から10日ほど、1日2時間くらい歩いて回る。

友人に話したら、

「今はお金払ってジムに行く時代なんだから、運動してお金もらえるなら最高じゃないか」

と冗談めかして言われた。

真に受けた。
たしかに、その通りかもしれない。

住宅地を歩きながら町を観察するのも面白い。
散歩の延長のような仕事だ。
歩くのが好きな人にはお勧めだ。 

三つ目は人生初の夜勤

そして三つ目。

恩納村にある OIST で、深夜勤の緊急電話対応の仕事をしている。

週に2日、土日の夜11時半から朝7時半まで。これが月に10万程度。

仕事そのものは静かだ。
電話が鳴ることは滅多にない。

だが問題は、睡魔との戦いである。

週に二日だけ夜通し起きる生活は、やはり身体にくる。

一年経った今でも完全には慣れない。

「いつまで続けられるだろう」

そんなことを考える時もある。

猫にも、お金はかかる

我が家には猫が3匹いる。

毎日の餌代は当然だが、
先日、一匹が病気になり、手術を受けた。

検査や薬代も含めると20万円ほどかかった。

ペットは家族だ。
だから必要なお金は惜しめない。

けれど、現実としてはやはり大きな出費になる。

理想だけでは暮らせない

沖縄に越して来て、間違いなく良かったと思っている。

この土地の空気、海の近さ、時間の流れ。
石川の町。

ここで暮らせてよかったと思う瞬間はたくさんある。

ただ、理想だけで暮らしは回らない。

家賃があり、仕事があり、体力の衰えがあり、予想外の出費もある。

夫婦二人だけなら、もっと切り詰められるだろうと思う人もいるかもしれない。

けれど、長年積み重ねてきた生活を大きく変えるのは、そう簡単ではない。

60代以降の暮らしは、理想だけでは成り立たない。

それでも現実を見つめながら工夫していけば、自分なりの暮らし方はきっと見つかる。

しかし、仮に経済的に足りていても何かしらの仕事はしているだろう。

人との交流、社会との繋がり、必要とされていること。
とても大事だと思う。

沖縄での6年間は、そんなことを少しずつ教えてくれている。

続く→沖縄移住⑤
前へ→沖縄移住③


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