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湘南から沖縄へ①家探し ー スルメみたいな土地で、暮らしはじめた。

家探しという、消耗戦

コロナウィルスのパンデミックの真っ只中、2020年。
神奈川から沖縄へ移り住んで、もう6年が経つ。

移住で何が一番大変だったかと聞かれたら、迷わず「家探し」と答える。

旅行で何度も訪れていたとはいえ、土地勘はまだまだ薄かった。頼れるのはネットの賃貸情報だけ。時間さえあれば不動産サイトを開き、新着物件が出ればすぐに確認する。そんな日々が続いた。

沖縄の賃貸はスピード勝負だ。良い物件は本当に一瞬で消える。つまり最後は、運の要素もかなり大きい。

しかも我が家には、犬が1匹、猫が2匹いた。

「ペット可」の物件自体は、探せばそこそこある。けれど実際には、「小型犬1匹まで」「猫はOKだけど犬は不可」「犬はいいが猫はダメ」——そんな条件付きがほとんどだった。

探して、探して、探し続けて。そのうち、だんだん疲れてきた。

もう無理かもしれない。沖縄移住そのものを諦めかけていた頃、ようやく一軒の物件に辿り着いた。

問い合わせると、不動産屋はあっさりこう言った。

「何を飼っても大丈夫ですよ」

予算はかなりオーバーしていた。でも、その時の自分たちには、家賃の問題より「もう探し続ける気力が限界だった」という方が大きかった。
そして同時に思った——コロナが猛威を振う中、これから世の中がどうなるのか。これを逃したら、沖縄移住そのものが消えてしまうかもしれない、と。

すぐに電話を入れた。

「週末に内覧へ行くので、どうか待っていてください」

その週末には、神奈川から沖縄へ向かっていた。

うるま市、という選択

向かった先は、うるま市だった。

沖縄には旅行で何度も来ていたのに、正直なところ「うるま市」の印象はかなり薄かった。観光地として名前が知られているのは、海中道路と勝連城址くらいだろうか。勝連半島から先の島々へ橋で渡れるあの道と、琉球王国時代の面影を残す城跡だ。

那覇のような都会の派手さはない。北谷のような観光地の華やかさもない。恩納村のようにリゾートホテルが並んでいるわけでもない。かといって、コザのような"分かりやすい沖縄感"を前面に出してくる感じもない。

でも、実際に暮らし始めると分かってくる。

ここには、「観光用に作られた沖縄」ではなく、「人が生活している沖縄」がある。

大型スーパーのすぐ近くに畑があり、少し走れば港があり、工業地帯もある。古い集落も残っていて、地域ごとの空気感が驚くほど違う。伝統芸能や地域行事が、今も生活の中に息づいている。

そして、その風景の中には当たり前のようにアメリカ軍基地もある。

フェンスに囲まれた広い土地。英語の看板。軍関係者向けのアパートや店。行き交うYナンバーと軍用車両。それらが特別なものとしてではなく、日常の景色の一部として存在している。

実は自分、沖縄に来るまでは、神奈川にある米軍基地で35年間働いてきた。だから在日米軍の存在は、人一倍身近なつもりでいた。それでも、沖縄——特に中部地域での密度は、まるで違う。「沖縄の暮らし」を知ろうとするなら、基地の存在を切り離して考えることはできない。うるま市に住んで、改めてそのことを肌で感じるようになった。

スルメみたいな土地

うるま市は、住めば住むほど味が出てくる。

派手ではない。けれど、じわじわと良さが染みてくる。

まるでスルメみたいな土地だ。

そんなうるま市の中でも、自分と妻、犬1匹、猫2匹が暮らすことになった町——それが、石川だった。

続く→沖縄移住②


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