短編小説 なだらかな丘
宮崎の人はのんびりしていてお人好しが多いとよく聞くが果たしてそうなのだろうかと私は思う。お昼のサンドイッチの包装紙と牛乳パックを潰すとぽいっとゴミ箱に投げ捨てた。これから数Ⅰの時間である。私は斜め前に座る日高くんの背中をじっと見つめる。日高聡。彼は背が高く眼鏡をかけていて勉強が良くできた。数Ⅰの授業なんて馬鹿らしくて聞いてられないのだろうなとこちらが思わされるぐらい彼は成績優秀な生徒であった。そうなのだ。私はこの日高聡のことが好きなのだ。いかにも人畜無害そのもののような顔をして、教師に対しても態度を変えず辛辣な意見を言うところなど、事なかれ主義が大半まかり通ってしまうこの地においてなかなか希少な人物であった。おそらく彼は高校を卒業したら東京の大学に進学するのだろうなぁと漠然とした思いが私の中にはあった。
「雅、帰ろう」友人の真紀に声をかけられるまで私はいつものようにぼぉーとしながら掃除の時間を終え帰り支度に勤しんでいた。彼女とは中学からの友人でふたりとも帰り道が同じ自転車通学であることもあってこうやっていつも一緒に帰宅するのである。「ごめん。帰りマックスバリュ寄りたい。お母さんに買い物頼まれたんだ」真紀がこういうので私達は少しだけ遠回りして店に寄ることにした。真紀は買い物メモを取り出すとまずは野菜コーナーに歩いていった。私は特段買うものもなくて真紀に付いて従った。
真紀がうれしそうに「じゃりパンみーっけ。何味がいいかなぁ」とパンコーナーの前で迷いだしたところで、私も「これ妹が好きなんだよなぁ」とお土産にじゃりパンを一つ買うことにした。じゃりパン。地元民なら一度は食べたことのある、ミカエル堂というパン屋発祥のご当地パンである。バタークリームとグラニュー糖が合わさったクリームが挟んであるコッペパンで食べるとじゃりじゃり音がするのでその名もじゃりパン。昔から母親が買ってきていたから私も食べていたけど、私自身はそこまで好きなものでもなかった。素朴と言えば聞こえはいいが、何だかもっさりしているのだこのパンという感想しか浮かばない。結局真紀は散々迷ってラムレーズン味とプレーン味、私はチョコレート味を一つ買ってその場を離れることにした。のだが、そこに思いも寄らない人物が通りかかったので私は一瞬硬直してしまった。日高聡である。彼は私達に気づくと軽く会釈した。そして先程の真紀と同じようにじゃりパンを嬉々として物色しだしたのである。止せばいいのに真紀はそんな彼に向かって「日高くんはじゃりパン好きなの?」と話しかけた。そうしたら彼はとても照れくさそうに「そうなんだ。時々どうしても無性に食べたくなるぐらい好きなんだ」とこたえた。真紀は私が日高くんを好きなことを知っているので積極的に話しかけたのである。「近藤さんたちもじゃりパン買いに?」
「ううん。私はお母さんから頼まれた買い物してただけだよ。雅はその付き添い」
「でもふたりともじゃりパンもってる。好きなの?」
「私はね。雅はそうでもないらしいんだけど妹さんにお土産だって」
「そうなんだ。黒木さんは優しいんだね」
私はその場でまた硬直してしまった。「じゃあ」と日高くんが手を振って会計レジに向かっていくところをじっと見守っているより仕方がなかった。
「なーんかさ、日高くんって達観してるというか近寄りがたい感じがしたけど、じゃりパンが好物なんて可愛いところもあるだね」と真紀。
「もうっ、いきなり話しかけないでよ。心臓が止まるかと思ったよ」
「いひひ。雅の真っ赤な顔見られて楽しかった!」
「こんにゃろ」
私たちふたりはパン売り場でひとしきりじゃれ合うと帰り道では笑って別れたのだった。
家に着いて私は早速じゃりパンを食べてみることにした。記憶の中のそれはもっさりとして野暮ったい味がしたはずなのだけど、何だろう今日はやけに美味しく感じる。日高くんも今頃じゃりパン食べてるかな。彼は何となく人の輪の外側にいつもいて、それで寂しいとかそれが悪いとか思わないようなタイプの人だと勝手に思っていた。案外彼はこの地にずっと居残るタイプの人かもしれないなとまた勝手に私は思い始めているのだった。
明日彼に美味しかったじゃりパンの感想を伝えてみようか。そんなことを数Ⅰの復習をしながらぼんやりと考える。彼には丘が似合うと私は思う。静かで荒々しくなく日向ぼっこできるような丘。いつか私が作ったサンドイッチを持って海沿いの丘でデートできたらいいなぁと思う。この土地をどこかうっすらと嫌悪して早く都会に出たいと漠然と思っていたのは本当のところ私だったのだ。将来のことはまだ完璧には分からないけど生まれ故郷を少しでも好きになれたらそれはまた幸せなことである。そんなことを思いながら私はその日安らかな眠りについたのだった。
(1980文字)
こちら「第二回すべて失われるものたち文芸賞」への応募作品となります。
花澤様、皆様よろしくお願いいたします。
