三好貴士コーチ(25/26シドニー、現MLBシンシナティ)インタビュー【前編】
“芸能マネジャー”のような忙しさも、自分がアドバイスをした選手の成長を感じたときが、やりがいに
高校卒業後、単身渡米。海外で、プロ野球選手としての道を切り拓いた。2003年からは、指導者としてアメリカ独立リーグを中心に渡り歩き、現在はMLB2チーム目となるシンシナティ・レッズ傘下のマイナーリーグでコーチを務める。25/26シーズン、シドニーで打撃兼内野守備コーチを務めた三好さんに、ABLのコーチ業、そして三好さんの描くコーチ像について聞いた。(トップ画像:左が三好さん、右はカイ・ジャクソン投手 ⒸBaseball Australia)【後編はこちら】

左からダニエル・メッドコーチ、三好さん、ブルック・ナイト監督、
ジェイソン・ドーマーコーチ、ライアン・ぺネル投手コーチ
(画像は三好さん提供)
“緻密な野球”がシドニーの強さ
――シドニーで打撃兼内野守備コーチを務めることになった経緯を教えてください。
2024年からMLBシンシナティ・レッズに所属し、ルーキーリーグのチームで、コーチを務めています。ドミニカ・サマーリーグ(DSL)が終わった25年の9月ごろ、レッズのコーチの一人から、「今、オーストラリアでコーチを探しているんだけれども、ヨシ(三好さんの愛称)、やってくれないか」と声を掛けられたのが始まり。レッズからもABLにプロスペクトの選手を派遣する意向だったのですが、実は当初、皆あまり行きたがらなかった。今の選手は試合経験を積むより、最先端の施設でトレーニングするほうを好む傾向にあるんですよ。そんななかでハンセル・ヒメネスという、僕がDSLで2年見ていた内野手の派遣が決まりました。彼は球団としても期待の高い選手でしたし、僕も彼をよく知っていたので、それならということで、オーストラリア行きを決めました。
――レッズからシドニーには結局、3選手派遣されましたが。
シーズン直前になって、パブロ・ニュネス(外野手)とヒルビン・モリーリョ(捕手)が追加されました。本人たちが、「ヨシがコーチで行くなら、自分も行きたい」とエージェントに言ったらしいです。彼らに直接聞いたわけではないですが、2人ともDSLのとき、同じチームでコーチと選手としてかなりの時間を一緒に過ごしており、僕のことをよく知っていました。僕はレッズでは基本、守備メインで選手たちを見ていますが、今回のシドニーでは打撃コーチ兼任。僕が打撃についても教えられることを分かっていて、そこに対する興味もあったのではないかと思います。
――シドニーでのコーチとしての仕事は「打撃兼内野守備コーチ」ですから、その3人を“引率”するだけではないですよね?
もちろんシドニーの野手全員を見るのが仕事です。そのなかで、MLB組織からはレッズの3人のほか、アストロズからアンソニー・フエゾ(外野手)、ブルージェイズからディラン・リーチ(捕手)、マーリンズからエリック・ラタザック(外野手)が派遣されていました。MLBはどの球団も、シーズンオフに各選手をどう育成するかを決めた「プレーヤープラン」を作っています。しかし、派遣先のチームのコーチがそれを知らないと、育成方針とは異なる練習メニューや試合出場を課してしまう可能性があります。MLB球団が実現したいプランは、やはりMLB側に入っている人間のほうがより理解できる。それが、僕をシドニーに入れたかった一番大きな理由でしょう。
――シドニーのコーチング・スタッフはどんな構成だったのですか?
ブルック・ナイト監督はアメリカ人で、ABLの監督を3球団7季歴任しているレジェンド。投手コーチのライアン・ペンネルはMLBレイズからの派遣です。オーストラリア人コーチ2人は野球以外の仕事もしているので、ウイーク・デーはそれが終わってから練習に来る。遠征には1人が同行し、1人は残る形でした。でもこの2人がアナライザーとしてデータを非常に細かく、丁寧に分析してくれていたんです。だから、シドニーは強かったんですよ。
――シドニーは投打のバランスよく選手も揃っていましたが、組織として野球を突き詰めていたところも大きかったんですね。
それは絶対にありますね。監督のブルックのリーダーシップが大きかったと思います。彼はアメリカで大学野球の監督を17年務めている、ウエストコーストリーグ史上NO.1の指揮官。そのカレッジボールのやり方を、プロでも実践していました。サインは細かく、フライを打って走らないとか、一塁まで全力疾走しなければ、即交代です。規律をきちんと求める一方、選手の扱い方も上手でした。アメリカでビジネスオーナーもしていて、(ABLの)試合後、夜中の1時2時にアメリカのお客さんと取引していました。ビジネスマンとしても監督としても有能であるうえ、人間的にも素晴らしい人なんですよ。
――シドニーでは日々、どのように過ごしていましたか?
シドニーは基本的に月、火曜の午後5時半からが全体練習。ただ、打撃でも守備でもアーリーワークをしたい選手がいるので、彼らを車に乗せて、遅くとも4時半までには球場入りしていました。また僕たちコーチ陣も、1ラウンドごとにデータを見直し、過去のラウンドの振り返りをする時間を練習前に取っていましたね。レッズの選手については月、火の午前中にジムに連れて行き、球団から指定されているジムワークもありました。そのあと、買い物があればスーパーマーケットに連れて行き、髪の毛を切りたければ美容院に連れて行き、と。ほぼ芸能マネジャーのような毎日でしたね(笑)。
――水曜は全体練習がなかったのですか?
水曜はローカルの選手が仕事で来られないので、午前10時から12時まで、インポートの選手だけで練習をしていました。練習後、選手を車で一度ホテルに連れ帰ったあと、僕だけまたグラウンドに戻ってきて、地元の子どもたち6人に野球教室。2人ずつ、3セッション行いました。そして、木曜からは試合ですね。
――ABLの場合、コーチが打撃投手も務めますよね。
練習、試合共にノッカーも打撃投手も務めていました。シドニーはなぜか打撃マシンを使わないので、僕がずっと打撃投手として投げていましたね。2カ月、ほぼ週6日ペースで投げていたので、選手も「ヒジ、大丈夫ですか?」と驚いていました(笑)。大丈夫ではなかったです。肩が飛びそうでした(笑)。僕ももう結構トシなので、自分自身ストレッチをしたり、ジムで鍛えたりしておかないと、体が動かない。加えて、遠征の空港との送迎もすべてコーチが運転するので……。投手コーチのライアンとも、「フィールドでの(野球の)仕事はメチャクチャ面白いけれども、フィールド外の仕事がありすぎて、まあ大変だよね」と話していました。2カ月間、休む時間はなかったですね。

(ⒸBaseball Australia)
守備の教え方を“ABLグラウンド用”に変えた
――そうしたなかで、三好さんが感じたやりがいや、選手たちを見て感じたところは?
シーズン中、違う球団の選手を預かって見るチャンスはないので、そこがまず面白かったですね。選手にアドバイスをしたり、話し合いをしたりする中でパフォーマンスが変わっていく姿を見ると、少しでも彼らの助けになれたのかなと思えました。選手が明らかにうまくなったと感じる瞬間は、やりがいを覚えましたね。
――それは単に打率などの数字だけではなく?
選手に「これはどう見える?」と聞かれて、「今、こうなっているから、もっとこうしたほうがいいんじゃないかな」とアドバイスをする。選手がその通りにして何かしらの結果が出る。その繰り返しで、選手は「ああ、やっぱり(コーチは)ちゃんと見てくれているんだな」と感じて、僕らを信用してくれます。フエゾは最初打てなくて、結構心配性の子なので、「どう思う?」とすぐ聞きに来てくれたんです。それで、タイミングの取り方やボールに入って行く間合いの取り方について、「スイング自体はいいんだけど、今、ここがこんなふうになっているよね」とビデオを見せながら話をしました。そのあと、いきなりヒットを打って、「ヨシの言った通りだった」と嬉しそうに言ってくれました。
――ABLのグラウンドなどの環境は、アメリカでいえばどのレベルに該当するものですか?
アメリカの独立リーグでも、フロンティアリーグやアメリカン・アソシエーションといった老舗のリーグは、完全にプロ野球の興行として成り立っていますから、ファシリティーもしっかりしています。オーストラリアの野球はメジャースポーツではないこともあって、全体的にそのレベルには追い付いていないかなと思います。シドニーのグラウンドも正直なところ、あまり状態が良くなくて、内野手泣かせのグラウンドでした。ノックを受けていても、ボールのバウンドが変わってしまうんです。
――内野守備コーチとしては、どんな策を考えたのでしょうか。
シドニー用に、守備の教え方を変えました。ジョー・スティーブンスは、アメリカの大学野球一部リーグで活躍し、U-23オーストラリア代表にも選ばれている三塁手。初日のワークアウトでノックをしたら、彼は全部両手で打球を捕るんです。「バウンドがいつ変わるか分からない、こんなグラウンドで両手を使って捕っていたら、エラーするぞ」と言って、ワンハンドとドロップステップという、バウンドが変わったときに対応できるステップの仕方を教えました。本人は最初、「何言ってるんだ?」という感じの反応でした。でも、「君が優秀な選手であることは分かっているけれども、自分の道具箱の中に入っている道具の数が増えることは、プラスにしかならないだろう。だから、これも入れておきなさい」と言ったら、納得してくれました。本人もプライドがありますし、あまりコーチングを受けたことがなかったようでした。そんなふうに、意識改革もしていきましたね。
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(ⒸBaseball Australia)
Profile
みよし・たかし◎1978年6月8日生まれ、神奈川県出身。172cm77kg。右投左打。現役時代は内野手。相武台高から米国の野球アカデミー、ミドルセックス・カウンティ・カレッジを経て、海外16チームでプレー。2003年から選手兼任でコーチ経験を積み、2011年のブルックトン・ロックス(キャナムリーグ)を皮切りに、アメリカ独立リーグやMLB傘下のマイナーチーム10チーム超で監督、コーチを歴任する。オフには日本で、野球教室や指導者講習会を開催している。
※三好さんの詳しい経歴は、下記のサイトをご参照ください。
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