三好貴士コーチ(25/26シドニー、現MLBシンシナティ)インタビュー【後編】
「日本人」であることを武器に、市場開拓されていない地域での指導者を目指す
高校卒業後、単身渡米。海外で、プロ野球選手としての道を切り拓いた。2003年からは、指導者としてアメリカ独立リーグを中心に渡り歩き、現在はMLB2チーム目となるシンシナティ・レッズ傘下のマイナーリーグでコーチを務める。25/26シーズン、シドニーで打撃兼内野守備コーチを務めた三好さんに、前編ではABLのコーチ業について、そして今回の後編では、彼の目指すコーチ像について聞いた。(トップ画像 ⒸBaseball Australia)

左からヒメネス内野手、ニュネス外野手、三好さん、モリーリョ捕手
(画像は三好さん提供)
選手たちの「ライフコーチ」でありたい
――三好さんは、プロ野球の「コーチ」の役割について、どうお考えですか?
アメリカの大学バスケットボールのレジェンド・コーチであるジョン・ウッデンの、「よいコーチはゲームを変える。偉大なコーチは人生を変える」という名言があります。「ライフコーチであれ」というその考えは、アメリカの優秀な指導者の根底にあるもので、僕もそれに賛同します。コーチは単なる“技術屋”ではないと思っています。言い方は厳しいですけども、プロ野球は2%の選手が頂上を取り、98%は敗れる世界。頂点を取る2%は、そもそもとんでもないフィジカルや才能があって、ドラフトの上位に掛かっている選手がほとんどなので、正直なところ僕らがさほど手を掛けなくても育ちます。僕らの仕事は、残り98%の選手の野球スキルを高めながら、野球を通して人として成長させ、セカンドキャリアにおいても強く生きていけるようにすること。メジャーリーガーや、一軍で何億稼ぐ選手を出すことは、僕の中ではもう、おまけみたいなものです。
――監督はまた、別ですか。
僕もMLBツインズ傘下、アメリカ独立リーグやトライアウトリーグなどで監督をしていましたが、監督はマネジメントが仕事ですね。技術的なことはコーチに任せ、チーム全体のマネジメントを行う。もちろんメインの仕事は、投手交代や代打を送るなどの試合采配です。でもフィールド外の人間関係まで、監督はすべて見ておかなければなりません。選手の好不調には、技術の問題だけじゃないときがある。例えばなんかずっと調子が悪いなと思って話を聞いてみたら、実はお母さんが病気だったとか。寄り添うために、話を聞き続ける力も監督には必要だと思います。ところが毎日毎日、顔を合わせていると、意外とそんなふうに話を聞かなくなるもので……。話を聞くことでしか、マネジメントはできないと思って、監督時代には自分を戒めていました。
――三好さんの今後の夢、目標はなんですか?
(日本人指導者の)市場開拓がされていないところに行くことですね。今は一つ、ドミニカのウインターリーグを目標にしています。あのリーグに日本人がコーチとして招聘されたら、野球界としてはとんでもないニュース。それほど、ドミニカは厳しいです。まずドミニカ人じゃないと、入れません。アメリカ球界でよほどの経歴があれば可能性もありますが……。僕の知り合いが、リセイ・ティグレスという名門チームの打撃コーチになったんですが、彼もMLBのコーチ経験者です。それでも、打てなければすぐクビを切られます。僕はまだスペイン語もそこまで話せないので、それをまずスキルアップし、十分な準備ができたら挑戦したいです。というか、向こうから招聘されるぐらいになりたいです。
――そんな厳しい場所に飛び込むための、三好さんの武器はやはりこれまでの経験ですか?
僕は「日本人」であることが、良くも悪くも一つの武器になると思っています。気遣いとか配慮とか、人の立場になってものを考えられるところは、日本人の美点です。自分たちが思っている以上に日本人は勤勉で、継続する力もある。自分たちにとっては当たり前のことが、ほかの国の人にはできないって多々あるものですよ。
――三好さんのように海外に羽ばたいた方は、日本人を捨ててというと変な言い方ですが、もっと海外志向になることが成功の秘訣というふうに考えていらっしゃるようなイメージがありました。
そういうイメージがありますよね。でも、僕は真逆です。これだけ長くアメリカで生活していると、アメリカナイズされていると思う人が多いんですが、僕は海外に行ったからこそ、愛国心も強くなったし、日本のすごさみたいなものにも気づかされました。むしろ、「メイドインジャパン」の良さを世界に知らせたい。逆に、日本人であることを捨てたら、戦うところがないなと思っています。レッズでも、以前日本人トレーナーはいたそうなんですが、日本人コーチは初めて。すると、僕の習慣と周りのコーチの習慣が全く違うんですよ。マイナーとはいえど、立派なクラブハウスやロッカールームがあって、用具はすべて支給してくれる。一日の終わりに、用具をロッカールームにそのまま置いていけば、用具係の人が全てきれいにしてくれます。でも僕はそれが嫌で、自分の用具は全部自分でキレイにしています。
周りのコーチには、「なんで自分でやっているの?」と聞かれますよ。だけど僕は、自分の用具を自分で責任をもって扱えなくなった時点で、指導者失格と考えているんです。例えば人に荷物持ちをさせる、グラブや靴を自分で磨かない、などですね。自分のこともできなくて、選手に対して道具をキレイにしろなんて、偉そうに言えません。ましてやメジャーのキャンプなんか、それはもう、すごい世界ですよ。メジャーを代表する選手がやってきて、普通に話しかけてくる中、僕らのことまですべて人が面倒を見てくれる。僕は、あの環境は特殊なエンタメの世界だと思っているので、あんな状況に慣れすぎて「これが(社会の中で)普通」と感じるようになってしまったら、人としていろんなものを失う気がします。だから、自分が「当たり前」と思うことは、自分でする。そうでないと、自分が選手に指導できなくなっていくんじゃないかという恐怖心があります。

(画像は三好さん提供)
自分自身のため、日本球界のためにも、世界に目を向けてほしい
――三好さんたちが海外への道を切り拓いていってくれたおかげで今、ABLをはじめとして様々な国で日本人選手が野球をするようになりました。
それはとても嬉しく思っています。もちろん僕らが全てではないですが、今回のWBCでチェコの内野守備コーチを務める田久保賢植(アメリカ、オーストラリア、カナダ、オーストリアなどでプレー、指導)とも、自分たちがいろんなことにチャレンジしたから、トビラが開いていった部分もあるよねと話しているんですよ。田久保も2012年に初めてチェコに行ったときは、本当は行きたくなくて野球を辞めると言っていた。そこで「ここまで人と違う野球人生を生きてきたんだから、それを貫いたほうがいろんな意味で先につながるよ」と説得して、チェコに送り出したんです。
――今はヨーロッパ野球に目を向ける選手も増えましたね。
マーケットの目を日本国内だけでなく、世界に向けたい気持ちはずっとありました。優秀だったら日本だけでなく世界に出ろよ、と僕は思うんです。サッカーで優秀な指導者が、イタリアを制覇したらドイツに行って、ドイツを制覇したらまた次の国、とステップアップを図っていく。あれが理想。球界全体のことを考えても、海外に出続けて、また日本に戻る。そのほうが日本という国の野球ももっと豊かになるし、日本のスキルを世界に還元することもできる。今はその途中に、自分がいるような感じでもありますね。だからABLにしても、今回僕がシドニーに行ったことによって、日本人指導者を採用するのが当たり前になったら、それは僕が何か一定の仕事をしたことにもなると思います。
――最後に、レッズから一緒にシドニーへ派遣された選手とのエピソードを一つ、聞かせてください。
センターを守っていたパブロが12月の頭、パースとの初めての対戦で、出だしに調子が悪かったんです。最初の何打席かに打てないと、メンタルのほうをやられてしまうのが、それまでのパターン。本当は打てるのに、完璧を求めすぎて自分で潰れてしまうんです。実際そのときも、打率は4割を超えていたんですよ。4割を超えているだけでも異常なのに、「俺は5割打てる」と思って、できないと自分に腹を立て、技術を崩す。それがパースとのカードで起きてしまった。彼が落ち着いたら、しっかり話をしようと思いました。ところがその前に、たまたまベンチでパブロがイライラしていたとき、僕が他のアメリカ人選手に、「パブロはここを克服していかないといけないんだ」と英語で説明していたんです。パブロはベネズエラ人で、あまり英語が分かっていなかったんですが、そのとき僕らの会話を耳にし、ある程度の内容を理解したようでした。最後の打席の前、一度ベンチ裏に下がって、全く違った顔つきでダグアウトに戻ってきたんです。「あ、なんかメンタルスイッチを入れ替えたな」と思ったら、その打席で値千金のヒットを放ちました。
試合後、「あの場面、メンタルスイッチを自分で切り替えて打ったことは、君のキャリアにとってヒット1本以上の価値がある。もしかしたら、野球人生を変えるに値する貴重な打席だったかも。君がプロとして、そんな行動とプレーができたことを、コーチとしてとても誇りに思う」と話したら、とても喜んで、そこからまた打率が上がっていったんです。パブロは「あそこでヨシがあんなふうに言ってくれなかったら、自分はいつもと同じ失敗をして、フラストレーションをためて、ただ打てないで終わっていた。でもヨシの言葉を聞いて実際そう思ったし、自分は変わらなきゃと思ったから、違う結果になった」と言ってくれました。パブロはまだ19歳になったばかりですが、少ない給料でももらったら即行でベネズエラのお母さんに送金する、優しい子なんですよ。同い年のヒメネスなんかも、「自分がプレーして、(ベネズエラの)パパとママの生活を楽にさせたい」と言っています。
――もう数えきれないほどの教え子さんがいらっしゃいますね。
自分がかかわった中から、何十人もメジャーリーガーが出ています。でも僕の仕事は、それを自慢することじゃない。願わくば、先ほど話したようにその子たちが野球界で長く活躍し、僕がこうしているように野球の面白さを次の世代に伝えてくれれば、それが一番ですね。「ヨシに教えてもらったから、次のフィールドでも活躍できた」って少しでも思ってもらえれば、自分の仕事ができたということだと。ヒメネスとかパブロとか、「俺らがメジャーリーガーになったら、ヨシをスタジアムのVIPルームに呼ぶからな!」としょっちゅう言うんです。「いや、ありがたいけど、俺はそんなの要らないよ」と言ったら、彼ら「えっ、なんで?」って(笑)。「俺は誰にも気付かれない席でお前らの活躍を見てるから、ビールだけおごって」と。その日が、今から楽しみです。【前編はこちら】

(ⒸBaseball Australia)
Profile
みよし・たかし◎1978年6月8日生まれ、神奈川県出身。172cm77kg。右投左打。現役時代は内野手。相武台高から米国の野球アカデミー、ミドルセックス・カウンティ・カレッジを経て、海外16チームでプレー。2003年から選手兼任でコーチ経験を積み、2011年のブルックトン・ロックス(キャナムリーグ)を皮切りに、アメリカ独立リーグやMLB傘下のマイナーチーム10チーム超で監督、コーチを歴任する。オフには日本で、野球教室や指導者講習会を開催している。
※三好さんの詳しい経歴は、下記のサイトをご参照ください。
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