本当の名前|風まかせ文芸部
職場では「部長」、家では「お父さん」、友人からは「お前」、妻は「ねえ」。
いつから、名前で呼ばれなくなったのだろう。 今の私は、初対面の人に名刺を手渡し名乗っても、社名にさん付けで呼ばれたり、部長さんと呼ばれるのがせいぜいだ。
気がつけば、フルネームで呼ばれるのは、病院の受付くらいになっていた。
「妹尾啓治さん」 呼ばれて、少しだけ戸惑う。 立ち上がりながら思う。ああ、そうだった。私にはこういう名前があったのだ。
子どもの頃、この名前が好きではなかった。画数が多くて書きにくい。読み間違えられることも多かった。 それなのに、受付が事務的に呼ぶ「妹尾啓治」が、妙に懐かしかった。
私の身体を診る病院は、役割を演じている私ではなく、「妹尾啓治」を認識しているのか。
そんなことを考えていたら、
「けいじさん」と私を呼ぶ若かりし妻の声を唐突に思い出した。
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