あのやりとりに、少し憧れていたのかもしれない。
自分がやりたいと思うことをやっていいんだよ。
偉そうに娘に言ってきた言葉。
娘に言うばかりで、自分では全然できていなかった。
それでも最近、少しずつ、
本当はこうしたかったことをやりなおしている。
本当はベッドから見える位置につけたかった時計。
夫にお願いしたとき、「こっちのほうがつけるのが簡単だから」と、違う場所に取り付けられた。
その時計を、やっと椅子に登って付け直した。
自分が置きたかった場所で針を進ませる時計を見て、少しだけうれしくなった。
こんな小さなことだけれど、
今の私にとっては、ちゃんと意味のある出来事だ。
娘のお弁当作りがない朝、
愛犬のイタさんと、ゆっくり散歩がしたいと思っていた。
そう思ってから、少し時間はかかったけれど、
やっと行くことができた。
早朝の、人が少ない公園。
ぴょんぴょんと飛び跳ねるイタさんに、思わずお礼を言ってしまう。
新しい病院に通い、薬を飲み始めてから、
ずいぶん動けるようになってきた。
薬が増えると不安にもなるけれど、
このひと粒が今の私を少しずつ整えてくれている気がして、ひと粒にもありがとうと言いたくなる。
中学生になり、少しもじもじしながら
「ヴァイオリンをやってみたいんだけど…」と話してくれた娘。
オーケストラ部に入り、
最近は、ヴァイオリンの練習を頑張っている。
始めた当初は、
ドラえもんのしずかちゃんのような音が出ていた。
曲にはなりきれていない音を、
耳を澄ませて想像しているような時間だった。
部活に行きたくないと言っていた日もあった。
それでも、憧れの先輩の音を聴いて、
友達と顔を見合わせて、また弓を持つ。
その繰り返しの中で、
音は少しずつ変わっていった。
少し前までの音が、ふと頭に浮かぶ。
それが、もう懐かしい。
今日は、迷わず最後まで弾ききっていた。
何かを始めようとしたときに言われた。
「難しいよ」
そう言われて、引っ込めたままの気持ちがあったことを、ふと思い出した。
いつのまにか諦めてしまっていたもの。
娘の音を聴きながら、少し動けそうな気がした。
そして、もう一つ変わってきたことに気づいた。
病気のせいなのか、年のせいなのか。考える速さが、ゆっくりになった気がしている。
少し前のように、あれもこれも同時に考えることができなくなり、忘れることが増えた。
最初はその変化が少し怖かったけれど、
今は、このゆっくりとした流れの中にいる自分を、丁寧に感じようと思っている。
そんな私の記事をマガジンに登録してくださった方を、少しだけ。
少しだけ導入さん。
この方の記事を読んでいたとき、気づいたら泣いていた。
言葉の奥にあるやさしさなのか、それとも静かな力強さなのか、うまく言えないけれど、確かに背中を押してもらった気がした。
改めて、ありがとうございます。
そして、Torori(とろり)🌱さん。
とろりさんの丁寧な言葉は、ゆっくりと染みこんで、読むたびに小さな気づきをいくつも受け取っている気がします。
こんな素敵な方たちに応援していただけたことで、
少しだけ、自分の戻り方が見えたような気がしています。
同じような時間の中にいる誰かにも、そっと届いたらいいなと思う。
夫の両親から、毎年送っていただく長芋。
小さなお子さんがいるお隣さんに持っていくため、洗ってすぐ使える状態で渡そうか、しばらく悩んだ。
お節介なのではないか、他人の家で洗ったものは嫌ではないだろうかと。
結局、洗って持って行った長芋。
そのお返しに、すでにアク抜きがされた筍をいただいた。
小さなお子さんがいる中でのアク抜きは、大変だったのではないだろうか。
誰かの温度を感じる筍は、いつもよりも数倍美味しく感じられた。
お隣さんとのやりとりをしていると、
娘に読み聞かせていた絵本を思い出す。
子どもの頃、私も読んでいた
『おかえし』。
最後には、キツネとタヌキの奥さんが、
家ごと交換してしまう話だ。
あの2人の奥さんのやりとりに、私は少し憧れていたのかもしれないとふと思った。
また、少しだけ
人と関わることに、気持ちが向いてきた。
上と下で、くっきりと二色に分かれた空を見た。
少し前の自分と、今の自分を見ているようで、
覚えておきたくなる空だった。
