夏休みだもん、これでいいっしょ。みんなで遊べば最高だべさ🎉!(ママンマフィンさんコラボ作品)
『ママンマフィンさんとの
半年ぶりのコラボ作品!』
パラレルワールド
札幌で繰り広げられる
真夏のファンタジー
「クリエイター&作品ご紹介」
『ワクワクの始まりってのは、
胸の鼓動と一緒だべさ♥️😊』
7月下旬。
朝から神戸は暑かった。
庭の木では、蝉がミーンミーンと鳴きっぱなし。
まだ朝やというのに、道路からはもう熱い空気が上がっていた。
うちは赤いバンダナを首に巻き直し、シバゼロ号の前に立った。
今日のシバゼロ号には、いつもの緊張感がない。
子供や動物が困っている場所へ向かう時は、乗り込む前から鼻の奥がピリッとする。
せやけど今日は違う。
事件なし。
救助なし。
世界の危機も、たぶんなし。
遊びに行くだけや。
「こういう出動、毎週あってもええな」
荷物を鼻先で確認する。
水。
タオル。
おやつ。
予備の赤いバンダナ。

よし。
おやつは2袋。
もっとよし。
玄関の方には、ヨシタカパパ、リョウコママ、モモちゃん。
その少し後ろに、母ちゃんのユズキもいた。
神戸では、いつもこの家族と暮らしている。
世界中を走り回って帰ってきても、最後に鼻へ入ってくるのは、この家の匂いや。
今日はそこから、半年ぶりに友達へ会いに行く。
「ほな、行ってくるで! 今日は誰も助けんでええように祈っといてや!」
シバゼロ号へ飛び乗った。
先頭には、でっかい柴犬の顔。
初めて見る人は、だいたい二度見する。
1回目は驚く。
2回目は確認する。
「やっぱ犬やん」とでも言いたそうな顔をする。
「何回見ても犬やで」
ヒューン!
シバゼロ号が動き出した。
やがて前方の空間に、光の輪が開く。
ゴゴゴゴゴ。
次元トンネルや。
窓の外が、青、紫、白へ次々と変わっていく。

光が後ろへ流れ、シバゼロ号の車体まで淡く光る。
窓へ鼻を近づけた。
匂いはない。
「次元トンネル、今日も無臭やな」
誰も聞いてへんけど、柴犬として確認は大事や。
座席へ戻る。
目を閉じても、すぐにののちゃんの顔が浮かんだ。
元気いっぱいで、ちょっとおてんば。
好奇心が強くて、いつか自分も冒険の旅へ出たいと思っているジャガーの女の子。

一緒におったら、何か始める前から騒がしい。
せやけど、それがええ。
「今ごろ玄関で待っとるかな」
いや。
あの子なら玄関どころか、家の前まで出とるかもしれん。
下手したら夜明けから。
「朝3時から待っとったら、それはそれで怖いな」
うちは窓の向こうを見た。
札幌まで、もう少しや。
◇
あとで聞いた話やけど。
そのころ、札幌の「メゾン・ミラージュ」では、うちの想像どおり朝からにぎやかやったらしい。
古風な外観のアパート。
せやけど、暮らしとる連中は全然古風やない。
朝の廊下には、焼いたパンと味噌汁の匂い。
どこかの部屋から食器のカチャカチャいう音。
ベランダには小さな服やタオルが並び、玄関には子供用の履き物がごちゃっと置かれていた。
その中から、ののちゃんが真っ先に飛び出してきた。
「気持ちのいい朝にゃん!」
勢い余って表通りへ出そうになったところで、浴衣姿の白滝童子が後ろから止める。
白滝童子はペンギンの子供。
陰陽師見習いでもある。

眠そうやのに、誰かが危なそうやと放っとかれへん。
ちびっ子たちのまとめ役。
天然なところはあるけど、面倒見はええ。
その横では、あんじぇが小さな器へ水を入れていた。
未来からやって来た人工生命体の幼獣。

男の子か女の子かは分からず、一人称は「ぼく」。
静かな子に見えるけど、仲間のことになると先に手が動くらしい。
うちとは初対面やのに、水まで用意してくれとった。
「もうすぐ来る?ボク、初めてあの子に会うんだけど、とっても楽しみだよ。仲良くなれるといいなぁ」
「うむ。お主なら大丈夫でござるぺん。案ずるなでござる。だが拙者、ちょっと眠いでござる」

待っていたのは、その朝だけやない。
あと3日。
あと2日。
あと1日。
毎晩日にちを数え、いよいよ今日。
そのことを、この時のうちはまだ知らんかった。
◇
シバゼロ号の車内に到着を知らせる音が鳴った。
うちは座席から跳ね起きた。
「札幌や!」
窓へ前足をかける。
神戸とは違う空が広がっていた。
夏の日差しは強いのに、空気の色が少し軽く見える。
住宅街。
道。
木々。
その向こうに、古風な建物。
そして建物の前で、黄色っぽい毛が動いた。
大きな耳。
じっと待つなんて絶対無理そうな動き。
「おった!」
向こうでも、シバゼロ号の音が聞こえたらしい。
「お!ついに来たでござるな……」
「この音って、アンちゃんの乗る、“シバゼロ号”の音だね」
「……来た!もうすぐ……もうすぐあえるんだにゃん!」
ののちゃんが表通りへ飛び出した。
ちょうどその時。
札幌の空がグニャッと曲がった。
次元トンネルの出口が開く。
ヒューン!
ゴゴゴゴゴ!
シバゼロ号が光の粒をまき散らしながら飛び出した。

向かいの空き地には、何もなかった場所から駅のホームまで現れる。
「駅まで生えた!」
昨日まで空き地やった場所や。
「札幌、朝から景色変わりすぎやろ!」
ゴオォォーッ!
ガクン!
シュルルルル!
シバゼロ号がホームへ滑り込む。
『終着駅、夢札幌~夢札幌~。シバゼロ号到着しました』
ドアが開いた。
ビューーン!
「ののちゃぁ~ん!」
うちは飛び出した。
半年ぶりに会うのに、ホームを普通に歩けるわけない。
赤いバンダナをなびかせ、臨時駅前通りを走る。
「きた!アンちゃんだ!」
ののちゃんの声や。
その声を聞いた瞬間、足がもう一段速くなった。
目の前には、小さな川。
「そこに川置くんかい!」
止まらへん。
地面を蹴る。
「とうっ!」
体が宙へ浮く。

下を水が流れる。
シュタッ!
着地。
「見たか! まだまだ若いで!」
そのままメゾン・ミラージュへ駆け込んだ。
「アンちゃん!」
ののちゃんがおる。
ほんまにおる。
画面の中でも、写真でもない。
手を伸ばせば届くところにおる。
「ののちゃ~ん!うちなぁ、逢いたかったでぇ」
飛びついた。
ののちゃんも抱きしめてくれる。

太陽に温められた毛が、少しあったかい。
「ののはねー、今日が来るのが待ち遠しくて、カレンダーをたくさん破ってたんだよ」
「ちょ待て。破りすぎて8月まで無くしてへんやろな?」
ののちゃんの手が、うちの赤いバンダナへ触れた。
旅に何度も連れていったから、前より色が薄い。
端もちょっと毛羽立っとる。
うちは胸元を見た。
「これな、前よりだいぶ色あせたやろ」
ののちゃんは、バンダナを見てから、うちの顔を見た。
その目だけで分かった。
変わってへん。
そう言われた気がした。
胸の奥があったかくなる。
せやから、すぐ言うた。
「安心せえ。半年ぐらいでジャガーにはならへん」
ののちゃんの肩が揺れた。
これでええ。
半年ぶりでも、変にかしこまらんでええ。
友達やもんな。
「あはは。うちもなぁ、はよ今日にならんかって思うて、お日さまを蹴飛ばしたろか思うたんやで」
横を見ると、あんじぇが水の器を持っている。
「それ、うちの水?」
鼻を近づけて一口飲む。
「初対面で水用意してくれる子に、悪い子おらんからな。よろしくやで、あんじぇ」

今度は白滝童子。
浴衣。
ペンギン。
陰陽師。
うちは上から下まで見た。
「童子はんやな。ペンギンで陰陽師て、札幌は肩書きまで濃いなぁ」
その時やった。
「おお?お待ちかねのゲストさんが到着したみたいだべさ」
玄関先。
ジャージ姿のふぃり夫さんが立っとる。

うちは耳を動かした。
今、何か変やったぞ。
「さてと、みんな揃ったみたいだし、そろそろ出かけるべさ……?」
うちはふぃり夫さんを見る。
ふぃり夫さんも、自分の口を気にする。
「ん?……べさ?」
「やっぱり変や!」
白滝童子まで首を傾げた。
「ふぃり夫殿、しゃべり方変でないかい?いや、なまらへんだべさ。およ~、ぼっこにつまづいたべさ」
足元の小さな木の棒につまずく。
うちは前足を上げた。
「待って待って。北海道弁とござるぺん、今ものすごい場所で衝突したで」
そこへ、あんじぇ。
「あんたたち、ここで立って話してたら、あずましくないっしょ?一回うちの中に入るべさ」
「きみまでや!」
ののちゃんも、
「あはは……これはもう、わやだわ!」
「ののちゃんまで完成早いな!」
うちは全員を見回した。

北海道弁。
北海道弁。
北海道弁。
ござるぺん北海道弁。
「ちょ待って。うちまで『だべさ』言い出したら、誰がツッコむねん!」
その時、玄関が勢いよく開いた。
ウェンディが飛び出してきた。
片方の靴ひもがほどけている。
手にはレジャーバッグ。
メゾン・ミラージュの初期から暮らしていて、ののちゃんと同じ部屋で生活している未来のサイボーグ。

明るくて優しい。
せやけど、かなりドジ。
未来から来たというのに、搭載されているのはWindows98。
うちがそこへツッコむより先に、玄関の段差でつまずきかけた。
ののちゃんが服をつかんで止める。
「なるほど。普段からこうなんやな」
ウェンディが息を切らしたまま叫んだ。
「大変だべさ!黎稀くんが遺跡で “異次元の扉” 開かっちゃたんだと!そのせいで札幌一帯の言語フィルターが変になってるって!」
うちは口を開けた。
「朝から情報が渋滞しとる!」
遺跡。
異次元の扉。
言語フィルター。
北海道弁。
「夏休み初日の事件としては盛りすぎや!」
ふぃり夫さんが苦笑する。
「なるほど、これはわやだべさ」
「納得すんの早っ!」
ののちゃんの肩が揺れる。
白滝童子の浴衣の帯が少しずれる。
あんじぇは水の器をこぼさんよう両手で持ったまま笑っとる。
ウェンディも笑い始めた。
ところが途中で。
ピタッ。
声が止まった。
顔も止まった。
指も止まった。
うちはウェンディの前へ回る。
「ウェンディはん?」
反応なし。
「ほんまに止まった!」

数秒後。
ウェンディがまた動き出した。
うちは首を傾げる。
「未来から来たのに、そこだけ懐かしい止まり方すんのやめて」
アハハ。
キャッキャ。
ゲラゲラ。
ワハハ。
玄関前が笑い声でいっぱいになった。
札幌一帯の言葉がおかしくなっとる。
どう考えても大事件や。
せやけど。
うちは空を見た。
青い。
暑い。
夏休みや。
「まあ、ええか」
みんながこっちを見る。
「異次元の扉を直すんは、大人に任せたらええ。うちらは今日、遊ぶ日や」
一歩進む。
「夏休みだもん、これでいいっしょ」
言ってから止まった。
ん?
今。
うちは自分の口を前足で押さえた。
「ちょ待って」
全員がこっちを見る。
「今うち、『っしょ』言うた?」
一拍。
みんなの顔が崩れた。
「感染しとるやないか!」
◇
みんなでメゾン・ミラージュへ入った。
玄関を越えた瞬間、外とは匂いが変わった。
木の床。
石けん。
洗濯物。
朝ごはん。
どこかの部屋からは味噌汁の匂い。
別の部屋では食器がカチャカチャ鳴っている。
階段の途中には、小さな傘。
壁際には、子供用の靴やサンダル。
うちは鼻を動かしながら廊下を歩いた。
「ええな、ここ」
初めて来た場所なのに、誰かの家へ帰ってきた感じがする。
ウェンディの部屋へ入る。
いや。
すぐ分かった。
ウェンディだけの部屋やない。
机の右半分には工具や細かな部品。
左半分にはクレヨンと絵。
床には、ののちゃんが使ったらしいおもちゃ。
椅子にはウェンディの服。
同じ部屋で暮らしとる2人の物が、ごちゃっと混ざっていた。
壁には大きな絵が貼ってある。
山。
海。
空を飛ぶ何か。
その端に、赤いバンダナを巻いた柴犬らしい生き物。
「これ、うちか?」
耳が異様に大きい。
足も長い。
「なんやこのアン、速そうやな。時速80キロぐらい出そうや」
それでも、うれしかった。

この部屋で、ののちゃんがうちを思い出して描いたんやろな。
「あんちゃん、札幌によく来たねぇ。元気で何より。
まぁ、あずましくしてや」
「おお。また出た、『あずましい』」
うちは窓辺へ移動した。
風が入ってくる。
神戸の真夏より軽くて、鼻先が気持ちいい。
「北海道は涼しいって聞いてたけど、ホンマ涼しいなぁ。この涼しさ、神戸に持って帰りたいもんやな」
ほんまに持って帰れたらええのに。
「袋に詰めよか。『札幌の涼しさ、500円』。売れるで」
ののちゃんがこっちを見る。
「ただし開封後3秒で神戸の暑さに負けます」
ウェンディがレジャーバッグを抱えた。
全員分らしいタオルが上からのぞいている。
その横。
ウェンディ自身の帽子だけ、机の上に置きっぱなしや。
「人の準備する前に、自分の忘れ物確認しよな」
「再会の儀式はすんだみたい?じゃあ、そろそろ出掛けるよ。ののちゃんもアンちゃんも、車に乗るのは初めてじゃないよね😅」
「儀式て。うちら今、何か召喚したん?」
せやけど、「出掛ける」と聞いた瞬間、みんなの顔が変わった。
ののちゃんの耳が立つ。
あんじぇは麦わら帽子を抱える。
白滝童子は。
浮き輪。
もう抱いとる。
うちは童子を見る。
「童子はん」
返事を待たず、浮き輪を見る。
「家の中から装備済みなん、ちょっと早ない?」
童子は目をそらした。
何かあるな。
◇
外には、少し大きめのレンタカーが待っていた。
今日は自家用車やなく、みんなで乗れるように借りた車らしい。
ふぃり夫さんがドアをバタンバタン開け閉めして、車内にこもった熱を逃がしている。
「はいはい。みんな車に乗って下さいね~。現地までは1時間くらいかかるから、車内でのんびりすればいいっしょ」
「1時間」

うちはレジャーバッグを見る。
「おやつは何回出る?」
誰も答えへん。
「そこ一番大事やろ」
みんなが乗り込んだ。
ののちゃん。
あんじぇ。
白滝童子。
ウェンディ。
うち。
「は~い、皆さん乗りましたね?それじゃあ、出発するからね~。ああ、あんまり騒ぐんでないよ」
「はぁ~い!」
返事は立派。
うちは座席へ体を預けた。
「この『はぁ~い』、何分もつかな」
最初は、ほんまに静かやった。
市街地を抜けるまでは。
そのあとや。
ののちゃんがしゃべる。
あんじぇが身を乗り出す。
白滝童子がまとめようとする。
ウェンディがお菓子を配ろうとして袋を逆さに持つ。
うちの足元へ1個転がった。
「はい。開始前から1点落としました」
車内は、あっという間ににぎやかになった。
窓の外には札幌の街。
広い空。
まっすぐ伸びる道。
夏の日差し。
道路沿いの緑。
店の前を通ると、焼いたトウモロコシの甘い匂いが一瞬だけ鼻に入った。
うちは窓へ顔を向ける。
「今の店、帰りに覚えといてな」
ののちゃんがおやつのマグロン棒をしゃぶりながら尋ねた。
「うにゃあ?そう言えば今日はどこに行くんだべか?」
うちは振り返った。
「今さら聞くんかい!」

車に乗った。
1時間走る。
まだ行き先知らんかった。
「ののちゃん、勢いだけで札幌の外まで来とるで」
ふぃり夫さんが運転席から答える。
「これから向かう先は、“SAPPOROステラ☆パレス” っていうさいきんできたばっかりの複合リゾートせすよぉ!」
「ここの売りは何と言っても「人間、人外、動物、ヒューマノイド全部OK」ってとこだべな。最近は利用客の多様化に対応する施設も多いけど、ここまで幅広いのはここだけだべさ」
うちは指折り数えそうになって、自分に指がないことを思い出した。
「人間、人外、動物、ヒューマノイド」
車内を見る。
「この車だけで、だいたい揃っとるやん」
「へぇ!北海道はでっかいどうって聞きますけど、
ホンマやることスケールが違いますなぁ」
窓へ鼻を向ける。
「受付で『犬です』言うても、『はい次の方』で終わりそうやな」
ののちゃんは、もう待ちきれへん様子。
「うにゃあ!あたしらも遠慮せずにあそべるんだね~。やったぁ!今日は思い切り水遊びするべさ」
その言葉が出た瞬間。
白滝童子の翼に力が入った。
浮き輪が、ギュッとつぶれる。
うちはそっちを見た。
さっき家の中から浮き輪を抱いていた理由。
分かった。
「童子はん」
白滝童子が浮き輪を抱えたまま呟く。
「せ、拙者、実は金づちなのでござる……」
一瞬、車内が静かになった。
うちは童子を見た。
頭。
くちばし。
翼。
足。
どう見てもペンギン。
「確認してええ?」
間を置く。
「童子はん、ペンギンやんな?」

あんじぇが顔を覗き込む。
「ふ~ん、白滝ちゃんの意外な弱点!じゃあ、今日はそれを克服するべさ!」
うちは浮き輪へ鼻を近づけた。
最初は笑いそうになった。
せやけど。
童子の翼は、本気で浮き輪を握っとる。
顔もさっきまでと違う。
怖いんや。
うちは童子の隣へ座った。
「ごめんな。ちょっと笑うとこやと思った」
童子の顔を見る。
「泳げへんペンギンがおったって、別にええやん」
窓の外から光が入る。
「怖いもんは怖い。それでええねん」
うちは浮き輪を前足で軽く押した。
「今日、ちょっと水に慣れたら、それで大成功や。うちら横におるからな」
ののちゃんが童子の頭を撫でる。
「夏休みの宿題ってやつにゃん?」
童子は少しむずがゆそうにする。
うちは浮き輪を見る。
まだギュウギュウや。
「ただな、童子はん」
浮き輪を前足でポンと叩いた。
「締めすぎ。浮き輪の方が先に苦しそうや」
あんじぇが童子を見る。
「ま、まぁ拙者も、皆と一緒なら頑張れるでござるべさ」
「それでええ。それ以上いらん」
あんじぇの顔が明るくなる。
「よしっ、決まり!ステラ☆パレスに着いたら、まずは浅いプールで練習するべ。白滝ちゃんの “夏の挑戦” うぇ~い!」
白滝童子も少しだけ胸を張った。
「挑戦って言われると、なんか燃えるべさ~!」
誰にも見られてへんつもりなんやろう。
浮き輪の陰で、小さくガッツポーズ。
うちはすぐ言うた。
「見えとるで」
童子の体がビクッとした。
「柴犬の目ぇ、甘く見たらあかん」
さっきまで固かった童子の顔が、少しやわらいだ。
それでええ。
泳げるかどうかは、着いてから考えたらええ。
◇
車はさらに走った。
窓の向こうに、青い海が見え始める。
その先。
白い建物。
小さかった影が、坂を上るたびに大きくなっていく。
ののちゃんが窓へ張りつく。
あんじぇも麦わら帽子を押さえながら外を見る。
白滝童子は浮き輪を抱いたままやけど、さっきより翼の力が抜けていた。
ふぃり夫さんが運転席から声をかける。
「おーい、みんな。そろそろ見えてきたぞ。あれがステラ☆パレスだ」
坂を上り切った。
視界が一気に開く。
白い外壁。
星の飾り。
中央には大きな噴水。
その向こうには、日差しを跳ね返す青いプール。
キャー!
ワー!
子供たちの声。
水しぶき。
濡れた石。
焼けた地面。
さらに風に乗って、焼きトウモロコシの匂い。
甘いソフトクリームの匂いまで混じってくる。
うちの鼻が忙しい。
「待って。遊ぶ前から食べ物が強い」
入口の近くでは、人間の家族の隣をアザラシみたいな子が歩いている。
別の場所ではヒューマノイドが浮き輪を受け取っていた。
ほんまに何でもありや。
ののちゃんが身を乗り出す。
「うにゃあああああ!着いたぁぁぁぁぁ!」
「まだ止まってへん! ののちゃん、気持ちだけ先に降りるな!」
白滝童子は浮き輪を抱え、目を見開いた。
「す、すごいでござるべさ……まるで夢の国でござるべさ……」
うちは童子の横へ顔を出した。
「浅いとこからな」

浮き輪を見る。
「そいつにも今日は優しくしたりや」
レンタカーがエントランス前へ停まる。
ドアが開いた。
夏の空気が一気に入ってきた。
スタッフが笑顔で待っている。
「ようこそ、ステラ☆パレスへ!」
うちは地面へ降りた。
肉球へ伝わる夏の熱。
噴水から飛んでくる細かな水。
知らん人たちの笑い声。
食べ物の匂い。
後ろを振り返る。
ののちゃん。
あんじぇ。
白滝童子。
ウェンディ。
ふぃり夫さん。
神戸を出た時は、半年ぶりの友達へ会いに来るだけやと思っとった。
着いてみたら。
空き地から駅が生えた。
札幌中の言葉が壊れた。
異次元の扉まで開いた。
ペンギンは泳がれへん。
未来のサイボーグは玄関で転びかける。
ほんで、関西弁のうちまで北海道弁に感染しかけとる。
「なんやねん、この夏休み」
口ではそう言うたけど。
胸の中は、反対やった。
最高やん。
予定どおりにならへん。
誰かが失敗する。
誰かが怖がる。
誰かが笑う。
そのたびに、横に誰かがおる。
それでええんやと思う。
うちはみんなより一歩前へ出た。
「よっしゃ!」
全員がこっちを見る。
「今日は遊ぶで!」
ののちゃんの目が輝く。
「泳げへんペンギンも、ドジなサイボーグも、未来の人工生命体も、ジャガーも、柴犬も、今日はぜんぶ一緒や!」
ステラ☆パレスへ鼻先を向ける。
「夏休みやもん。これでええねん!」
一歩走り出してから、振り返った。
「みんなで遊べば最高や!」
ののちゃんが走る。
あんじぇも続く。
白滝童子が浮き輪を抱えて追いかける。
ウェンディも走り出す。
その1歩目。
足がもつれた。
ふぃり夫さんがすぐ横から支える。

うちは前足で額を押さえた。
「始まって3秒でそれかい!」
笑いながら走った。
札幌の夏。
アンの夏休み。
ここから始まりや。
(第2話に続く)

