令和8年熊本地震備忘録① 発災から45分、私の家で起きたこと
お久しぶりの投稿になってしまいました。
ここ1ヶ月ほど、メンタルの不調がひどく、ほぼ虚無のような日々を過ごしていました。
そんな矢先のことです。
実は私、熊本県に住んでいます。
今回の地震では、がっつり被災しました。
忘れないうちに、発災当日のことを備忘録として残しておこうと思います。
7/28 16:27 発災
当時、自宅にいました。
自室のベッドに寝転びながらスマホをいじっていると、カタカタと小さく揺れ始めました。
「地震かあ〜」
そう思った次の瞬間、グワングワンと大きな揺れに変わりました。
緊急地震速報は間に合いませんでした。
グワングワン揺られながら、スマホに向かって「うるせえ!!!!!」とブチギレていた記憶だけあります。
ベッドのヘッドフレームにしがみついて耐えるしかありませんでした。
横揺れというより、反時計回りにぐるぐる回されるような感覚。
本棚の本は宙を舞い、夏休みに修論を進めるために片付けていたワークステーションは一瞬でぐちゃぐちゃになりました。
ベッドにしがみつきながら、自室が強い揺れでかき混ぜられていくのを見ていることしかできませんでした。
壁にぴったり付けていたはずのベッドは、私を乗せたまま20センチほど壁から離れていました。
その光景を見て、ようやく本気で怖くなりました。
……それにしても、この日の私は怠惰で良かった。
もし真面目に机に向かって修論を書いていたら、おそらく本棚の下敷きになっていました。
本当に、怠惰で良かった。
16:28 通信障害と停電
大きな揺れが少し落ち着いたところで、慌てて母にLINE電話をかけました。
スマホを持つ手が信じられないくらい震えていました。
なんとか繋がったものの、ここからデータ通信が怪しくなります。
電話は繋がっているのに、お互いの声が何も聞こえない。
それでも私は「家にいる!」「めっちゃ揺れてる!」だけをひたすら繰り返していました。
結局まともに会話はできず、電話を切って、次々とやってくる余震をベッドの上で耐え続けました。
ちなみに私はデュアルSIMで、メイン回線がahamo、サブ回線がpovo。
私の地域では、docomo系もau系もほぼ通信不能になっていたようです。
その頃、停電していたことにも気付きました。
部屋がじわじわ暑くなってきて、ようやく「あ、停電してる」と分かったくらいです。
幸いだったのは、充電しながらスマホを触っていたこと(本当はダメ)。
スマホは100%近く、iPadもほぼ満充電。10,000mAhのモバイルバッテリーもほぼ満タンでした。
通信機器だけはしばらく何とかなりそう。
……まあ、肝心のデータ通信が死んでいたので、ただの重い板たちだったんですけどね。
16:45 ようやく部屋を出る
アホみたいに続く余震を、15分ほどベッドの上でやり過ごしました。
気付けば手の震えも収まっていました。
外からは、ご近所さんたちが慌ただしく動き回る声が聞こえてきます。
そこでようやく思いました。
「……飲み物ないし、車のガソリンもない。もしかしてこれ、ヤバい?」
思い至るのが遅すぎる。
ここで初めて、自室を出る決断をしました。
データ通信は完全に沈黙。
とりあえず母の携帯へ「家を離れます」と留守番電話を残しました。
さらに、携帯番号を知っている遠方の友達へ片っ端から電話。
LINEもインスタも使えなかったので、無駄に心配させるくらいなら先に生存報告だけしておこう、と思ったからです。
余震に気を付けながら最低限の荷物を持ち、1階へ降りました。
そこには、ごく普通の惨劇が広がっていました。
2階にいたときは「意外とうち、大丈夫かも」と思っていたんです。
全然そんなことありませんでした。
自室の真下にあたる1階の壁には、でっっっっっかい亀裂が何本も走っていました。
本気で言葉を失いました。
……1階が潰れる世界線もあった、…ってコト?
玄関も物が倒れまくっていて、とても通れる状態ではありません。
長居は危険だと判断し、玄関から出るのはすぐ諦めました。
せめて靴だけでも、とスニーカーを探したものの、荷物の奥深くに埋もれていて断念。
結局、SHEINで買った厚底クロックスもどきを履くことにしました。
ふとリビングの窓を見ると、開いています。
え、閉まってたよね……???
後から分かったことですが、地震の衝撃で鍵そのものが壊れ、勝手に開いていたようです。
室内に誰かが侵入した形跡はなかったので、とにかくそこから外へ出ることにしました。
そして私は、愛犬の遺骨が入った骨壺を抱えて窓から脱出しました。
……いや、多分それ今じゃないよ、私。
17:12 飲み物とガソリンを求めて
家の唯一の出入り口が、鍵の壊れた窓。
セキュリティがあまりにも終わっていたので、遠出は断念しました。
まずは飲み物を確保しようと、近くのコンビニへ向かいます。
途中、信号機は停電で消えていて、ものすごく世紀末感がありました。
そもそも、なんで停電してるのにコンビニが営業してると思ったんでしょうね。
いくらコンビニでも、そこまでコンビニエンスではない。
案の定閉まっていて、「どうしよ~~~」となりながら、車で10分ほどのガソリンスタンドへ目標変更。
途中、小道に入ると、自販機の前に停まっている車を発見しました。
「生きてる自販機だ!!!!」
ありがとう、ダイドー。
財布を開いて飲み物を買い込もうとすると、中には千円札が1枚だけ。
あまりにもキャッシュレス派すぎて、自分でもびっくりしました。
これを読んでいる方々へ。
災害用に、現金はある程度持ち歩きましょう。
千円で買えるだけ飲み物を買い込み、たまたま一瞬だけ復活したデータ通信でLINEのオープンチャットを確認。
そこには、
「給油30分待ち」
「レギュラー売り切れ」
そんな不穏な文字が並んでいました。
これはまずい。
そう思って急いでガソリンスタンドへ向かいます。
道中、橋を渡ろうとした瞬間。
橋と道路の継ぎ目を50km/hほどで越えたその時でした。
車が、宙を飛びました。
何が起きたのか、一瞬理解できませんでした。
地震で地面が隆起し、とんでもない段差になっていたのです。
この辺でようやく思いました。
「あれ、10年前のよりやばい?」
気付くのが遅すぎる。
その後スピードを落としてガソリンスタンドへ向かいましたが、信号はどこも機能していません。
嫌な予感しかしませんでした。
そして案の定、ガソリンスタンドは営業しておらず。
こうして私は、ガソリン難民になりました。
続きはコチラ↓
