【大分】ようこそ「地獄」へ。楽しい地獄めぐりバスツアー〜大分②別府温泉・竹瓦温泉〜
楽しい「地獄めぐり」ができる、豊後の国・別府にやってきました
「ベっぷ〜⤴︎ べっぷ〜⤴︎」
別府駅に到着!
独特の到着アナウンスにお出迎えされました。
なんだか耳にのこるなあ。
別府市は豊後国になるため、豊後行平の二振、古今伝授の太刀と地蔵行平にお供してもらいました。
別府は多彩な温泉を回る「地獄めぐり」が有名なところですが、地獄めぐりに「地蔵」が一緒に来てくれるのは心強いですね。



お隣の宇佐市では、2025年10月に古今伝授の太刀など豊後行平の刀剣が展示されたこともあり、縁の深いエリアですね。
📢#刀剣展示情報
— 刀剣訪問ブログ (@info_tkhmblg) September 9, 2025
各地にある豊後国行平作の刀剣を集めた展覧会。
古今伝授の太刀(10/15〜展示)も出品されます。
令和7年度特別展「豊後国行平―「祈り」の刀剣―」
会期:2025年9月19日〜11月3日
会場:大分県立歴史博物館(大分)https://t.co/wzvT1YByqC pic.twitter.com/Tb8LT7ttpD
↓↓前回の府内城・宇佐神宮への旅はこちら
別府の歴史
現在「源泉数・湧出量ともに日本一」を誇る世界有数の温泉都市・別府。
別府の歴史と発展には常に温泉が共にあります。
●古代
その成り立ちは非常に古く、3世紀頃の別府湾〜九重・阿蘇〜島原にかけての地溝帯で火山活動が活発化したことにより、現在の別府の地熱・温泉活動の根本が形成されました。
大体、卑弥呼の時代ですね。
佐賀県の吉野ヶ里遺跡の集落が栄えた時期と同じ時代になります。
歴史の古い温泉なんだ〜。
1月11日(日)は吉野ヶ里歴史公園へ!!!
— 吉野ヶ里歴史公園 (@yoshinogari_hp) January 7, 2026
・8:00~11:30「第191回 吉野ヶ里夢ロマン軽トラ市」@東口大型駐車場
・10:00~なくなるまで「ダイコン収穫体験」@南のムラ
・13:30~15:00「第5回 歴史講座」@弥生くらし館
詳しくは公園HPの各イベント情報をご覧ください😀https://t.co/1h9pIfPz2S
●奈良時代
奈良時代には「伊予国風土記」「豊後国風土記」に別府温泉の記載があります。
8世紀の初めに編まえた「伊予国風土記」に「神代の昔、少彦名命(すくなひこなのみこと)と大国主命(おおくにぬしのみこと)の二柱が伊予の国を訪れた時、少彦名の命が病を得て卒倒し、嘆き悲しんだ大国主の命が、豊後水道の海底に長いパイプを敷いて、別府の温泉を道後へ運び、少彦名の命を湯浴みさせ、病気が回復した」と記されています。豊後風土記にも赤湯泉(血の池地獄)などの記述があります。
別府から道後に温泉を引いたことで、道後温泉の始まりになるそうですが…
豊後水道を通る海底トンネルは大工事だなあ。
元気になった少彦名命が踊ったとされる玉の石は、道後温泉本館の北側に今もあるようです。

「みんなの道後温泉 活性化プロジェクト」プログラムを実施中🌟#蜷川実花 さん、#隅川雄二 さんのアート作品や、オリジナルARコンテンツもあり、みなさんで楽しんでいただける仕掛けになっています!
— 愛媛県の公式観光サイト【いよ観ネット】 (@iyokannet) November 11, 2021
写真に撮って、シェアしてお楽しみください。
詳しくはこちらから☟https://t.co/TciycTlZ04 pic.twitter.com/CDh2SMTMmO
道後温泉の方の神話では神様の病気を治してくれるお湯ですが、
豊後国風土記には「赤湯泉」(血の池地獄)、「玖倍理湯(くべりゆ)の井」(鉄輪の間欠泉)など、赤い建築塗料が取れる・熱い蒸気が噴き出したりして危険なところなど、健康促進や病気に効くというような内容ではありません。
地元の昔話にも「地獄と呼ばれるところに誤って牛が落ちてしまったところ、骨だけが浮いてきた」など、温泉は「怖い・近づけない」存在として書かれているものが多いですね。
あまりゆっくりお湯に浸かるイメージではないかな?
今でこそ観光地として賑わっていますが、山の中に赤や青の熱湯の池や、突然高熱の蒸気や熱湯が噴き出すところがあったら、そりゃ「地獄」のイメージもつきますね。
※豊後国風土記の一部:このほか豊後国8郡中4郡に温泉らしき表記があるみたいです。
【速見郡】
赤湯泉(あかゆ)
この湯の穴は郡の西北の竃門山にある。周囲は15丈(約45m)余り、湯の色は赤くて泥がある。これを使って家屋の柱を塗ることができる。泥は流れて外に出てしまえば、変じて清水となり、東の方に下って流れる。それで赤湯泉という。
玖倍理湯の井(くべりゆのい)
この湯の井は郡の西の河直山の東の岸にある。口径は1丈余りで湯の色は黒い。泥は普通は流れない。人がこっそり井のほとりに行って大声で叫ぶと。驚き鳴って湧きあがること2丈余りである。その湯気は猛烈に熱く、それに向かって近づくことができない。近辺の草木はすべて枯れしぼんでいる。それで慍湯(いかりゆ)という。土地の人の言葉では玖倍理湯の井という。
●平安〜鎌倉〜室町時代
それでも平安時代からは少しずつ温泉地として活用されていた様子。
895年に醍醐天皇が、1044年に後冷泉天皇が病気療養のため柴石温泉に湯治に来たそうです。
醍醐天皇は901年の昌泰の変で、菅原道真を太宰府に左遷させた時の天皇ですね。
2026年4月には京都国立博物館で、特別展「北野天神」が開催され、髭切・膝丸の二振も展示されるそうです。
以前東京国立博物館で開催された特別展「大覚寺」も面白かったので、今から楽しみですね。
特別展「北野天神」 2026年4月18日~6月14日 #京都国立博物館 で開催✨ #北野天満宮 の #国宝 北野天神縁起絵巻(承久本)を史上初めて全巻全場面公開! 国宝・重文約50件を含む全国の天神信仰ゆかりの品も公開します。#北野天神展 https://t.co/IuHFZLIatI pic.twitter.com/6Rdeq4uW0S
— 特別展「北野天神」【公式】 (@KitanoTenjin26) December 15, 2025
本当に百花繚乱できれいでしたー!!
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) March 17, 2025
大覚寺にまた行きたいなあ
薄緑こと膝丸の詳しい来歴も知れて楽しかったです
御冠の間の襖絵、西湖の堤は風光明媚の代名詞というか、あちこちで好まれるテーマなんだなあ。錦帯橋に浜松町の芝離宮に…いろんなところで見るぞ
相変わらず丸一日いても飽きないな東博 pic.twitter.com/E7FB40GFgs
後冷泉天皇は、大河ドラマ「光る君」の登場人物からみると…
一条天皇の孫でもあり、藤原道長の孫でもあり
乳母は紫式部の娘・大弐三位となります。
あのドラマの時代の、次の世代になるということですね。

鎌倉時代には時宗を創始した一遍上人が、鉄輪温泉を開き、
後の戦国武将としても有名になった大友氏が、元寇で負傷した武士のため別府・鉄輪・浜脇に療養所を設けた記録があります。
古代には「地獄」のイメージがあった場所が、湯治場として変わっていった時代みたいです。
https://kannawaonsen.com/%E7%89%B9%E9%9B%86/1371/
●江戸時代
江戸時代には、明礬(みょうばん)温泉で明礬生産が始まります。医薬品や工業製品として需要があったため、ここから産業面でも開発が進みます。
別府ではじめて明礬をつくった人は、肥後の国の八代の渡辺五郎右衛門で、浜脇の孫四郎の家に泊まっているうちに、野田村と鶴見村で明礬を作り始めるのです。それが江戸時代前半の寛文四年のことでした。
明礬は、媒染剤といって染物の色を鮮やかに染め出したり、収斂剤として止血や下痢止めの薬になったり、なめし革をつくるときなどに重宝されました。
また元禄の頃には、福岡藩の黒田家に仕えた学者・貝原益軒の「豊国紀行」で別府温泉が紹介されます。
江戸時代のベストセラー「養生訓」の著者ですね。
貝原益軒は福岡〜府内あたりまで旅したようですが、行きも帰りも別府温泉に立ち寄っているそう。
宿に内湯があってわざわざ外行かなくていいとか、塩湯が病気によく効くなど書いてあるみたい…当時からいい温泉地だったんでしょうね。
別府は石垣村の南にあり、町あり、民家百軒ばかり、民家の宅中に温泉十所あり、いずれもきよし、庄屋のおよそ宅中にあるはことにいさぎよし、凡此地の温泉は、他邦にまさりてきよく和なり、家々に多きゆへ、其館に屋どれる客の、外に浴する者なし、ゆへに浴数も時節(刻)も客の心にまかせて自由也、(略)かたわらにかけ樋の水ありて、温熱心にまかせて増減しやすし、薬師堂のほとりにある温泉のかたはらに熱湯あり、其上に乾浴する風呂あり、是又きよし(後略)
別府には多くの民家が立ちならび、内湯がある。宿泊する者はこれを利用するので外の湯に行くものはないし、いつでも自由に入浴できる。薬師堂の近くには蒸湯もある、と記しさらに「海中にも温泉いづ、潮干ぬれば浴するもの多し、塩湯なればことによく病を治すと云」ともある。
益軒は府内からの帰途も別府に立ち寄っている。
●明治時代〜現代
江戸時代から明治時代から、温泉の開発が爆発的に進み、日本を代表する一大温泉として発展していきます。
まずきっかけとなかったのは、技術の進歩により温泉の源泉数が増えたこと。
確かに別府市内にはたくさんの温泉がありますが、主に1882年(明治15年)頃から「湯突き」(上総掘り)による人工掘削が本格化し、それによって源泉数が爆発的に増加しました。
1887年(明治20年)ぐらいには35ヶ所(戸外15、内湯20)だった温泉が、約30年後の1920年(大正7年)には216 軒もの旅館が記載され、内湯の総数は 401 個と報告されています。
いやすごいな。
これであちこちから湯煙が上る今の別府温泉の光景ができたというわけですね。

また湯突き用具は文化財にも指定されています。本当にすごい技術と開発事業だったわけですね。
また油屋熊八(亀の井旅館創業者)が観光開発に尽力 。駅前の銅像でお馴染みの方ですね。
これにより湯治場から観光温泉地へ大きく変化しました。



日本初のバスガイドツアーを考案したのも油屋熊八です。
1917年(大正6年)頃から「地獄めぐり」が観光資源として整備され始め、古代の自然の「怖い地獄」、中世近世の「癒しの湯治場」から「見る楽しみ」へ転換していきます。
油屋熊八 考案の、日本初「女性バスガイド」
昭和3年「別府観光の祖」である亀の井バス創業者 油屋熊八は、 別府観光の目玉として、日本初・女性バスガイドを乗せた地獄めぐり遊覧バスの運行を始めました。
これが「地獄めぐりバスツアー」の元祖です。
次ぎは其の名も珍しい、山の中なる海地獄、緑滴る絶壁を、背景とせる谷間に、深く湛ゑし熱湯は、色紺碧の海に似て、其の物凄さ美しさ、嘗て今上陛下には、未だ東宮におわす時、其處に台臨遊ばせし、別府名所で御座います。




戦後の経済成長と観光ブームにより、
1950年(昭和25年)、別府国際観光温泉文化都市建設法が公布され、国家的支援で観光都市として整備。
1996年には、今の「別府八湯」(浜脇・別府・観海寺・堀田・明礬・鉄輪・柴石・亀川)の名称が公式に定着しました。
さらに2009年には4つの温泉地が温泉としては全国で初めて国指定名勝に指定されました。
国指定名勝の地獄
平成21年5月15日に開催された国の文化審議会において、文部科学大臣に「別府の地獄」として国の名勝に指定するよう答申され、平成21年7月23日告示されました。
指定物件は海地獄、血の池地獄、龍巻地獄、白池地獄の4地獄。大分県内にある名勝としては大正12年に指定された耶馬渓に次いで、86年ぶり2件目。
4つの地獄の指定理由は「日本古来の温泉地として名高い別府の中でも、独特で多様な色彩・形態の下に湧出する観賞上の価値、名所的・学術的価値の高い泉源である。」となっています。
現在も源泉数約2,300〜2,500、毎分湧出量約13万トン超と日本一の湯量をほこり、
地獄めぐり・鉄輪の地獄蒸しなどの観光資源を目当てに、年間800万人の観光客が国内外から訪れる温泉地となっております。
●現在の別府 観光マップ

別府には温泉関連施設の他にも、さまざまな観光名所があり山から海まで楽しめる場所です。
●大分香りの博物館
●うみたまご
●高崎山自然動物園
別府・地獄めぐりバスツアー
それでは別府駅からスタート。
定番の亀の井バス「地獄めぐりバスツアー」で地獄めぐりに行ってきます。
ツアー参加者に配られるカードも可愛い。
別府駅を出発し、60分の地獄の旅です。

バスも鬼さん仕様。
ツノもちゃんと着いてますね。


バスの座席にも鬼さんたちが。
奥には閻魔大王がいます。


温泉にも鬼さんがたくさんいるのですが…
ツノが2本だったり3本だったり、赤かったり青かったり黄色だったり
バラエティ豊か。


昔あった八幡温泉には巨大な鬼の骨もあったようですが…
いや怖い怖い!
これは子供泣くって!!
鬼の骨
— 遠野市立博物館 (@tonomuseum) February 1, 2021
別府温泉(大分県別府市)八幡地獄にかつて飾られていた鬼の骨。大きさは一丈二尺(約3m60㎝)とされる。
八幡地獄は昭和3年に噴出し、戦前は観光客で大変賑わった。湧出量の低下により閉鎖された。
「別府百景絵葉書 鬼の骨 八幡地獄」館蔵 pic.twitter.com/TQFRz69QRi
ちなみに血の池地獄や竜巻地獄の近くにある八幡竈門神社には、三本指の鬼の伝説があるそうです。
鬼滅の刃のファンの間では聖地ともいわれ、こちらに参拝する人もたくさんいるみたいですね。
別府の「三本指の鬼」は、主に「八幡竈門神社(はちまんかまどじんじゃ)」の鬼伝説に登場します。百の石段を築く途中で夜が明け、逃げ出した鬼の足指が3本だったとされる伝説が残っており、神社には鬼が作ったとされる石段や鬼滅の刃に関連するスポットがありま
今の別府の地獄には、そこまで怖い鬼さんはいなかったので、安心して巡ってください。
別府の7つの「地獄」
バスガイドさんのガイドを聞きながら、鉄輪(かんなわ)温泉エリアに向かいます。
7つの地獄それぞれに特徴があり、高温の熱湯や蒸気、お湯の色から地獄と呼ばれているそう。
直接入る温泉ではないのですが、手湯や足湯でお湯を体験できます。
足湯いろいろ入るつもりで、タオルとハンカチしっかり準備してきました。
女性はタイツやストッキングだと足湯入りにくいと思うので、靴下スタイルの方が良いかもですね。
地獄の名称由来
ここ鉄輪・亀川の地獄地帯は、千年以上も昔より噴気・熱泥・熱湯などが噴出していたことが「豊後風土記」に記せられ、近寄ることもできない忌み嫌われた土地であったといわれています。
そんなところから、人々より、「地獄」と称せられるようになりました。今も鉄輪では温泉噴出口を「地獄」とよんでいます。
べっぷ地獄めぐりは 、100 度近い温泉の源泉を見る観光施設です。

「次はその名も珍しき 山の中なる 海地獄…」
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) May 10, 2025
どの地獄もすごいなー!!!!!
実際に入れる温度の温泉ではないですが…湯煙たっぷりで温泉の良い匂いがします
色やお湯の動きなど、いろんな特長があって面白いです
そりゃ昔は、山の中にいきなりこんなお湯沸いたら地獄と呼ばれるようになるよなあ pic.twitter.com/Z3NsbX02Dq
●海地獄
「次はその名も珍しき 山の中なる 海地獄〜」
まずはバスガイドの名所案内節にもあった海地獄へ到着。
先ほど出てきた豊後風士記の「玖倍理の湯」にあたります。

「海」と名がつくのもあり、爽やかなコバルトブルーの池です

なぜこんな色になるのかと言うと、温泉成分に含まれる多量の硫酸鉄(鉄分)が溶け出しているためだそう。
98度の高温・酸性熱泉に含まれる成分が太陽光に反射して、深海のような青色に見えるんですね。

温泉を利用して、大鬼蓮や熱帯性睡蓮など温かいところの花が育てられているようです。

温泉卵つくってる。
この温泉を利用した、温泉卵や蒸し焼きプリン、極楽饅頭など、美味しいお土産が人気のようです
熱湯がつくる美味しいもの、どれもまた食べてみたいな〜。
●坊主地獄
次に向かうのは坊主地獄。



…なんかボコボコ沸いてる。
灰色の熱泥が沸騰し丸く表面に出てくる様子が坊主頭に似ているため、この名がついたそう。
この他にも「鬼の高鼾」と呼ばれる間欠泉があり、常に蒸気が噴き上がっています。
「むかしむかし鶴見颪(おろし)の寒さに震え上がった鬼たちが石の布団にくるまって高鼾のうたた寝をしてるんだとさ」
●かまど地獄
先ほども出てきた鬼の伝説がある八幡竈門神社。その例大祭にて、泉温98℃の蒸気で御供飯を炊いていた事が名前の由来となっているそう。
さまざまな湯の池が1丁目~6丁目まであり、バリエーション豊かな地獄です。


温泉のシンボルである赤鬼のオブジェがあります

色は成分のシリカによるもの。
3丁目の池の色、海地獄と同じ硫化鉄によるものなのかな?と思いましたが、こちらはシリカによるものだそう。成分がちょっと違うんですね。

4丁目の地獄では、どんな感じに熱風が噴き出しているか、実際にみせてくれます。
お線香の煙があることで、温泉の蒸気の動きがわかりやすくなってますね。

蒸気と共に白い泥が沸き出しており、5丁目ではその粘土質の熱泥が色の変わる秘密だそう。
もともとは3丁目と同じ色なのですが、日によって噴き上がる泥の量が違うため、泥が多い日には白く見えるのだそう。
面白い現象だなあ〜。

6丁目は一見こじんまりしてそうな池ですが、深さ2メートルもあるそうです。ひぇ~!!
別府の昔話に「牛が落ちてしまったら、骨だけ浮いてきた」というものがありますが…一気に現実味おびる池だなあ…。
安全に地獄めぐりができる時代になって、本当に良かったです。
また、4丁目横の体験コーナーには、飲む温泉や喉にいい蒸気が体験できます。


…蒸気が多くてのどっていうより、フェイススチーマーみたいになるな…
まあ喉と一緒にお肌もきれいになれるといいな。
また、かまど地獄は神様にお供えするご飯を作るのに使われていたため、お湯や蒸気で作られた食べ物が人気です。
「温泉ピータン(地獄蒸したまご)」・オリジナルの「醤油ぷりん」など、なかなか個性的なお土産があるみたいです。
●鬼山地獄
別名「ワニ地獄」とも呼ばれる鬼山地獄には、温泉熱を利用したくさんのワニが飼育されています。
大正12年から続いているんですね〜。
現在はクロコダイル科、アリゲーター科など、約70頭のワニが飼育されているそうです。

鬼山地獄では閻魔大王と3色の鬼さんがいました。別府のゆるキャラ「鬼っ子」のメンバーのようです。
フレンドリーな鬼さんたちですが、たまにちびっ子に泣かれててちょっと気の毒です。


大丈夫だよ〜その鬼さんは怖くないよ〜

鬼山地獄の泉質は塩化物泉。約98度以上の高温で無色透明の熱湯が特徴です。海地獄や坊主地獄のように、色がついたり泥が多いわけではないようです。
保湿効果や肌の健康に良いとされるメタケイ酸も含まれているそうで、隣接するおにやまホテルの温泉や、地獄内のワニの飼育に利用されています。
わ、ワニさんがいっぱい…
結構近くで見れるので、びっくりしました。
個人的には鬼っ子さんよりワニさんの方が怖いです…。餌やりタイムには迫力あるワニさんの食事風景が見られます。


ちなみに一番大きなワニさんには、代々「イチロウ」という名前が付けられているそうです。
いまの「イチロウ」くんは3代目。33歳で全長 4m 体重 500kgもある大きなワニさんだそうです。

●白池地獄
日本庭園の中に白い池がある白池地獄
こちらには鉄輪温泉を開いた一遍上人の像もあり、落ち着いた雰囲気の地獄です。
…いや落ち着いた雰囲気の地獄てなんやねん?


白い池とは言いますが、乳白色のライトグリーンな池。バスクリンみたいな色だな〜。
日によってはもっと白かったり、茶褐色が強かったりもするそうです。


白池地獄主に塩化ナトリウム、ケイ酸、重炭酸カルシウムを含む「含ホウ酸食塩泉」。
噴出時は無色透明ですが、池の底に溜まることで温度と圧力が低下し青白色に変化するとのこと。
こちらにはピラルクなどの熱帯魚が飼育されています。ワニ地獄もそうでしたが、動物たちにも温泉の恩恵があるんですね。あったかいお水の中で元気に泳いでいます。

●竜巻地獄
さて、鬼さんバスにのってまた移動。
龍巻地獄と血の池地獄のあるエリアへ向かいます。移動中もバスガイドさんの名所案内がとても面白い。
明治大正から名物になるはずですね〜。

龍巻地獄へ到着。
ちょうど間欠泉から蒸気が噴き出しているところでした。

すごい迫力。
大体30〜40分の間隔で熱湯が噴き上がっているそうです。
今は安全のため屋根が付いていますが、本来は30メートルほど吹き上がるのだそう。
宮城県の鳴子の鬼首かんけつ泉が15メートルだから、その倍ぐらい噴き上がるんですね。そりゃ屋根もいるわ。
●血の池地獄
そのすぐお隣にあるのが最後の地獄、血の池地獄。ビジュアル的に一番地獄っぽいなあ。


豊後国風土記に「赤湯泉」と記載された源泉です。1300年にはこの光景が山の中に広がってたわけですね。
そりゃ別の世界に迷い込んだと思うぐらいには不思議な光景だわ。

その名の通り一面真っ赤。
赤い色の正体は、地下の高温高圧下で自然の化学反応により生じた、酸化鉄や酸化マグネシウム、ケイ酸(シリカ)などを含む赤い熱泥。
成分は、赤鉄鋼と鉄明礬石。赤鉄鉱は赤色を、鉄明礬石は黄色を呈するので、両者の混合の割合によって、赤色の鮮やかさの度合いが日によって異なるんだそうです。
これが噴出・堆積して赤く見えるのだそう。


地獄の補佐官様がいました

この血の池地獄で人気のお土産が「血の池軟膏」。
いやこれも真っ赤っか!!効きそうだなー!

●効能
湿疹、火傷、水虫、ひゞ、あかぎれ、田蟲、しらくも、がんがさ、にきび、痔など。かゆみや殺菌にも効果有り。
●成分
血の池地獄鉱泥 8g、イオウ 4g、モクタール 4g、黃色ワセリン 6g(ステロイド非使用
効能としては、オロナイン軟膏と同じ感じですかね。殺菌力があって炎症に効くイメージ。
入浴剤もありました。真っ赤!というより朱色のお湯になるようです。
気になったので、こちらを購入してみました。帰ってからのお風呂が楽しみです。

竹瓦温泉
楽しい地獄を十分満喫してバスツアーは終了!!
…が、温泉にも入ってゆっくりしたい。
ってなわけて、最後に竹瓦温泉へ。
昔ながらの公衆浴場とのことですが…どんなところだろう?
竹瓦温泉のご紹介
明治12年(1879)創設で、当初建築されたものは竹屋根葺きの浴場でその後改築されたものが瓦葺きであったため、竹瓦温泉の名称がついたと伝えられています。
現在の建物は昭和13年(1938)に建設されたもので正面は唐破風造(からはふづくり)の豪華な屋根をもつ温泉となっており、その外観は別府温泉のシンボル的な存在となっています。
天井の高いロビーは昭和初期のイメージを残しており、湯上りにくつろげるスペースとなっています。
名物の砂湯は浴衣を着て砂の上に横たわると砂かけさんが温泉で暖められた砂をかけてくれます。

昔ながらの懐かしい雰囲気の通りです。

130年の歴史がある温泉。
昭和13年に建てられた建物も雰囲気があっていいですね〜。
お風呂は普通の浴場と、砂湯。
砂風呂は1時間に1〜2回、番号順に呼ばれるようです。
連休中などはすぐ埋まってしまうほどの人気。

お風呂場に入ってびっくり!
なんかロフトのある部屋みたいな構造。
1階に浴槽、ロフトに脱衣所がある感じです。
初めて見たなあ〜。

入ってすぐのところにロフト型の脱衣所。
木造の階段を降りたところに浴槽があります。
普通の温泉だと脱衣所と温泉の間にドアがあるんですが、脱衣所がベランダみたいになっていて特に仕切りはありません。
天井高いなあ〜。
シャワーなどの洗い場は無し。
掛け湯をしてから入ります。
深さも割と深いです…座って入るというより、ちょっと中腰で肩まで浸かります。お湯はそんなに熱くなく、ゆっくり入れる熱さです。
東北にもいい温泉たくさんあるけど…こういうタイプの温泉はなかったなあ。
とても珍しい体験ができました。
最後は「さんふらわぁ」で大阪にむかいます。
次の日は、大阪市立美術館の「国宝展」も見に行く予定になっておりました。
楽しい船旅ができる上、寝ているうちに大阪まで移動できるとはとてもありがたい!
船内もホテルのようで華やかでした。


#さんふらわあで九州へ
— るちあ@陸奥国 (@__luchia_) June 1, 2025
大浴場もレストランも付いていて豪華なホテルみたい
心配していた船酔いも全然なく。家族連れも多かったです
19時からはロビーでタップダンスのパフォーマンスも
御船印もあるんですね。良い記念になりそう
別府の夕陽を見て、寝て起きたらもう大阪の朝日
楽しい船旅でした pic.twitter.com/ZeL18tKzCm
さんふらわぁから見る別府港の夕日。
別府、離れるのが名残惜しいなあ…。
また来れたらいいなぁ…。

※次に向かった先の、大阪編(四天王寺・大阪市立美術館の「国宝展」)はこちら
↓↓
いいなと思ったら応援しよう!
よろしければ応援お願いします! いただいたチップはクリエイターとしての活動費に使わせていただきます! 