29歳無職、シルクロードの旅に出る
ユーラシアの旅の続きです。
前回の旅でパスポートを紛失してから一年。私は勤めていた旅行会社を辞め、無職になりました。29歳の春。貯金は30万円と、社会人5年目にしては頼りない金額でした。

(写ルンですで撮影)
名ばかり無職の気楽な旅
無職になって本腰を入れて転職活動をしたら、2週間で運良く内定を得ることができました。しかも年収は前職より200万円アップ。金の目処が立ったし、入社日までは2ヶ月近くありました。
──ユーラシアの旅を続けよう。
豪華な旅はできないけれど、陸路で進むならそれほどお金はかからない。むしろ制約があるほうが、旅は面白くなるはずだ。

(キルギスのソンクル湖・写ルンですで撮影)
生活費の決済でせこせこ貯めていたANAマイルでチケットを買いました。台北/深圳経由のウルムチ往復です。貯金に手を付けずに航空券が取れてよかった。
これで貯金30万円をまるまる使って旅ができます。
就職先も決まった「名ばかり無職」の気楽な旅のスタートです。旅費30万円で、どこまでシルクロードを進めるのか──ささやかな冒険の始まりです。
台北で想い出の臭豆腐を
建物を眺めながら街を歩くのが好きです。
経由地の台北では、日本統治時代の建築をめぐって散歩をしました。学生時代に台湾に留学した経験もあり、名所はすでにめぐり終えています。今回は、違った角度から街を見たいと思いました。
そこで手に取ったのが片倉佳史さん著作の『台北・歴史建築探訪ー日本が遺した建築遺産を歩く』。台北市内にある日本統治時代の建築物を網羅的に調査されていて、資料的価値の高い名著です。今でも街歩きのお供にしています。
総統府や台湾大学のような有名どころ以外にも、台北市内には日本統治時代の建物がひっそりと街に溶け込むようにして残っています。

この本を片手に歩くと、「ただの古い建物かと思ったら、これも日本統治時代に建てられたのか〜」と新しい発見があって楽しかったです。
夕食に臭豆腐を食べました。

台湾大学の近くのスターバックスの向かいにある屋台の店です。この辺りは学生街で安くて美味しい店が多いです。この臭豆腐屋さんは留学時代の行きつけでした。
久しぶりの味でしたが、意外と普通の味なのだなと思ったりもしました。昔食べた頃はもっと美味しく感じたのに、私の味覚が変わったのか。美味しいのには変わりないのですが、ちょっと寂しい気もしました。
…何年か後に訪れてみると、その臭豆腐の屋台はなくなっており、スターバックスも閉店していました。

台北での短期滞在を終えて、MRTで空港に向かいます。
実はMRT空港線に乗るのはこのときが初めてでした。ずっと地下を走るのかと思ったら、地上、それもかなり高いところを走っており、高層マンションが車窓からよく見えました。台湾の建物好きの私にとって、これは素晴らしい景色でした。
深圳の朝、切り取る価値がある一瞬
乗り継ぎのため台北から深圳へ。深圳には夜に到着。翌朝にはウルムチ行きの飛行機に乗ったため、街歩きの時間はありませんでした。
朝7時半にホテルを出発して歩いていると、工場らしき建物があり、そこへ吸い込まれるように出勤していく作業服の人たちとすれ違いました。
この人たちにとって、今日という日は特別な日ではないかもしれないけれど、通り過ぎていく私にとっては、その一瞬を切り取る価値があるのかもしれないと思って、写真を撮りました。

甘いコーヒーと天山山脈
空港のスタバでブラックコーヒーを飲みました。機内でもコーヒーを頼んだら、ミルクと砂糖がたっぷり入っていて甘かったです。いよいよブラックコーヒーが飲めない文化圏に来たのだという実感。苦いコーヒーを一日の原動力にしている人間にとって、シルクロードの国々を旅するのは、ちょっと大変かもしれない。
飛行機の窓の外を眺めていると、成都付近で険しい山々を超えてからは、砂っぽくて低い丘が広がっていました。北へ進み、モンゴルに近い空域を飛ぶころには、地面の色も一段と乾いていました。哈密(ハミ)付近では、岩山や砂山が目立ち始めました。
そして、ウルムチに近づいてきた頃、窓からまっすぐ外を見ると、雪を頂いた高峰がドーンと座していました。

これが天山山脈か...
いよいよ、新疆ウイグル自治区に入ってきました。
ついにユーラシアの旅の続きができます。
旅の続きをウルムチから──そしてSIMカード難民になる
17時半、ウルムチ地窩堡国際空港に到着。天気は快晴。少し暑いくらいでした。前回と違って、夏のウルムチでした。
空港バスで街の中心まで行き、市バスに乗ってホテルまで行きました。
市バスの向かいの席にZARAの紙袋を持ったウイグル人らしき女性が座っていました。ZARAはこんな中国の奥地にも展開しているのかと感心。さすがは世界首位のアパレル企業です。

ホテルに荷物を置いて、ウルムチの街を歩きました。
まずはSIMカードを買おうと、散歩がてら大通りの携帯ショップに入ってみると「外国人には売れない」とのことでした。中国移動(チャイナモバイル)なら売ってくれるかも、と紹介されて行ってみても同じ返事。おそらく深圳なら外国人でも買えたのだろうけれど、新疆はやはり勝手が違うようでした。外国人に厳しいぜ。

結局、どこへ行ってもSIMカードは買えず、旅の情報収集はホテルのWi-Fiに頼ることになりました。まあ不便だけど、仕方がないですね。
多様性を乗せた列車の旅
翌朝8時半、タクシーに乗ってウルムチ南駅へ。タクシーには前の座席との間に鉄格子がはめられており、物々しさを感じました。

伊寧へ向かう列車に乗ります。
ウルムチ南駅に到着。すぐにチケットの発券窓口に向かうも、長蛇の列ができており、かなり待たされることになりました。結局、出発時刻がギリギリまで迫っていたので、前の人にお願いして先に手続きをさせてもらいました。ほんますんません。旅慣れてきたせいか、時間管理が杜撰になってきていました。自戒。

間に合うかどうかヒヤヒヤでしたが、ギリギリセーフで列車に乗り込むことができました。この列車はカシュガル発、伊寧行き。出発は9時29分。

列車にはウイグル人らしき人たちが多く乗車していました。顔つきからして、ウイグル人だけでなくカザフ系の人も多そうです。
列車の中の様子はなかなか面白くて、ずっとスマホで動画 TikTok を見ている人や、音楽を聞いている人、カップ麺を食べている人、電話している人、車内販売のネックレスを買っている人など様々でした。
私はというと、朝食を取っていなかったので、駅の中で買ったポテチを食べることにしました。もっとまともな朝食をとりたかったのですが、駅で売っている食べ物の中で味が不味いリスクが最も低そうだったのがポテチだったのです。私は食事に関してはリスク回避的なのです。

座席の向かいにはウイグル人(カザフ人かもしれない)の母子が座っていました。年は3歳ぐらいの男の子。何駅かあとに、そのウイグル人親子の隣に漢民族の母子が座りました。こちらは、5歳ぐらいの女の子とその弟らしき1歳ぐらいの赤ちゃんを連れていました。
面倒見の良さそうな漢民族の女の子は、弟だけでなく、ウイグル人の男の子とも楽しそうに遊んでいました。民族を越えて無邪気に遊んでいる姿は微笑ましい。私の存在が気になるらしく、時折笑顔を向けてくれました。

昼飯時になると、向かいの2組の母子がそろってカップ麺(紅燒牛肉麵)を作って食べ始めました。中国の列車は車内に給湯器があるので、お湯でカップ麺を作ることができます。そのため、ご飯時になると車内でカップ麺をすする人が非常に多いのです。
ウイグル人の母親と漢民族の女の子が同じ味のカップ麺を食べる様子が、なぜか面白かったです。カップの内側に付属されている小さなフォークで食べているのが、なんとも微笑ましい。(あのフォークすごく食べづらいんだけどな〜)
列車の外の風景は、時々街を通るものの、ほとんどが草原でした。山も少しあった。なんてことのない風景を、よくもまあ、飽きずに見ていられるなと。

カドナスのプロフ(おいしい)
17時に伊寧に到着しました。綿菓子みたいな曇り空。初めての街にどんよりとした空気が漂っていて、不安な気持ちになりました。

今日の宿は青骊客栈というゲストハウス。
行ってみると、青い門があり、それをくぐると広い中庭に出ました。宿のオーナーは不在らしく、客らしき女の子が対応してくれました。パスポートのコピーは取らないらしい。(いいのか?)
宿泊費は50元と格安で、しかも宿泊客は3,4人しかいないようでした。誰もいない6人ドミトリーの1ベッドを割り当てられました。
中庭にある共用スペースで他の宿泊客と話しました。さっき対応してくれた女の子と1人の男性。いずれも20代ぐらいで中国人でした。女の子がヨーグルトらしき飲み物を買ってきて、私に飲むように勧めてくれました。甘酸っぱくて美味しい。

昼食を抜いていたのでお腹が空きました。このあたりのおすすめを聞くと卡德納斯抓飯烤肉王(カドナス)という店が美味しいと教えてもらいました。地図を頼りに行ってみると宿から歩いて5分ほどでした。客は私だけ。抓飯(プロフ)と羊の串焼きを注文しました。朝食がポテチだけだったため、ようやくありつけたまともな食事です。抓飯にはヨーグルトも付いていて、合わせてたったの20元で大変満足しました。

宿に戻るとオーナーが帰ってきていました。30代ぐらいの彫りが深くて整った顔立ちのウイグル人男性。たった今、カシュガルから戻ったそうでした。パスポートのコピーは?と聞くと要らないと言う。そんな杜撰な管理で良いのかと心配になりましたが、まあ良いでしょう。
客の中国人の女の子が淹れてくれたお茶を飲みながら談笑。
これから行こうと計画していたナラティのことを詳しく聞きました。このあたりは日本語の情報が少ないため助ります。アルタイの花畑の写真を見せてもらい、いつか行ってみたいなと思いました。
この日は疲れていたので、早めに休むことに。翌日から伊寧の街を歩きます。
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