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人は、見えている事実だけで判断しているのか。

「そんな依頼は受けていません。」
この一文を見たとき、頭が真っ白になりました。
でも今振り返ると、あの出来事で一番考えさせられたのは、その返答そのものではなかったのです。

以前、大きな案件の未払いについて記事を書きました。

最終的には支払いも行われ、出来事としては解決しています。

ただ、時間が経ってから振り返ると、別のことが気になり始めました。

当時の私は「なぜそんな返答になるんだ」と相手の対応ばかり見ていました。

でも、何度も思い返しているうちに「もしかすると、相手には私とは違う景色が見えていたのかもしれない」と考えるようになったのです。

今回は、そのことについて整理してみたいと思います。

私には、こう見えていました

未払いについて問い合わせたとき、返ってきたのは

「そんな依頼は受けていません。」

という返答でした。

その瞬間に感じたのは怒りというより、戸惑いでした。

「いや、こっちは時間も労力も思考も費やして仕事をしたんだけど?」

そんな感覚です。

自分の中では、依頼を受けて、考えながら作業をして、記事を書き、納品まで終えている。

それが一言で否定されたように感じました。

だから、「社内管理どうなってるんだろう??」と正直思いました。

普通なら、誰かが依頼した記録くらい残っているんじゃないか。

そんなふうに考えていました。

相手には違う景色が見えていたのかもしれない

少し時間が経ってから、別の見方もできることに気づきました。

海外のサービスを利用していると、日本では驚くようなサポート対応に出会うことがあります。

返信が遅かったり、担当者が変わるたびに話がリセットされたりする。

最初は「雑だな」と感じていました。

ただ、その経験を重ねるうちに「文化や前提が違うだけなのかもしれない」と思う場面も増えてきました。

今回の出来事も、同じだったのかもしれません。

私から見えていた事実は

「依頼された仕事を納品した」

という事実でした。

一方で、相手から見えていたのは

「突然、見覚えのない請求が届いた」

という事実だった可能性があります。

もし社内で依頼の履歴をすぐ確認できなかったとしたら、警戒するのも不自然ではありません。

もちろん、それで良かったという話ではありません。

でも、相手の立場から考えてみると、あの返答にも理由はあったのかもしれない。

そう思えるようになりました。

事実は一つなのに…

ただ、ここで気づいたことがあります。

私は「事実は一つ」だと思っていました。

でも実際には、それぞれが自分に見えている事実をもとに判断していただけだったのかもしれません。

そう考えると「分かってもらえない」と感じる場面の中には、意見が対立しているのではなく。

お互いに見えている情報が違うだけ、ということも少なくないのかもしれません。

私は今回の出来事を通して「相手がおかしい」と決めつける前に「相手には何が見えていたんだろう」と考える癖が少しだけついた気がします。

もちろん、すべての場面でそうとは限りません。

それでも、自分にとって当たり前に見えている事実が、相手にも同じように見えているとは限らない。

そんな当たり前のようで見落としていたことを、今回改めて実感しました。

じゃあ、「普通」って何なんだろう?

ただ、この出来事を振り返っていると、もう一つ気になることがあります。

私は最初、「社内管理どうなってるんだろう」と感じました。

でも、それは本当に管理が雑だったからなのでしょうか?

それとも、私が当たり前だと思っていた基準が、日本での経験の中で作られていただけなのでしょうか。

この問いも、もう少し観察してみたいと考えています。


いつも読んでいただき、ありがとうございます。

このnoteでは、日々の出来事をきっかけに、自分なりの気づきや仮説を観察しています。

正解を伝えるというより、「自分ならどうだろう」と考えるきっかけを届けられたら嬉しいです。

共感したことや、まったく違う見方でも構いません。

コメントで一緒に考えられたら嬉しいです。

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