人は、見えていない部分を勝手に埋めてしまう
人は、分からないことがあると、その空白を自分なりに埋めようとするのかもしれません。
私も以前、海外企業のサポートとやり取りをしたとき、見えていない部分を勝手に解釈していたことがありました。
振り返ると、私が見ていたのは「相手」ではなく、自分が作った物語だったのかもしれません。
以前、海外企業のサポートとやり取りをしていたときのことです。
こちらが聞きたいことを送っているのに、返ってくる回答は少しずつズレていました。
もう一度説明する。
すると、また少し違う返事が返ってくる。
そんなやり取りを何度も繰り返していました。
当時の私は「どうしてこんなに話が通じないんだろう」と思っていました。
きっと相手の対応に問題があるんだ。
そんなふうに考えていたんです。
でも今振り返ると、私が見ていたのは目の前のやり取りだけでした。
その向こう側にある事情や環境には、ほとんど目を向けていなかったのかもしれません。
何度説明しても、話が前に進まなかった
以前、海外企業のサポートとやり取りをしていたときのことです。
こちらから質問を送っても、返ってくる回答が少しずつずれていました。
もう一度説明する。
すると、また少し違う返事が返ってくる。
そんなやり取りが何度も続きました。
当時の私は「なんでこんなに話が通じないんだろう」と思っていました。
正直、相手の対応に少し苛立っていたのも覚えています。
ちゃんと会話ができるだけで、こんなにも違った
途中から日本人スタッフが対応してくれるようになると、それまで止まっていた話が一気に前へ進みました。
もちろん、問題がすべて解決したわけではありません。
でも、一番印象に残っているのは
「ちゃんとコミュニケーションが取れる」
そう感じられたことでした。
何度も同じ説明を繰り返さなくていい。
その安心感は、思っていた以上に大きなものでした。
見えていなかったのは、相手ではなく環境だった
当時は「やっぱり担当者の問題だったのかな」と思っていました。
でも、時間が経って振り返ると、少し違う見方ができるようになってくる。
あの頃は、今ほどAI翻訳も発達していませんでした。
日本語を十分理解できない相手と細かい内容をやり取りするのは、今よりずっと難しい環境だったと思います。
そう考えると、私が感じていた「伝わらない」は、担当者一人の問題ではなく、当時の環境や仕組みも大きく影響していたのかもしれません。
私は相手だけを見ていました。
でも、本当に見るべきだったのは、その人を取り巻く環境だったのかもしれません。
知らないことを、勝手に埋めていたのかもしれない
この経験は、以前書いた海外企業との未払いトラブルの時にも思い出しました。
以前の私なら
「管理体制が悪いんだろう」
そう決めつけていたかもしれません。
でも今回は
「自分が知らない事情があるのかもしれない」
そう考えられるようになっていました。
その後、同じ会社から突然解雇されたという海外の投稿を見かけました。
もちろん、それが私の担当者にも当てはまるのかは分かりません。
でも、その投稿を見て
「もしかすると、自分には見えていない事情があったのかもしれない」
そう考えられるようになりました。
振り返ると、私は相手を理解していたわけでも、誤解していたわけでもなく。
見えていない部分を、自分なりのストーリーで埋めていたのかもしれません。
情報が足りないと、人は理由を探したくなります。
そして、その理由が正しいかどうか分からないまま、一つの物語を作ってしまうことがあります。
もちろん、だからといって、何でもかんでも相手を擁護すればいいという話ではありません。
ただ
「まだ見えていないものがあるかもしれない」
そう思えるだけで、物事の見え方は少し変わる気がしています。
最近は、誰かについて判断が必要になったときに
「今見えている景色だけで、物語を作っていないだろうか」
そんなことを考えるようになりました。
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
このnoteでは、日々の出来事をきっかけに、自分なりの気づきや仮説を観察しています。
正解を伝えるというより、「自分ならどうだろう」と考えるきっかけを届けられたら嬉しいです。
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