楳図かずおが記す「サザエさんとまことちゃん」「手塚治虫と酒井七馬と大阪まんが」「恐怖の本質」「未来の先取り」
◆『まんが劇画ゼミ⑥ 楳図かずお|柳沢きみお|江口寿史』(1980年/集英社)
現役の作者がマンガ家志望者に向けて創作方法などを解説する「まんが劇画ゼミ」シリーズの1冊から、私が楳図かずお氏の中で気になる箇所を引用。
● サザエさんに学んだもの
『まことちゃん』と『サザエさん』に類似点があるというと、意外に思う読者が多いでしょう。だが、ぼくが今までのギャグまんがで影響されたと思うのは、長谷川町子氏の『サザエさん』なのです。何度も読み直しているうちに、いつのまにか影響を受けたようです。また、南部正太郎氏の『ヤネウラ3ちゃん』にも同じようなことがいえます。_ごぞんじのように、『サザエさん』は磯野家という三世代同居家族のなにげないような日常生活を素材にしています。ところが、サザエさんの行動を見ていると、ときどきパッと日常から飛躍するところがあるのです。たとえば、カモイにぶらさがって死んだふりをするところなど、飛躍のしかたが、女性の作者にしてはとても激しくて、幅のとり方がダイナミックなところにびっくりさせられます。_サザエさんもまことちゃんも、そんなふうに日常から飛躍するところで似ています。 ~ ところが、よく比較される、こまわりくん(山上たつひこ作『がきデカ』)となるとまことちゃんとは違うようです。こまわりくんは子どもではなくて、一個の怪物なのです。最初から人間ばなれをしているのです。おなじことが、赤塚不二夫氏の『天才バカボン』に出てくる六つ子(※『おそ松くん』の間違い?)にもいえます。 ~ やはりどこかで現実ばなれしている要素があります。これに対してまことちゃんは、日常的な幼稚園児、サザエさんはどこにでもいるようなそそっかしい主婦なのです。
● 大阪まんがで学んだもの
ぼくがまんがを描くうえで影響をうけたのは、同世代のまんが家と同じように、手塚治虫氏でした。手塚まんがは、ぼくのテキストであり、必読書であったといってよいでしょう。_しかし、ぼくにはもう一人、影響をうけたまんが家がいました。東京ではあまり知られていませんが、大阪で一時期活躍した酒井七馬という人です。この酒井氏から、ぼくはコマのはこび方を学びました。まんが家の中にも、コマからコマへと急に飛躍してしまって、流れがまるっきりわからなくなる場合がありますが、酒井七馬氏は、コマのはこびが映画的なのです。文字で説明するのではなく、絵をたどっていくと、話が実にスムーズに頭に入ってくるのです。_コマをていねいに細かく描くから、テンポはスローですが、通してみるとよくわかって迫力があるのです。酒井まんがは絵の分解とスピードを勉強するうえで、非常に参考になりました。ぼくにとっては酒井まんがはお手本であり、独特の個性にみちあふているように思えましたが、全国的にはそれほど話題にならずに終わったのは残念です。_もう一つ、酒井氏を中心とする大阪のまんがで、ぼくの心をとらえた点は、遊びの精神が豊かであったことでした。さりげないギャグ一つをとってみても、読者を喜ばせてやろう。何かの仕掛けをして反応を期待しようとする意欲やサービスや遊びがありました。_子どもの描き方も、東京のまんがでは、子どもは汚れない心をもっていて、どろんこ遊びでまっ黒けになっているが、純粋無垢な存在であるようで、どうもぼくなどは読んでいて、こんなものかいなという気持ちになってしまう場合が多かったのです。ところが大阪まんがでは、子どもでも、どこかふてぶてしく、人間くささぷんぷんで、それでいてアッケラカンとして憎めない明るさがありました。_おもしろいものは徹底的におもしろく、こわいものはとことんこわくするのが、ぼくが修行していたころ、大阪の貸本屋に出まわっていたまんがでした。印刷もまた原色の赤をはでに使って、これでもかこれでもかと心に食い込んでくる迫力がありました。_このようなまんがを見て育ったので、東京ふうまんがは、どうも上品で、読み終わったあと欲求不満が残るような気がしました。その点、ぼくは大阪まんがの伝統をついで、がんばっているのかもしれません。
手塚治虫の長編デビュー『新宝島』(1947年)の「原作・構成」が酒井七馬。『まことちゃん』で子供達が廊下や道路をダダダッと走る連続描写に影響?
● 恐怖は理屈ではない
『へび少女』を描いていたころ、どうして作品に社会性や諷刺性を盛り込まないのかという意見もありましたが、ぼくは反対だと思っていたんです。なぜなら、そこに社会のしくみの批判など、理屈っぽいものを入れたとしたら、ほんとうのこわさが失われてしまうのではないか、と思っていたからなんです。_子どものころ日本映画の「四谷怪談」や「鍋島の猫騒動」などの怪談ものをよく見ていましたが、ストーリーはおもしろいが、どうも恐怖が身に迫ってこないのです。なぜかといえば、「四谷怪談」では、伊右衛門は、妻のお岩を毒殺したからその亡霊に悩まされる、「鍋島の猫騒動」でも、猫や猫の飼い主を殺した人のところに妖怪が現れる――といういわば因果関係の糸の中だけで起こることで、そこに含まれないぼくたちのところには、亡霊が出るはずはないと、もうバレちゃってるからなんです。_これに比べてフランケンシュタインってのはこわかったんです。生まれた事情そのものがふつうでないうえに、怨念や復讐ということに関係なく、意味もなく次つぎと人間を襲ってしまうのですから。いつ、ぼくのまえにもフランケンシュタインのような化け物が現れるかもしれないと思うと、作り話だとわかっていても、やっぱりこわいんです。_人間は、得体の知れない原始的なものに対して、より恐れを抱くものだ、そんなふうに考えて、ぼくは『へび少女』をはじめとして、一連の恐怖ものを描いてきたわけです。だからぼくのまんがには幽霊が出てきません。因果関係によって特定の人のところだけに出てくる現象を描くより、むしろ実在したり変型したりした怪物の方が、読者により恐怖を与えられると思ったからです。_これに対して『漂流教室』は、最初から社会性を取り入れました。この作品を描いた当時は、公害問題がさわがれる前ぶれがあり、ぼくも公害をテーマにしてみたいと思っていたのです。だけど、そうした社会的テーマだけを露骨に出すと、まんがとしての楽しさがなくなりがちです。そこで、もう一つ、子どもばかりを登場させて、おとななみの知恵を働かせ、危機に対応していく――という集団ドラマの要素を加えました。さらに、未来と現在とに離れていても、母と子が関連をもちつづけるという要素もとり入れたうえで、ストーリーを組み立てていったわけです。
楳図氏には「フランケンシュタインの怪物」を意識した恐ろしい短編漫画の『恐怖人間』(1963年)がある。『猫面』と同じ佐藤プロの貸本漫画誌掲載。

黒沢 清氏は↓【ホラー映画・ベスト50】で「恐怖の本質」を少し語っている
● まんがで未来を先取り
最後に、ぼくがなぜまんがを描き続けるのかという答えを出して、全体のまとめとします。ぼく自身、人間の未来はどうなっていくかに非常に関心をもっているのです。人間の未来を想像力で先取りすることに、まんが家としての使命を感じている、などというとちょっと大げさですが、生きがいとしていることは確かです。_だからといって、今ぼくが、表現しているまんがには、人間の未来像があるとはいえませんが、描いていく意識の奥には、そういった光があって現実を照らしている程度のことはいわしてください。『まことちゃん』でも、子どもの動きを通して、一〇年先、二〇年先の人間はどう変わっていくだろうか――と少しは追求しているつもりです。_未来を
先取りするには、まんがくらい有効な手段はありません。まんが家のイメージにあるものが、すべて現実化されるとは限りませんが、ふた昔もまえにまんがに描かれた、月世界旅行や火星探検、ロボットなどが次つぎと現実のものになっている例を見ると、やはり、まんがは未来を先取りしたと思ったりするわけです。今はギャグを中心に描いているぼくも、こうした未来指向の上で、また変貌をとげるかもしれません。
==『まんが劇画ゼミ⑥』書影と「楳図かずお」の全見出し==
本書で「まえがき」と「解説」を書いている副田義也氏の【楳図かずおに対する評価】の「欺瞞性(初期はゲテモノ扱い)」については、評論家の呉 智英氏が著書『現代マンガの全体像』(元版は1986年)で徹底的に批判している。

【全見出し】 ※「⇒」の先は「私の感想」です
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1 『まことちゃん』のギャグ世界
● ギャグは新鮮でなければ
● ギャグは読者とのゲーム
● 遊びの精神必要論
● サザエさんに学んだもの
● おセンチはきらい
● ぼくの擬音について ⇒会話に「擬音語/擬態語」が多い関西出身の影響⁈
● トイレのギャグについて
● 小さなキャラクター
2 『まことちゃん』を描くまで
● まんが家への出発
●『ヘビ少女』誕生
●『アゲイン』から『まことちゃん』へ
● 大阪まんがで学んだもの
3 ぼくのまんが哲学
● 最もたいせつなこと
● 恐怖は理屈ではない
● まず土台を築こう
● 音楽と映画への挑戦 ⇒念願?の映画監督は『マザー』(2014)で実現
● なぜきみは描くのか
● まんがで未来を先取り
● 自選ベスト5
ギャグのセオリーなんて関係ない
● たいせつなのは表情
● コマのスピード
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◆『まんが劇画ゼミ』シリーズ「全8巻」の背表紙

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