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まだ。まだ生きていてよね

   大好きなお店が、四月末で閉店してしまう。だから、最後に飲みに来た。たらふく食べて、たくさん飲んだ。思い出に浸ろうと思っていた。最後だから、笑顔でこのお店を心の底から味わいたいと思っていた。

   最初のスパークリングワインで夫と乾杯しているときに、父からLINEが届いた。今はLINEをいつでも受け取れるようにしている。祖父が年明けから体調を崩していることを知っていたから。嫌な予感がした。そんな予感は、当たってしまうものなのだ。

   《回復に向かうと思っていた足が壊死し始めていて、切断する方向になりました。はる夫婦がGWに来るのを楽しみにしているから、はる夫婦が来てから、入院をすることを決めました。一番ショックを受けているのは本人です》

   そんな内容だった。もっと、長く長く書かれていたけれど、よく、わからなかった。涙で滲んでしまって、文字が読めなかった。

   ねえ、なんで。なんで。

   ねえ、どうして。一人でずうっと頑張って生きてきた人をこんな目に合わせるの。ねえ、なんで。

   父からのLINEは、続く。

《デイサービスも、ヘルパーさんも、決まってこれからと言う時期に、神様は少し意地悪でした(涙)》

   ああ、もう、もう、もう。

   少しどころじゃないよ。
   意地悪なんてもんじゃないよ。

   祖父のことを、私たちはみんな名前+じいと呼ぶ。じいは、苦労をした人だと思う。私が書いたあの掌編小説は、ほぼほぼ実話だ。

   やりきれなかった。
   やり切れないよ、そんなの。

   毎年毎年、小学生から高校生まで、夏休みには、福島県までラーメンを食べに連れて行って貰っていた。じいは、馬刺しが大好きで、カツが載っている濃厚な味噌ラーメンが大好きで、それだけの為に、私たち三兄弟を福島県まで連れて行ってくれた。私たちは、たくさん食べて、これでもかってくらいにラーメンをはふはふと啜って、車の中で爆睡した。ガソリン代だって高かっただろう。高速代だって高かっただろう。今ならそれがわかるのに、そんなことに気づかないくらい、私はじいに甘えていた。毎年毎年それが、ものすごく楽しみだった。

   じいは、いつでも美味しいものを見つけると、すぐに共有してくれる人だった。自分だけで味わうんじゃなくて、「お前たちも食べてみろ」と、すぐに私たちを連れて行った。もちろんそんなことを言う人ではなかったけれど、じいの美味しいの先には、いつだって家族がいた。私たちがいた。

   新潟には弥彦山という山がある。夏休みになると、じいは母を楽させるために、私たち三兄弟を山へ連れて行った。山登りが趣味だったじいは、山菜にも詳しかった。

   こごみ、わらび、ぜんまい。採れたての山菜を、山登りの帰り道によく家に届けてくれた。子どもの頃の私は、その美味しさがわからなかった。

   今なら、わかるのになあ。

   大学の合格が決まったとき。入学金を立て替えてくれた。教習所に通うお金を、出してくれた。三兄弟分、すべて。返すと約束したのに、返さなくて良いと言われた。ぶっきらぼうな顔をして。そのときも、私はその言葉に甘えてしまった。

   初任給で、ラーメンが大好きなじいにラーメンをご馳走したかったのに、断られた。「家系ラーメンには、興味ないんですぅー」──そう言ったじいは、私が休みの日に、私が働いているラーメン屋に食べに来ていたことを知った。

   ほんっとうにもう、素直じゃないんだからさ。

   「お前誰だ!」「東京から来た人は、家に入れませーん」──新潟に帰省して、家に行くたびに、そう言われた。

   でもさ、知ってたんだよ。私が新潟を出て、都会で上手くやっていけるかどうか、毎月母に聞いていたこと。電話で、聞いていたんだからね。

   ずうっと憎まれ口しか叩かない人だったけれど、それが愛情表現なことも知っていた。食べるのが早いじいは、いつもすぐに会計を済ませて、外で煙草を吸っていた。そんな、私たちの元にはいつもアイスまで届いた。何味が好きなのかも、全部全部知ってくれていた。

   ねえ。妻が、アル中でクモ膜下出血で亡くなったとき、どんな気持ちだったの?母と叔母を一人で育てていたとき、どんな気持ちだったの?後悔している?迷惑掛けたなあって、思っているの?だから、一人で五日間以上も痛みに耐えていたの?そっちの方が、寂しいんだよ。親に頼って貰えないって寂しいんだよ。ねえ、聞いている?

   いつも、じいの家には菓子パンとカップラーメンしか無かった。一人で料理をするのは面倒くさいから、と。電子レンジも冷蔵庫も、なかった。一人分の料理を作るのは、さみしいよね。ずうっと一人で、食べてたんだよね。

   なんでもっと早くに、気づかなかったんだろう。

   ねえ。教えてよ。
   もっともっと苦しさを、わけて欲しかったよ。

   母は今、じいの家に寝泊まりしながら介護をしている。母なりの恩返しだと、そう言っていた。一人で頑張って育ててくれたから、と。

   でも。でも。

   じいの家と、実家を行き来する生活は絶対にしんどいはずだ。おばあちゃんがいるから。父方のおばあちゃんが同居しているから、料理も二つの家で作らなければならない。掃除もしなければならない。妹も弟も、父も。みんな、働きながらどうにか頑張っているらしいけれども、限界があるはずだ。

   それを知ったのは、最近だった。年明けからずーっとその生活をしていたのに、なにも言ってくれなかったんだよ。心配かけたくないからって。

   助けを求めてよ。GW帰ったときは、手料理振る舞うからさ。振る舞わせてよ。そう言っているのに、何度断られたかわからない。ねえ、食べてよ。どうせ、胃薬が無いと食べられないとか言うんでしょう?持っていくよ。持っていくから、いつまでも憎まれ口叩いていてよ。

   作る夕飯のメニューを考えてLINEをしていたら、《無理しないでね》と、そう言われた。そっくりそのままお返ししたかった。頑固さは、変わらないね。じいと母が家族なことが良くわかるくらいに、お互いに頑固すぎるよ。

   父からもLINEが届く。

   《健気に介護してきた母の気持ちを思うと涙が出ます。励ましてあげてください。いろいろなことを後悔しています。無理しないでねと言われるのが母は、苦痛だそうです。でも、無理をしないで欲しいです。このままだとそのうち倒れます。そう思う私は悪でしょうか?》

   はあーっ、もうさ、涙が止まらないよ。みんな不器用過ぎるんだよ。言葉にしないと、気持ちって伝わらないんだよ。私にLINEする前に、本人に直接言ってあげなよ、って言いたいけれど、言えないんだろうな、照れくさくて。

   店の中は賑やかだった。誰かの笑い声が聞こえる。グラスのぶつかる音が聞こえる。愛されてきたことがわかる、ワインソムリエさんの「ありがとうございまーす」の声。そして、にこやかな笑顔。

   それなのに、私だけ、世界から取り残されたみたいだった。外にいたのに。最後のお店だったのに、馬鹿みたいに泣いて、泣いて、泣いてワインを飲んだ。ワインは、ちゃんと美味しかった。悔しいくらい、美味しかった。笑っていたかったのに。

   でも、きっと忘れない夜になる。

   閉店する店で。終わってほしくない命のことを考えながら飲むワインは、あまりにも美味し過ぎたから。

   まだ生きていてよね。私の手料理の点数、つけてもらっていないんだから。満点取るまで、あの世にはいかせないんだからね。GWまで、絶対に待っててよね。

   今はね、笑顔を作る練習しているよ。じいの前で泣かないように。頑固さだけは、しっかりと譲り受けたからね。

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