見出し画像

昔ばなし1-1 カッパレもち 共通語

茨城県茨城町のあるお宅に伝えわる話を聞いて再話をしました


音声

 カッパレもち土地ことば こちらから


カッパレもち 共通語


むかし、涸沼川にかかる飯沼橋のそばに、鹿島屋というつくり酒屋がありました。このあたりでは、一日に餅をつく習わしがありました。
 
ある年、ひどい日照りになり、畑のものも田んぼのものも、ろくにとれませんでした。それでも鹿島屋では、旧暦の十二月一日になると、なんとか餅をつくことができました。
 
 店の人たちが土間で餅をついていると、やせこけた小さい河童がやってきて、臼のまわりをぐるぐるぐるぐる、まわっています。男たちは、餅をつくのに河童がじゃまでじゃまで、しかたがありません。
 
番頭さんが腹を立てて、
「じゃまだ、じゃまだ。どいていろ」といっても、河童はちっともどこうとしません。

 
  酒屋の主人が、
「そうだ、餅をやれば帰るだろうから、餅をやれ」といいました。男たちが、つきあがった餅をやると、河童は喜んで帰っていきました。

何日かたったある日、河童のおとうさんがやってきて頭をさげていいました。
「この寒さで、食べ物がみんな霜枯れて、何にもないときに、餅をめぐんでいただいてありがとうございました。わたしは河童なので何にもお礼ができませんが、このあとずっと、このあたりの人たちを、かならず水難からお守りします」
 
 それからこのあたりでは、村人が川に落ちておぼれることもなくなって、かっぱのいったとおり、水難にあうことがありませんでした。
 
 それで酒屋の主人は、
「ああ、この前の河童がこの村を守ってくれているんだ。あの河童のことを、祀ることにしよう」といって、伏見のお稲荷さんから河童稲荷のお札をむかえて、お祀りしました。
 
今でも旧暦の十二月一日には餅をついて、水難にあわないようにと、餅を川にポイッと投げ入れてお供えしています。
このあたりでは、河童にあげるもちだからカッパレもちというそうです。
 
おしまい

出典

このお話は茨城町のTさんから聞いて再話しました。

鹿島家の末裔でお宅に言い伝えられていたそうです。
そして、カッパレ餅の風習を続けています。旧暦の12月1日に餅を川に流す風習は、かつて色々な地域で、行われていました。
地域によって「川浸り餅」や「カビタリ餅」「乙子餅」などともいいます。 

紙芝居作成

紙芝居にも仕立てました。土地ことばと共通語で演じられます。


カッパレもち 茨城大学 茨城町発行 2022年刊行

いいなと思ったら応援しよう!