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【エッセイ】Boy Meets Girl が成立しない国で、女の子が空から降って来る件


なぜ日本のラノベやマンガでは、女の子が空から降ってくるのか。
冷蔵庫を開けたら精霊がいて、夜にはサキュバスが窓から入ってくる。
一見すると荒唐無稽な Boy Meets Girl だが、
そこには日本特有の恋愛観、出会いの難しさ、
そして創作者の切実な事情が透けて見える。

この記事では「女の子が降ってくる現象」を
お笑い多めで検証しつつ、男性側の願望、女性側の心理、そして物語上あまりに都合がいい理由まで掘り下げてみたい。




1|日本の物語では、なぜ女の子が降  ってくるのか


日本のマンガ・アニメ・ラノベは、やたらと女の子が降ってくる。

美少女が空から落ちてくる。
冷蔵庫を開けたら、美少女風の精霊がカルビを焼いて食っている。
夜な夜なサキュバス風の美女が窓から侵入し、チョコだけ食ったら帰る。
冷静に考えると、どれもだいぶ怖い。現実なら即通報案件だ。

2|空から来る・冷蔵庫にいる・夜に帰るという異常な合理性


まず、空から女の子が降ってくる。
これはロマンじゃない。
工程の全省略だ。

出会い?
不要。
会話のきっかけ?
不要。
距離感の調整?
不要。
重力と一緒に、関係性が完成している。
便利すぎる。

次に、冷蔵庫を開けたら精霊がいる。
これもすごい。
同居イベントが一瞬で発生する。
「住む場所どうする?」
「家賃は?生活費は?」
「親は?」
そんな現実的な話は、だいたい肉と一緒に消えている。
冷蔵庫にいる時点で、もう生活圏に侵入済み。
説明不要。異議なし。

そして極めつけが、夜な夜な窓から入ってきて、
チョコだけ食べて帰るサキュバス。
最高に都合がいい。
関係はある。
責任はない。
朝にはいない。
現代社会が欲しがっている人間関係の完成形が、
ここにある。

空から来る=始めなくていい。
冷蔵庫にいる=続けなくていい。
夜に帰る=終わらせなくていい。

これ、恋愛じゃない。
手続き回避のファンタジーだ。
だから不自然なのに、やたらと合理的。
怖いくらい今の空気に合っている。こんな便利な装置、物語で使わない理由がない。

かく言うわたしも…、やってしまってました…..


3|普通に出会うだけで難易度が高すぎる国、日本


そもそも日本では普通に出会うこと自体が、わりと高難度だ。

知らない相手に話しかける。
これだけで、頭の中に「不審者」という文字がよぎる。

距離を詰める。タイミングを間違える。
アウト。
何もしない。
何も始まらない。
詰んでいる。

合コンはパーティーじゃない。
マルチタスク型の対人戦だ。
空気を読み、
場を壊さず、
誰も傷つけず、
それでいて印象に残れ。
難易度が高すぎる。

マッチングアプリは、もはや恋愛じゃない。
履歴書提出だ。
写真。
年収。
趣味。
文章力。
一次審査を突破して、ようやく会話権がもらえる。

告白に至っては、
公開処刑
成功すれば美談。
失敗すれば、なかったことにされる。

だから、
誰も動かなくなる。
動かないのに、「出会いがない」と言う。

ここで、
空から女の子が降ってくる。

……そりゃ、流行る。

努力も勇気もいらない。
失敗もしない。
嫌われる前に、物語が始まってくれる。

これは夢じゃない。
難易度調整だ。
日本の Boy Meets Girl は、恋愛じゃなくて
イージーモードを選んだ結果なのかもしれない。

4|男性側の本音(動かずに始めたいという願い)


正直に言うと、
多くの男は「モテたい」わけじゃない。
目立ちたいわけでも、
主導権を握りたいわけでもない。
ただ、
失敗したくない。

変な人だと思われたくない。
怖がられたくない。
空気を壊したくない。
一度でもしくじると、
それが長く残る社会で生きている。
だから慎重になる。
慎重になりすぎて、
何もできなくなる。
そんな状態で、
「自分から行け」と言われても無理だ。

そこで出てくるのが、
女の子が降ってくる物語だ。

自分は動かない。
判断もしない。
でも関係は始まる。
これは卑怯でも甘えでもない。
心が折れないための最低限の選択だ。

男たちは知っている。
勇気を出した先に、何もない夜があることを。
だから物語の中では、せめて一度くらい
何もしなくても始まってほしい。

それだけだ。


5|女の子側の本音(降ってきたくないし、でも否定もしない)


まず、はっきり言う。

女の子は、基本的に降ってきたくない。
空から落ちるのは危ないし、
知らない家の冷蔵庫は怖いし、
夜に窓から入るのは論外だ。
現実の女性にとって、出会いはロマンじゃない。
リスク管理だ。

この人は安全か。
怒らないか。
距離を間違えないか。
自分を勝手な役割にしないか。

全部、最初に確認する。
命綱だから。

だから物語の
「最初から好意的」
「拒否の余地がない」
「察してくれる前提」の世界は、正直ちょっと怖い。

……でも。
それでも女の子は、この手の物語を完全には否定しない。
なぜなら、現実ではずっと気を張り続けているから。

警戒して、
配慮して、
空気を読んで、
安全を確保して。
たまには、何も考えなくても
受け止められる場所があってもいい。

だから女の子は降ってくる。
それは都合のいい存在としてじゃなく、
休憩所としてのファンタジーだ。

ただし条件がある。

降ってきたあと、
ちゃんと生きさせてくれるなら。

考えて、
迷って、
勝手に動いて、
ときどき面倒な存在として。
わたしの作品のミユみたいに。

そうじゃないと、
女の子はただの設定で終わる。

降ってくるのは構わない。
でも、そのあとが大事だ。


6|それでも女の子が降ってくる理由は、物語上ラクだから


ここまで、社会がどうとか、心理がどうとか、
それっぽい理由を並べてきた。
でも最後に、一番どうしようもなくて、一番正直な理由を書く。

女の子が降ってきたほうが、話を作るのが圧倒的にラク

これはもう、否定しない。
出会いを設計しなくていい。
関係性の初期段階を積み上げなくていい。
距離感のズレで破綻する心配もない。
降らせた瞬間、
物語がスタートラインを通過している。
空から落とせば1話。
冷蔵庫に入れれば3話。
窓から来させればシリーズ化。

便利すぎる。

これは恋愛の問題じゃない。社会の問題でもない。
作者の作業工程の問題だ。
疲れている。
時間がない。
ネタが出ない。
でも何かは書きたい。
そんな夜に、
女の子が降ってくる設定は、
「考えなくていい」という救済になる。

だから使う。
使わない理由がない。
きれいごとを言えば、創作の自由。
本音を言えば、業務効率の最適化

そして、そのズルさを作者自身が一番よくわかっている。
わかっているから、ちょっと照れながら、
それでもまた降らせる。やめられない。
だって、ラクなんだから。


7|書く側が落ちていけば、物語は始まる


ここまで来ると、もう気づいていると思う。

女の子が降ってくるかどうかは、実はどうでもいい。

空からでも、
冷蔵庫でも、
窓からでも。
本当に起きているのは、
作者が一段、下に落ちているという事実だ。

理屈を捨てて、体裁を捨てて、「うまく書こう」を諦めた瞬間。
そのとき、物語が動き出す。
女の子が勝手に喋り、勝手に怒り、勝手に世界を引っかき回す。

わたしの作品みたいに(恥)

主導権を握っているつもりで、実は引きずられている。
でも、それでいい。
降ってくる女の子は、
奇跡じゃない。救済でもない。

作者が落ちるための言い訳だ。

だから私は今日も、
空を見上げて、
冷蔵庫を開けて、
窓の鍵を確認する。
……何も来ないと知りながら。

それでも書く。それでも落ちる。
そのほうが、
何も始まらないより、ずっとマシだから。

日本に女の子が降ってくる物語が多い理由?
簡単だ。

始められない人が多すぎるだけ。

知らんけど(笑)


あとがき


最後までおつきあいいただき感謝です。

少子高齢化とか、出生率の低下とか。
ニュースでは毎日のように数字が並ぶけど、あれは突然どこかで起きた別世界の話じゃなく、ここにある生活の延長線に、ただ静かに積み上がってきた結果ですよね。
出会いに臆病になったり、先の不安で立ち止まったり、誰かを大切にしたい気持ちすら押し流されたり。そういう一つ一つが、出生率という数字に姿を変えているだけなんですよね。

物語の登場人物たちも、同じ地面を歩いている。選ばなかった道も、選べなかった未来も、すべては現実と地続きです。
だから物語は、現実から逃げるためのものじゃない。
今を生きている私たちが、どこに立っているのかを、少しだけ確かめるためにあると思っています。

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