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【風文(かぜふみ)のこと】

昔、聞いた話。

舞い落ちる雪の粒の中に、極くまれに、木の葉型のものがある。

それを風文と言う。



この話を見かけたのは、20年以上前のインターネットの片隅だった。

雪山で遭難した人の最期の想いが、風に乗って家族へ届く。

そんな伝説のような話だった。

本当にどこかの山村に伝わる話なのか、それとも誰かの創作なのか。

今となっては分からない。

ただ、なぜかその話だけは心に残った。


当時、私は山岳救助隊として活動していた。

助けた命がある。

助けられなかった命もある。

だからだったのかもしれない。

私はその文章をノートに書き留めていた。


あの正体不明の話は、年月を重ねるほど私の中で少しずつ形を変えていった。

そしてある日、一つの掌編になった。

『風文』。

遭難した若者の想いが風に託され、母のもとへ届く物語。

雪様と仔兎が現れ、母は小さな祠を作る。

不思議な話である。

だが私にとっては、ただの幻想ではなかった。

あの物語には、助けられなかった人たちへの祈りと、残された人たちへの願いが、少しだけ混ざっていたように思う。

書いた当時は気づいていなかった。

いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。

『風文』は物語だった。

同時に、私自身が長いあいだ抱えていた何かでもあったのだと思う。



noteへ投稿したのは昨年の秋だった。

正直に言えば、大きな期待はしていなかった。

掌編小説だ。

しかも、雪山の遭難者が風に想いを託すという、決して派手ではない物語だ。

静かに流れていくと思っていた。

ネットの文章など、風に吹かれる落ち葉のようなものだと思っていたから。

誰かの目に留まっても、翌日には忘れられてしまう。

そんなものだろう、と。

ところが『風文』は思いがけない旅に出た。

たくさんの人が読んでくれた。

感想を書いてくれた。

自分の記憶を重ねてくれた人もいた。

失った家族を思い出した人。

故郷の風景を思い出した人。

誰かに伝えられなかった言葉を思い出した人。

私が書いたはずなのに、いつの間にか『風文』は読者それぞれの物語になっていた。

今になって思う。

あの作品の主人公は、遭難した若者でも母でもなかったのかもしれない。

読んだ人の心の中にいる誰かだったのだろう。


そして、『風文』は人も運んできた。

それまで出会わなかった人たち。

創作を続ける仲間たち。

コメント欄で笑い合った人たち。

励ましてくれた人たち。

時には、自分よりずっと優れた文章を書く人たち。

振り返ると、不思議なものである。

私は『風文』を書いたつもりだった。

けれど実際には、『風文』に連れられて歩いていたのかもしれない。

作品を書いたのは私だ。

だが、その作品が見せてくれた景色は、私一人では決して辿り着けなかったものだった。

だから感謝している。

読んでくれた人たちへ。

出会ってくれた人たちへ。

そして何より、『風文』そのものへ。



そんな『風文』を、私は創作大賞のオールカテゴリ部門へ応募した。

受賞をねらってのものではない。

むしろ逆だった。

創作の世界には、もっと巧みな文章がある。

もっと完成された物語もある。

それは分かっている。

それでも応募した。

それは挑戦というより花向けだった。

長いあいだ自分の中にあった物語。

たくさんの人と出会わせてくれた物語。

私の創作の原点になった物語。

だから最後に、少し大きな場所へ送り出してやりたかった。

結果は風が決めることだ。

届くかもしれない。

届かないかもしれない。

だが、それはもう私の手を離れた。

風文なのだから、それでいい。



最近になって、私はあることを考えるようになった。

『風文』を書いたのは私だ。

だが、『風文』の始まりは私ではない。

あの日、ネットの片隅で見つけた正体不明の言葉だった。

誰が書いたのかも知らない。

本当に伝承だったのかも分からない。

もしかしたら、私と同じように何かを思い、誰かが書き残した創作だったのかもしれない。

けれど、その言葉は私の中に残った。

20年以上残った。

そして掌編になった。

だとしたら。

私は作者というより、受取人だったのかもしれない。

風に乗ってきたものを拾い上げ、自分なりの形にして渡しただけなのだと思う。


だから、この記事を書こうと思った。

感謝を伝えるために。

そして返すために。

『風文』は、たくさんのものを私にくれた。

読者との出会い。

創作仲間との出会い。

忘れられない作品との出会い。

そして、自分が本当に書きたかったものとの出会い。

十分すぎるほどである。

だから今度は、私が風へ返す番なのだと思う。


ここに置いていく。

『風文』の原型になった言葉を。

本物の風文を。

私はそれを受け取った。

そして『風文』を書いた。

もし、これを読んだ誰かの心に残るなら。

もし、何年か後に別の物語になるなら。

それもまた風文なのだろう。


昔、聞いた話。

舞い落ちる雪の粒の中に、極くまれに、木の葉型のものがある。

それを風文と言う。

風文は、人肌に触れ、融ける瞬間、声になる。

それは、山で遭難した人の今際のきわの言葉。

はからずも死者となり、魂は黄泉路を、身は山路に留まらざるを得なくなった者を、 雪様が憐れみ、近しい者に届けてくれる便りだ。

雪様の姿は千差万別。

ただ、いつも足元に白い仔兎が遊んでいるらしい。

それで、風文を貰った人は、かぼちゃ程の小さな祠を作り、中に小さな雪兎を祀る。

お供えは、熊笹の上、胡桃の殻の片割れにお団子、もう半分にお酒を上げる。

話してくれた夫婦は、ご主人のオーバーの袖口に付いた風文から、確かに息子の声を聞いたと言う。

“ごめん、春にはきっと帰る”

その言葉どおり、翌年の春の終わりに、彼は山から帰って来た。

以来、風文は来ないが、息子の命日には、庭に小兎のちょこなんと納まった祠が作られる。
(以上、原文)


この話が本当かどうか、私は知らない。

伝説なのか、創作なのかも分からない。

けれど私は受け取った。

だから、ここへ置いていく。

風は、思いがけない場所へ吹くことがある。

昔、誰かが置いていった言葉が私に届いたように。

今度は、この風が誰かのもとへ届きますように。




私の風文はこちらです


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