エッセイ【B1とRFのはざまで】
築四十年。
人間なら、まだ働き盛りかもしれない。
建物となると、そうはいかない。
「玄関ホールの天井から水が漏れています」
はいはい。今行きます。
脚立を立て、点検口を開ける。
顔を突っ込んだ途端、冷たい水が首筋を伝った。
「ひゃっ!……最悪」
そのとき、腰の無線が鳴る。
「冷温水発生装置5号機、停止しました」
まだ、こっちが終わっていない。
機械室へ駆け込むと、赤い警報ランプが点いている。
機械は、人間の都合なんか知ったこっちゃないらしい。
また鳴る。
「トイレの水が流れません」
……知らんがな。
とは、言えない。
あたしは工具を持って、B1から上へ、上から下へと走り回る。
病院や福祉施設の設備管理をしている。
電気、水、空調、ボイラー。
四十年も経てば、あちらを直せばこちらが壊れる。
昨日まで機嫌よく動いていた機械が、今日は黙り込む。
正直、腹が立つ。
うんざりもする。
「未来のためにできること」なんて考えながら仕事をしたことは、一度もない。
目の前の水を止める。
止まった機械を動かす。
流れないトイレを、流れるようにする。
ここでは、設備が止まったからといって「今日は閉店します」とはいかない。
病室には人がいる。
施設に暮らしている人がいる。
壊れた機械の都合に、人の暮らしを合わせるわけにはいかない。
持続可能な社会。
立派な言葉だ。
でも、築四十年の建物にいると、少し違って聞こえる。
新しいものをつくることだけが、未来じゃない。
今日あるものを、明日も使えるようにする。
それだって、たぶん未来だ。
点検でRFへ上がる。
扉を開けると、B1にはなかった空がある。
眼下には、さっきまで悪態をつきながら走り回っていた建物。
その向こうには町が続いている。
ふいに、先日読んだ文章を思い出した。
「裏方で人を支える仕事って、すごくカッコよくない?」
そう言ったのは、これから自分の未来を選ぼうとしている女の子だった。
あたしは、空を見上げる。
もしかしたら未来のほうが、こちらを見ているのかもしれない。
腰の無線が鳴った。
「地下で警報です」
……またか。
あたしは空を見るのをやめる。
「了解」
さて。
とりあえず、明日を直しに行くか。
了
Special Thanks
このエッセイを書こうと思ったきっかけは、葉瑠いつみさんの『裏方って、カッコよくない?』でした。
娘さんのその言葉を読んで、あたしは少し手を止めました。
そうか。
水漏れと故障と警報に追いかけられて、そんなこと考えたこともなかった(笑)
でも、未来からこちらを見ている若い人が、そう言ってくれる。
だったら一度、いま裏側にいる人間から見える景色も書いてみよう。
娘さんといつみさんへ。
素敵なきっかけを、ありがとうございました。
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