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社人知論(雑談-2)

 



2.2.2 中学校、高校時代についての思い出、考え(1)

 小見出しにまたタイトルをつけるかどうか迷っていた。中学校時代、高校時代で別々と書くほうがもっと適切だろうか。これから書きたいことを考えなおしてその考えを諦めてしまった。

 中学校への進学先はもともと雑談1で話したLさん、Zさんの通っていた学校だったけど、ちょっと事情で別の中学校に入学することになった。ここで短いエピソードを入れさせておいて、



 故郷では小学校から中学校への進学に「就近入学」という制度が定められている。これは中国の多くの都市でも採用されている制度だ。

 「就近入学」とは、小学校を卒業した後、自分の持ち家から最も距離が近い中学に進学しなければならないというルール。なお、賃貸の家は認められず、正式な不動産証明書が必要となる。この制度によって、「学区房」という言葉が生まれた。

 同じ町の中でも、学校によって教師の力や教育環境には明らかな差が存在する。人々は進学率や人気を基準に学校の良し悪しを判断する。そのため、子どもを良い中学に通わせたい親は、意図的に優秀な学校の近くに家を買う。そうした、進学のために用意された物件のことを「学区房」と呼ぶ。

 当然、「学区房」を購入するには莫大なお金が必要になる。私の家には、そのような余裕はなかった。

 ほかの進学ルートも二つ存在していた。一つは推薦入学。普段の成績と卒業試験の成績が両方とも優秀だったら、担任に推薦されて、住んでいる場所に関係なく良い中学に進学できた。ただし、一クラス五十人のうち、推薦の資格をもらえるのは四人か五人程度に限られていた。もう一つは自力で別の中学の入試に合格する方法だけど、それも非常に稀なケースだった。

 故郷には学校がいくつあるけど、もともと割り当てられていた学校は評判が悪かった。両親はとても心配していた。小学校のときから成績が良くなかった。もし中学で勉強を怠ければ、高校に進学できず、将来のことがどうすればいいのか。また、悪い生徒に影響されて、不良になってしまうのではないかと不安がっていた。

 実は、もう一つの進学方法があった。普通の生徒より何倍もの学費を払えば、入学枠を得ることができた。言い換えれば、入学資格を「買う」ような形だ。

 こうして、私は別の中学に入学した。その学校は中高一貫校で、高校の進学率ではなく、名門大学への合格者が多いことで有名だった。最初は単なる私立校として簡単に済ませようと思ったけど、一般の私立中学とは性質が完全に異なる。一方では、いつか未来の自分が読み返しに来るのを思って、結局、無意識に長い説明文まで作り上げてしまった。


 小学校の最後の夏休みのことがもうあまり覚えていない。多分嬉しかったろうか。

 中学が始まる三、四日前に、校内のクラス分け試験が行われた。すべての新入生が受験しなければならなかった。学力を均等にするため、学校はX型の方法で生徒を振り分けていた。後になって知って、驚いたことがある。自分が入ったクラスの平均成績が、七つのクラスの中で学年一番だったんだ。もちろん、私の順位はクラスの下から十番目ぐらいだった。

 成績が良くなかった代わりに、子供の頃にゲームけっこう遊んでいた。


 ほかの家庭よりうちなのはコンピュータを買ったのがすごく早かった。それは多分小3、4の頃のことだった。とにかくコンピュータゲームに触れたのはずいぶん早かった。

 記憶の限りでは多分小5の時にcfというゲームが一気にブームになってきた。

 その時の中国ではそのゲームの人気さといえば、日本では今のVALORANTにも超えるめっちゃ大人気なゲームだった。小学校の男の友達も知り合いの中にはcfを知らない人がほぼいなかったほど人気があった。

 進学先が違っても、中学一年生の前までは、CFを通じて、またQQを通じて、小学校の友達とつながっていた。私はMさんなど、昔の友達と一緒にネットカフェに行ったこともある。

 ここで、中国のネットカフェについて説明しておく。日本のネットカフェは、漫画を読んだり、飲み物を飲んだり、アニメを見たり、資料を調べたりする場所である。しかし、中国のネットカフェは根本的に違う。中国のネットカフェの中心はすべてネットゲームを巡っている。来店する人のほとんどが、ただゲームをするために来ている。


2010年ごろ、中国とあるネットカフェの例

 子供でもいい大人でもいいその中にはゲーム中毒者が少なくない。

 中国では18才以下(未成年)の人がネットカフェに入ってはいけないことになっている。

ネットカフェのカウンターの上にはほぼこれみたいな看板がある

 看板の内容は
 未成年がネットカフェに入ってはいけない。
 一人で一つの証明で身分済みでサーフィンできる

 ここの証明は身份证(身分証明書または住民票みたいなもの)

 ちなみに中国では、ネットカフェが未成年を受け入れていたことがバレたら、厳しさによって罰金を科される→一時の業務停止→許可取消→最悪の場合では閉鎖されることになる。

 さすがあのときのオンラインゲームがあまりにも人気すぎて、リスクを犯しても未成年を受け入れていた。まあ、禁則を犯してネットカフェに足を運んだ自分には文句を言う資格がないけど、


 話を中1の入学式に戻す。中学生になって、必修科目も増えた。自分はもともと成績が良くなかった派なんだ。ところが、さすが前の内容がそれほど難しくなかった、難しくなかったというより覚える必要があるものが多くなかった、覚えている限りでは授業とかテストとかなんとかついていけた

 私のクラスはクラス分け試験で学年一位の平均点を取っていた。そのため、頭の良い人がたくさん集まっていた。中には、普通に授業を聞き、時々宿題をコピーし、試験前に少し復習するだけで高得点を取れる天才のような人も多かった。

 しかし、人の価値は成績だけで決まるものではない。中国でも日本でも、成績が良ければすべてが良いと思っている親は多い。私は、そのような考えを持つ親は、中国のほうがはるかに多いと感じている。

 Xさんも頭の回転が速い生徒だった。しかし、私はXさんと二回大きなトラブルがあった。一つはスマートフォンを無理に取られたこと、もう一つは殴り合いのけんかだ。

 中学一年生のとき、全国的に携帯のデータ通信が普及し始めた。両親が契約をしてもらったスマートフォンを私に渡してくれた。月に5Gのデータが使えた。当時の携帯は今と違い、SNSも発達しておらず、面白いゲームも少なかった。主に連絡用として、私は学校に持って行った。

 ある日、Xさんに見つかった。

「あのさ、携帯持っているだろう。ちょっと調べたいことがあるさ、携帯貸してくれ」

 入学式から数えればもう何ヶ月過ぎた。正直、クラスの中で友達と言える人が一人もいなかったけど、すべての人と仲が悪くもなかった。さすがときが経つとともに、たとえ付き合わなくても、人それぞれのらしさもだんだん現れてきたんだ。

 Xさんの成績は50人の中で20番目くらいに浮いていた。喧嘩とか何かのため何度も教師のオフィスに呼び込まれたそうだ。授業の途中眠っていて、教師に呼び覚まされて急に怒りだして教師と口喧嘩することになったこともある。とにかく、距離を取るべき厄介な存在だと思い込んでいた。

 Xの願いにどうしても頷けなかった。

「いや、だめ、」

「なに言ってんだよ。資料調べたいって言っただろう。早く出せよ」
 
 断っても、だめだった。結局Xさんに携帯を取られた。携帯を学校に持ち込んではいけないルールがなかったけど、教室みたいなとこでは使用禁止くらいのならあった。つまりそのことを先生に伝えたらかえって面倒なことを招く恐れがあるから、どうしようもなかった

 Xさんとのことを書いているうちに小1か小2時代の一つのエピソードとも言えることを思い出した。


 それは絵を書いている途中の出来事だった。

 絵を書いているところで、いつの間にか男のクラスメイトが静かに寄ってきて、微笑んで言っていた。

「うまい、うまい」

 静かにそばで見たいだろうと思っていたから、礼をしてから絵を書き続けていたところを、その人がいつ頭が握った鉛筆に当たるほどそっと身を傾いたことにぜんぜん気づかなかった。気がつくと、その人の目が鉛筆の端に当たった。幸いなことはその端が削られたのではなかった。それにしても、

「あっ」そいつが大声で悲鳴を上げた。

「大丈夫なの」

「君、鉛筆で目を刺した」

 謝っても、相手もずっとずっと自分勝手な話を繰り返していた。

「だから、謝っただろう。それになんで何も言わずにこっそりと俯いていたの」

「知らん!お前刺したって、担任に聞かせに行くぞ」

 その時のことを言葉にしてもあくまでも加工された記憶というものなんだけど、とはいえ、むしろ加工されたことに気づくとまさにはタイムリープしたかのように、その時の感情が胸に湧いてくる。

 怒り、迷い、悔しみ、焦り

「まあ、担任に聞かせなくても、その代わりに、金を出して、」

 

 そのままでゆすられていた、何週間もお小遣いをほぼその人に貢がされた。

 何週間もして大したことが発生した。

 どうやら自分と似た経験をしたとあるクラスメイトがそのことを担任に聞かせたらしかった

 それからある日に、その人が来なくなった。隣の人に聞くと別の組に転入されたそうだ。それで貢ぐことももちろんしなくていい、

 多分2年の後で放課後の帰り道で知り合いと話しているうちに、つい話題がその人に触ってしまった。まさか知り合いまでもその人に脅かされたことがあるなんて本当にびっくりした。


 Xが授業中ほぼ伏せたまましていた。授業が終わって、Xが返した携帯の電池がだいぶ切れてしまった。そいつが授業中でずっと携帯をいじってただろう。よくもリサーチの履歴もクリーンせずに返したなんて。検索履歴をちょっと見たりして、大変なものばかりだった。

 もう一つのトラブルは、殴り合いのけんかだ。中国の学校には春休みがなく、冬休みの前が上学期、冬休みの後が下学期となる。事件は中学一年生の下学期に起こった。

 当時、Xさんは校内で有名な不良生徒になっていた。授業をサボったり、けんかをしたり、タバコを吸ったりして、先生も生徒も困っていた。

 私の学校では、毎週月曜日に全校集会と国旗掲揚式が行われていた。すべての生徒が運動場に集まって、式を行う。式で時には優秀生徒を褒めたり、問題生徒を注意したりすることもあった。中高一貫校なので、全校の生徒数は数千人に達していた。

 式が終わって、人の流れに従って移動していた。
 突然誰かに押されて、蹌踉めいて危うく倒れるところだった。振り返ると、Xだった。

 Xがニコニコ笑っていた。その笑顔、本当に気持ち悪かった。

「見るな、早く動けよ、歩けばいいんじゃ」

「押すなよ、前には人がいるよ」

 人混みで一歩一歩でしか歩けなかったので、スピードを上げるのは絶対やってはいけないことだ。担任にも何度も何度も式が終わって、人混みにいるときに急がないようにすることを教えられたし、万が一雑踏事件に巻き込まれたらしまいだ。

 無視するより我慢するしかなかったと思ったところを、Xに速く前に押された。今度バランスが取れなくて、隣の人にぶつかってしまった。相手がどうやらXのことに絡みたがらないそうに見えて、

「気をつけろよ」言い捨てて、あるきはじめた

 二度と振り返ると、Xがまだニコニコ

「てめぇ、見るな、速く歩けってば、」

 どうやらXには見逃すつもりがなさそう、

 思っていて、Xの頭を重く叩いた。

「ハ!?てめぇやろう」

 多分完全に自分の想像してたことにバッチリはずれた行為だろうか。痛みを食われたXがすぐにかかってきた。すると、殴り合いはじめた。周りの学生が速く階段に登っていった。その中には間違いもなく先生を呼びに行く人がいた。ただ数分間でXさんと教師に職員室に連れられていった。

 その教師がちょうどうちのとある科目の担当者で、それにめっちゃ気性が荒かった人だ。

 それから予想どうりの展開、Xには恐らく理屈がなくて、押しの行為を誤魔化すために必死にただ私が速く歩けるように'促していた'だけだと唱えていた。

 教師がXさんのことが分からないはずがなかった。


 前にはXが大声で教室でこういうことを冗談を飛ばすように仲間に話していた。

「あぶねーあぶねー、さっきトイレで一服してるところを、そいつに見られちゃった。幸い手すばやくて、タバコを便器の中に投げた。そいつもきっとタバコを吸うためにトイレにきただろう。まったく、偉そうにしやがってんな、クソじじ」


 教師が事情の始末を聞いて、こっちの行為も指摘された。このあとあまり言わずに、ただ
「お前ら、頭冷静にして、もし互いに許してあげたら今度だけここだけで。ちょっと用事が出て、戻る前によく考えろ」

 教師が出たばかりで、Xがこっちに向いてまた笑った。

「ハハ、おまえ、よくできるね、まさか俺を殴る勇気があるなんて、お前をなめたなあ」

「いや、ただ頭にきたから、」

「まあ、けんかをしなければ、友達になれない」Xが自分勝手言いながら、笑っていた。

 どうしても笑い出せない、一応笑ったと思う笑顔を作った。

「そう、そうね」

 まもなく教師が戻ってきた。Xさんでもいいこっちでもいい、とりあえずどうしても今の苦境を抜け出さなければならなかった考えを抱いていたので、

「さあ、仲直りになったら、クラスに戻ろう」

 これからの話がずっと後の話だった。多分もうすぐ中1下が終わるのに近いときのことだっけ。

 Xが本当に予想以上何倍物騒な人間だった。

 なぜかというと、どうやら国慶節の頃のことだった。Xさんは寮生で、ネットカフェでほかの学校の学生と揉めて、めっちゃ怒って相手に貴様を刀でぶっ殺すなんて言葉さえ言い放したそうだ。結局に、それを誰かが学校ヘ通報した。

 寮の責任者がXさんのベットの下で何本もの鉈を見つけたそうだ。まさか警察まで学校に出ったに至った大事件になってしまった末に、Xも退学処分を受けて、姿が学校から見えなくなった。


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