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「飯沼干拓」の授業① 飯沼干拓の概要と学習する内容の魅力を捉えましょう!


”飯沼干拓”
茨城県の小学4年生のほとんどが学習する単元ですね。

大きな沼を干拓した事例だよね。
着工までに18年もかかったんだよね。
血判状を書いて農民が誓い合ったそうだね。
井沢為永さんの計画だね。
江戸時代に手作業で成功させた話だよね。

これだけ知っている先生は”さすが”です!

内容は分かるけれど、児童がなかなか興味をもってくれないんだよね。
調べ学習にしてみても、良い資料がなかなかないんだよね。
皆で考えるような授業にしたいけれど、何を考えさせるといいのかな?
この単元に、面白いところってあるのかな?
授業するのが難しいんだよね・・・

そんな声も多く聞かれるように思います。

でも、安心してください。

”飯沼干拓”は、社会科としてすばらしい内容を含んだ単元です。


飯沼干拓を学習すると・・・

昔の人の努力に驚きます。
昔の人の知恵にも驚きます。
昔の人の思いの強さに驚きます。
児童が必死に考える内容があります。
干拓の様子を想像すると、感動を味わうことができます。

そして、ボトムアップ型の民主主義を勉強する格好の題材でもあります。

一緒に、飯沼干拓の授業を考えてみましょう!


まず、飯沼干拓の概要を確認します。

飯沼干拓は、茨城県南西部の飯沼という沼の水を排水し、そこに広大な水田を作った江戸時代を代表する干拓工事の大成功事例です。

飯沼は、西、北、東を台地に囲まれた地形で、南方向を流れる鬼怒川に水が流れ出している沼でした。

飯沼が広大な沼である理由は、流れ出す鬼怒川の川床が比較的高い点にあります。
現在の飯沼干拓地の最低部の標高は、約7.4mです。
南方向を流れる鬼怒川の標高は、約11.6mです。
この標高差が沼の深さであったと考えられます。

図は「国土地理院地図」の「自分で作る色別標高図」を使って作成し標高等を加筆した

飯沼の水を流してしまうには…

沼を干拓するには、飯沼に滞留している水を、より低い所に流してしまわなくてはなりません。

鬼怒川方向に流そうとしても標高が高いため、流すことはできません。

江戸時代の人は、経験的に知っていたのでしょう。
飯沼の西側の台地の先にある”菅生沼”に流してしまおうと考えました。

現在の菅生沼の標高は、約6.7mです。
これは、飯沼の最深部より低くなります。
流すことが可能です。

そこで、”飯沼”から”菅生沼”へ流す水路を掘ろうと考えました。


断面図で排水路の概要を考えると・・・

図は「国土地理院地図」の「ツール」の「断面図」を利用して作成し加筆した

飯沼付近(色別標高図上の青線部付近)の断面図を見ると、飯沼の水を菅生沼に流すには、深さ約10mの水路を約3km弱(2.7kmくらい)にわたって掘る必要があることが分かります。

深さを高さに直すと、マンションであれば一階につき約3mですから、3~4階の高さとなります。
この高さ(深さ)を3km弱の長さで掘ろうと考えたのです。
もちろん、手作業です。

学校付近で考えてみてください。
学校から3km弱の距離ならどのあたりでしょうか?
深さは10mです。

深さ10m×長さ3キロ弱の水路です。
合わせてイメージしてみてください。
掘り出す土は、途方もない量です。
機械がない時代です。
どれだけの労力が必要なのでしょうか?

この作業の様子を想像した絵が、「私たちの茨城県」に掲載されています。
(副読本の「想像図」をご覧ください。)
手作業で道具を使って掘り、土を運び出しています。
道具名も掲載されています。
どんな道具で、どんな仕事をしたのかを読み取ることができます。
とても大変そうです。

このように、工事の規模を身近な具体例に当てはめて考え、その上で作業の様子を想像すると、干拓工事の”すごさ”が明瞭に浮かび上がってきます。
子ども達は、昔の人の努力に圧倒されることでしょう。

工事の第一段階は、この水路の完成と沼の水の排水によって完了します。

想像してみてください。
数年かかったと思いますが、地域の人々が皆で力を合わせて水路を掘り、それによって、膨大な量の飯沼の水を流してしまったのです。

水路を水が流れたのを見た時、人々はどんな気持ちになったでしょう。
沼の周りの人々は、沼の水位が日に日に下がっていくのを見たはずです。
どれだけ感動したことでしょう。
そして、水が引いた後には、広大な土地が現れたのです。
どれほどの希望が見え、勇気が奮い起こされたことでしょう。
うれし涙が流れ続けたのではないでしょうか?

飯沼の干拓地を守るには・・・

こうしてできた干拓地ですが、排水路を作っただけでは、干拓地は守れません。

本図は筆者の自作 付近の断面図を基にしたイメージ図

飯沼干拓地は、周りを台地に囲まれた地形です。
雨が降る日は必ずあります。
雨水は一気に干拓地に流れ込みます。
上流からも水は流れてきます。
少しでも大雨が降れば、干拓地に水が溜まってしまいます。

これでは、水田が水につかってしまい、米がとれません。

上流からの水が干拓地に流れ込むのを防ぐ必要があります。
周りの台地から水が流れ込むのを防ぐ必要もあります。
そして、干拓地最低部にたまった水を速やかに流す必要もあります。

そこで、昔の人は対策を考えました。

干拓地の水田を洪水から守るために必要な3本の水路

まず、干拓地中央部の最低部に排水路を掘ります。
飯沼川です。
この排水路は、大地を掘った水路に繋がり、干拓地の水を速やかに菅生沼へ排水する役割を持ちます。

次に、干拓地の外縁部に水路と頑丈な堤防を作ります。
西仁連川と東仁連川です。
これら二つの水路と堤防によって、干拓地の周りの台地からの水の流入を防ぎます。

上流から流れてくる水は、どうするでしょうか?
飯沼川に流すと、大雨の時に飯沼の水があふれやすくなります。
干拓地の中に、上流からの水は入れたくありません。
そうすると、上流からの水は、干拓地の上流で東西に分け、西仁連川と東仁連川の二つに分けます。
分けることによって、水量が減り、水を制御しやすくなります。

こうした工夫によって、干拓地の水田は守ることができます。

※工事の順番としては、まず東・西仁連川を作って干拓地内の水を減らし、続いて中央部の飯沼川を掘削したと思われます。

三本の水路の規模は・・・

そうすると、第二期の工事は、西仁連川と頑丈な堤防、東仁連川と頑丈な堤防、中央部の排水路の掘削となります。

では、三本の水路と堤防は、どれくらいの長さが必要なのでしょうか?
これは、現在の地図からおおよそ計測することができます。
西仁連川と東仁連川の分岐部から、菅生沼への排水路入り口までの直線距離を測ります。
地図を用意して、計測させると良いでしょう。
約21kmです。

飯沼干拓地は曲がっていますし、外縁部は谷津田などがあり、複雑な地形です。盛り土をして水路を立体交差させる部分もあります。
3本の川は、それぞれ21kmよりも長くなるはずです。
これが、3本必要です。

21km×3=63kmです。
実際は、それ以上の長さがあります。
想像してみてください。
お勤めの学校から、63km先というと、どれくらいでしょうか?
実際には、さらに長い距離が必要です。
これも、地図を用いて、計測させると良いでしょう。

どれだけの労力が必要でしょうか。
水路は勾配をつけなくてはなりませんから、正確な測量も必要です。
どうやって行ったのでしょうか?
途方もない労力です。緻密な作業です。
それを手作業で行うのです。

こうしたことを知ると、児童は昔の人の努力に心の底から感動します。
労力を考えれば、神社に集まり、血判状まで作った理由が理解できるようになります。

飯沼干拓は、幕府などに命令されて作ったのではなく、自分たちが「作らせてくれ」と申し出て、許可を得るまでに18年もかかったのです。
そして、大成功だったのです。
人々が団結し、実行することの偉大さ、人間のすばらしさについても心動かされるかもしれません。
井沢為永のエピソードも素敵です。
それほどまでにして、水田を作りたかった理由も知りたくなるはずです。

飯沼干拓には、心動かされる内容が数多く含まれているのです。


三本の水路には、さらに利点がある!

飯沼の左岸と右岸、中央に掘った三本の水路には、米作りに関するさらなる利点が隠れています。

三本の川の位置から利点を考える

干拓地では、洪水で水浸しになるのを絶対に防がなくてはなりません。
洪水対策、水害対策です。
米作りには大敵です。
そのために、外縁部に水を流入させない水路(西仁連川と東仁連川)を設け、中央部に排水路(飯沼川)を作りました。

米作りの大敵はもう一つあります。
干害です。
水不足です。

しかし、飯沼干拓地では、干害の心配はありません。
干拓地のすぐそばを、西仁連川と東仁連川が流れているのです。
しかも、干拓地の水田より高い位置を流れているのです。
いつでも水を取り入れることができます。
水の心配はありません。
水をくみ上げるなどの労力もいりません。

西仁連川と東仁連川は、灌漑用の用水路にもなるのです。
これは、現在も利用されています。

もし、東・西仁連川を作らなかったとするとどうなるでしょうか?

その場合、干拓した土地で常に水があるのは飯沼川だけになります。
すると、干拓地の端の部分(東・西仁連川の近く)は、飯沼川から見ると数メートル高い土地となりますので、飯沼川から水を引くことは難しくなり、水田にすることはできなくなります。
畑地となってしまうのです。

さらに、三本の川を作ることには、米作りをする上で良い面があります。

米作りでは、「中干し」も生育のために有効です。
「中干し」とは、稲が茎を増やす時期の終わりに一時的に田んぼの水を抜き、土を乾かす作業のことです。
中干しには、根の成長の促進、過剰な分げつ(茎の数が増えること)の抑制、土壌の改良の効果があります。
中干しをすると、稲が健康に育ち、収穫量を増やすことができるのです。

三本の川があると、中干しも簡単になります。
下に、田んぼの水を排水できる飯沼川があるからです。

実際のところ、授業では、「中干し」を考えるのは難しいですが、子ども達は、米作りには「水」が必要なことは分かっています。
つまり、「用水」がある利点は分かります。

飯沼干拓地では、米作りに最適な環境を作り出すことができているのです。

こうした水管理の仕組みは、現代の「乾田」方式の稲作と全く同じです。
昔の人の知恵には、驚くばかりです。
ここにも、感心ポイントがあります。


現在まで続く、干拓地の管理

このようにして大成功を収めた飯沼干拓ですが、江戸時代の浅間山噴火による大量の降灰によって、昭和初期まで干拓地の中央部は荒れ地になっていたという状況がありました。

「国土地理院地図」の「明治期の低湿地」より転載

現在は、洪水対策として飯沼最深部付近に用水機場が設けられ、洪水対策が行われています。
飯沼川幸田新排水機場です。
強力なポンプで干拓地の水を流してしまいます。
水門もあります。


さらに、飯沼干拓地から菅生沼までの水路はもう一本整備されています。
水路は、水海道ゴルフ場の西側を通っています。
こちらの水路は地形を利用して曲がりくねった経路で流れています。

利根川からの逆流を防ぐ水門も作られています。
法師戸水門です。
見ただけでも、頑丈に作られていること分かる水門です。
利根川の水量が多い時には水門が閉じられます。

このような努力のおかげで、飯沼干拓地は維持されているのです。

こうした内容も、社会科では大切です。

いかがですか?
飯沼干拓の学習には、魅力があることが分かっていただけましたか?


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なお、本稿で公開した地図(国土地理院地図で作成)や断面図は、授業で利用していただいて差し支えありません。
出版、および公開資料として利用する場合には、ご連絡ください。

☆本稿に続いて、「飯沼干拓」の授業②では、単元計画の作り方を紹介しています。

☆様々な教科のノウハウを公開しています。

☆新しいタイプの道徳授業を紹介しています。


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