なんのはなしですか。【長編小説】20
宮下は榎本と別れ、昼間の酒場『魑魅魍魎』へと向かった。
この酒場の営業時間は夕方からではあるが、店主の厚意から店先にある屋外の客席は街の住民であれば、いつでも自由に使用できる。そして、持ち込みの飲食も可能と少し話題になっていた。
祝日ともなれば暇している難民が居てもおかしくない。奴らはよく分からない事を話したがっている。宮下はそう踏んでいた。
『魑魅魍魎』店先の客席には二人。やはり睨んだとおりだ。座っているうちの一人はパーカーにヘッドホン…蒔倉だ。
ここに来て出会えるとは運がいい。それに蒔倉と話す相手。蒔倉が難民である以上、相手もその可能性が非常に高い。
相手のあのもっさんもっさんの寝ぐせ頭…どこかで見たことあるような…宮下は記憶を巡らせた。既視感だけがチラつく。どこだ、いったいどこで会ったんだ。ちっとも思い出せない。
宮下は店脇にある自動販売機で飲み物を買った。飲み物が落ちる音で蒔倉が宮下の方を見る。蒔倉は「あ」と宮下に気づき、軽く席から腰を浮かせた。
「宮下さんじゃないですか。この前は奢ってもらってありがとうございました」
「蒔倉さん、お久しぶり。いや、この前は僕が話したかっただけだから気にしないで」と、宮下が笑って返す。
隣の女性とも目が合いお互いに「こんにちは」と軽く頭を下げた。
「宮下さんもお仕事お休みなんですか」蒔倉が訊いた。
「そうだね、ちょっと気分転換に外で仕事の資料でもまとめようかなと思って」
「そうだったんですね。ここの店、外の席を自由に使えるからいいですよね」蒔倉がニコリと微笑む。
「いいよね、ここ。資料作り終わったら、後で話にでも混ぜてもらおうかな」
「ぜひ、お時間できたら教えてください」
それじゃあ、後ほど。と、蒔倉は席へと着いた。
宮下はスマホのメモを開き、資料を作るフリをしながら二人の会話に耳を傾けた。絶好の機会だ。これを逃す訳にはいかない。
「それにしても今日も暑いですよね」蒔倉が言った。
「暑いよね、私の友達の男の子なんて30度超の場所で暑すぎるから上裸で過ごしてるって言ってたよ」
「30度超はヤバいですね。それは服なんて着てられないですよ。まぁ、裸で過ごせるのは家の中くらいでしょうけどね」
蒔倉は溶けるように机に突っ伏した。
「でもさ、みんなが裸だったら、あんまり気にならないかもよ」
「あ〜たしかに、そうかもですね。そしたら服装がダサいとかも気にしなくてよくなりますね」
「そうなると個性ってどこで表現し始めるんだろうね」
「えー、個性か…」蒔倉がうーんと悩み始める。「筋肉とか、体毛とか…モノの大きさとか?」蒔倉が真剣に答える。
「そこに流行とか世の常とか生まれたりするのかな?例えば流行りの広背筋とか胸筋のバランスとか」女性も真剣に答える。
「そうかもしれませんね。なんかフィジークみたいですね」と蒔倉が笑う。
「体毛だったら、濃いめとか美トライアングルとか言い出すのかな」と女性も笑う。
「美トライアングルって何ですか」と面白そうに笑う蒔倉は「柊さん発想がヤバすぎます」と笑いながら膝を叩いた。
女性の名前は柊というのか。どこかで見たような…しかし、名前の読みだけでは思い出せない。せめて漢字や他の手がかりがあれば…
柊は蒔倉よりも見るからに歳上ではあるが、金髪の整った顔立ちで男女どちらからも好かれそうな雰囲気がある。
そんな柊は楽しそうに話を続ける。
「大事なところも個性のために外観をイジったりするのかな?バナナ型が今の流行りとか、いや、ナス型の方がモテるとか」
「え、ナス型の方がモテるんですか?」蒔倉はしんどそうに笑っている。
「実際はどうか分からないけどさ」柊も笑いながら続ける。「色合いだって今は気にしてる人少ないかもしれないけど、大衆の面前になれば気にする人もきっと増えるよ」
「色合いって何のですか?」涙を拭きながら蒔倉が訊いた。
「ナニとは言わないけど『ピュアピーチ系』とか『ワイルドブラウン』とか『大人ローズ』とかさ。言いそうじゃない?」柊も必死で笑いを堪えるように話している。
「ありがちな色合いってところが反則すぎます。もうヤバいです。面白すぎてしんどいです」と蒔倉は終始お腹を抱えてよじれる程に爆笑している。
「ごめんごめん、ちょっとふざけ過ぎちゃったね」と柊も笑う。
「柊さん下ネタとか官能的な話とか絶対好きでしょ。話が美味すぎますもん」と蒔倉が笑いながら訊く。
柊は口元を緩めなが「えー?ナニの話ですか?」と笑って返した。
宮下はそんな二人の会話を時折笑いそうになりながらもスマホに書き留めた。それから自分の書いたメモを見返す。
宮下は我に返った。自分はいったいナニを書かされているのか、と。そして宮下は思い出した。
次へ続く
いいなと思ったら応援しよう!
サポートして頂けるとありがたいです(*´꒳`*)