なんのはなしですか。【長編小説】9



 翌日、ミッケ本部。情報管理棟から戻った宮下は、この部屋の花のないむさ苦しい空気に思わず窓を開けた。涼しい風が入り重い空気を少し浄化してくれる。そんな中、榎本は煙草に火も付けずにぼーっと何かを考えているようだった。

「どうしたんですか、榎本さん。昨日路地裏で何かあったんですか」宮下が訊く。
「いや、俺としたことが名前を聞きぞびれた」
 宮下は察した。

「また花に見惚れてたんですか。もう榎本さんのデスクに一輪挿しの花でも飾ってあげましょうか」
「いったい、なんの話だ。花など要らん」
「榎本さんが名前聞きそびれる相手って大体相場は女性って決まってるんですよ」
「なんだその決まりは、ちょっと女性の話と猫に気を取られていただけだ」
「やっぱり女性なんじゃないですか。それに今度は猫もですか」宮下はやれやれといった様子で肩をすくめた。

「また名前は今度探るつもりだ。そう言うお前はどうなんだ。何か収穫はあったのか」榎本が強気で訊く。
 宮下はドヤ顔で腕を組んでニヤリと笑った。

「僕はもちろんちゃんと見つけてきましたよ」
 榎本のデスクに一輪挿しではなく、一枚の紙を置く。
「おすぬさん。誰だいったい」榎本は紙を手に取りまじまじと中を確認した。

「この街に住むとある主婦です。昨日、例の店で知り合いました」

 スヌーぺーが好きだから『おすぬさん』か。大真面目にバカバカしいことをやっている主婦と自己紹介に書いてあるが、書く部への入部やライラン完走などnoteの街での功績を見る限りでは華々しく、特に怪しいところはない。

「おすぬさんのどこがバカバカしいんだ。本当に例の中毒者か」榎本は顔をしかめた。
「確かに、表面上の取り組みにおかしな点はありません。情総部からもらってきた情報をもう少し詳しく調べる必要がありますが、僕はクロだと睨んでいます」
 宮下はそう言うと昨日のおすぬさんの話を榎本へ伝えた。

「春キャベツと大泉門…着地点は息子のことか。一歩間違えれば何を言いたかったのか迷宮入りだな」
「でも不思議と最後は話がまとまっているように思えてしまうんですよね…」宮下は腕を組んで天を仰いだ。
「おいおい、宮下。中毒者の話なんかに惑わされるなよ」
 榎本が危うそうな宮下へ釘を刺す。
「まさか、大丈夫ですよ。奴らと一緒にしないでください」と宮下は声を出して笑った。

 昼休憩まではまだ時間がある。しかし、それまでの間のんびりできるほどミッケは暇ではない。中毒者の原因を探す以外にもやらなければいけない仕事は山積みだった。

 宮下は一旦、中毒者の疑いがある者のリストを作成した。それから榎本と一緒にnoteの街を巡回する。様々な権利の侵害行為や詐欺行為、倫理に反した性的コンテンツについて取り締まり削除する。日中は主にこの職務に追われていた。

 安心安全や平穏・秩序は、案外知らないところで保守されていたりするものだ。そんな中で浮き彫りになるような誹謗中傷等の事案については、ミッケではなく『犬猿のな課』(通称:犬課ケンカ)が取り持っている。

 分業や業務の細分化は作業効率を上げる。そう思うとnoteの街もまだまだ改善できる点がありそうだ。

「宮下、昼だから休憩に上がって良いぞ」榎本が声をかける。
 宮下が適当に返事をして部屋を出た。食堂にでも行くのだろうか。まぁ、どうでもいいかと榎本は煙草を咥えながら窓の外を眺めた。

 榎本のいる行政取締棟から道を挟んで向かい側にはスタバが見える。まるで人がゴ、胡麻のようだ。いつもの榎本であれば、胡麻ゴマのようだなどと誤魔ゴマ化さないのだが、今日はどうにもスタバへ行く人を悪く言う気にはなれなかった。



次へ続く





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