なんのはなしですか。【長編小説】10
休憩から戻った宮下へ榎本が声をかける。
「宮下、俺は今から路地裏へ行くが、お前はどうする。どっちでもいいぞ」
宮下は熟考した。おすぬさんのことをまだ十分に探れていない。情総部から受け取ったデータの確認が先決だろう。宮下は榎本の方を向いた。
「僕はここに残っておすぬさんについてもう少し詳しく調べてみます」
「そうか、分かった。新たな情報があれば後で教えてくれ」
「はい、分かりました」
榎本は本部を後にした。
ここ最近は夜の捜査が続いている。たまにには夜くらいゆっくり過ごしたいものだ。それに昼間の路地裏がどんな感じなのかも気になる。
榎本は路地裏へ行く前にスタバへ寄った。これが人気のスタバか。コンビニのコーヒーばかり飲んでいる榎本にとって、その空間は華やかで明るく新鮮なものだった。
「いらっしゃいませ。何になさいますか」
「あ、えー…」
ちょっと待ってくれ、なんだこの飲み物の種類は。榎本はカタカナがずらりと並ぶメニュー表に戸惑った。なんせ人生初のスタバである。予行練習もせずに訪れたのだ。無理もない。
店員の笑顔が榎本に注がれる。焦りに拍車がかかり榎本は思考停止寸前だった。
「あの、えーっと、その、普通のコーヒーで…」
「普通のコーヒーですか?えーっと、ドリップコーヒーでよろしかったですか?」
「あ、じゃあ、それで…」
穴があれば入りたい。榎本は遠のく意識の中、必死に自我を保った。あの喫茶店の女性が店内にいたらどうしてくれるんだ。しかし、今の榎本に店内を見渡す余裕はない。そして店員の猛攻は収まることを知らなかった。
「サイズはどうされますか」
サイズ?どこに書いてあるんだ。探し物は焦れば焦るほど全く探せないものだ。おじさんはそろそろ老眼が始まっているんだ。クソッと苛立ちにも似た何かを感じる。榎本は諦めた。
「中ぐらいのやつで」
店員が、あっ、と察したような反応を見せる。
「トールですね。アイスとホットはどちらになさいますか」
「アイスで、お願いします」
「トッピングは何かお付けしますか」
「トッピング?いえ、大丈夫です」
何のトッピングがあるのかも知らない榎本にとって、この危機的状況を一刻も早く乗り切るにはノー以外の選択肢はない。所謂、スターバックス症候群である。
「かしこまりました。そちらのカウンターの前でお待ちください」
満面の笑みを浮かべる店員を前に、ここで跡形も残らないほど爆ぜてやりたくなった。自分が恥ずかしさから耳まで熱くなっているのを感じる。(筆者:分かるよ、その気持ち)
カウンターの前で待ちつつ、何事もなかったかのように店内を見渡した。どうやらあの女性はいないようだ。九死に一生を得るとはこのことか。榎本はもう絶対スタバには来ないと心に決めた。
その決意がいずれ揺らぐことになるとも知らず。
次へ続く
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