脚本家 リアリティ・ライフ
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最近、人生には脚本家がいるんじゃないかと感じている。
しかもかなり性格が悪い。
こちらが望んでいることは、なかなか起こさない。
そのくせ、忘れた頃に昔の出来事を持ち出してきたり、見ないようにしていた癖を目の前に差し出してきたりする。
まるで、
「まだ回収していない伏線がありますよ」
と言わんばかりに。
例えば、人間関係。
とっくに終わったと思っていた出来事なのに、なぜか似たような人が現れる。
もう手放したと思っていた悩みなのに、形を変えてまた目の前に現れる。
そのたびに人は、
「なんでまたこんなことが起きるんだ」
と思う。
でも脚本家からすると、きっと違う。
「まだそこ、気づいてないでしょ?」
なのだ。
思い返してみると、人生にはそんな出来事がたくさんある。
失敗だと思っていたこと。
遠回りだと思っていたこと。
意味が分からなかった出来事。
その場では不運にしか思えなかったこと。
でも何年も経ってから振り返ると、
「あれがあったから今がある」
と思うことがある。
あの時は分からなかった。
でも脚本家は最初から知っていたのかもしれない。
だから時々思う。
人生の脚本家は、自分を成功させたいわけではなく、置き忘れたものを回収させたいだけなのではないか、と。
見失った感覚。
忘れていた想い。
握りしめたままになっていた前提。
そんなものを一つずつ回収させるために、絶妙なタイミングで出来事を配置している。
だから厄介だ。
こちらが望んでいる展開は平気で外す。
その代わり、今の自分に本当に必要な出来事だけは、驚くほど正確に届けてくる。
おかげで人は何度も思う。
「最近、何も起きないな」と。
でも振り返ってみると、何も起きていなかった日は一日もない。
ただ、起きてほしかったことが起きなかっただけだ。
そして今日もまた、脚本家はどこかで次の伏線を仕込んでいる。
主人公である自分は、それに気づかずに歩いている。
だから少しだけ楽しみにしている。
次は何を回収しに来るのだろう、と。
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画像:UnsplashのAdrien Olichon 撮影🙏
