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サウナ哲学🧖と無🫥🫧(その3)

──境界がほどける時間

はじめに

サウナ哲学連載の第3回目☺️

サウナ哲学シリーズ
1. 宇宙思考(思考のスケール)🚀
2. 時間の歪み(クロノス/カイロス)⌛💧
3. 無(思考の静けさ)🫥🫧
4. 境界(自己と世界)↔️🚪

この4つ、実は全部

異質なものとの調和

につながっている。

サウナという小さな空間で
宇宙・時間・意識・境界を旅して
最後にお店のカウンターに帰る物語。


本編:無(思考の静けさ)🫥🫧

サウナに長く入っていると、
ある瞬間がやってくる。

何も考えていない時間。

いや、
正確に言うと

考えようとしても、
思考が続かない時間
だ。

最初の数分は、
まだ頭が動いている。

今日の出来事。
明日の予定。
さっきの会話。

しかし、
熱の中で呼吸を繰り返していると、
それらがだんだん薄くなっていく。

思考が止まる、というより
思考の密度が薄くなる。

まるで水に
インクを一滴落としたときのように、
ゆっくりと拡散していく。

心理学では、
静かな環境が注意力を回復させると説明される。

Attention Restoration Theory
──注意力回復理論。

刺激の少ない場所では、
脳の強制的な集中が休まり、
注意が自然な状態に戻るという。

サウナ室は、
その条件をほぼ満たしている。

音は少ない。
光は弱い。
やることは呼吸だけ。

すると、
脳の緊張がほどける。

けれどサウナでは、
もう一歩先の状態がある。

注意が回復するだけではなく、
自我の輪郭そのものが柔らかくなる。

「ぼく」という感覚が、
少し広がる。

身体の境界が曖昧になる。

その感覚は、
どこか見覚えがある。

オレンジの海。

Neon Genesis Evangelion に登場する
LCLの海

そこでは、
個体の境界が溶け、
意識が拡散する。

もちろんサウナが
その世界というわけではない。

けれど、

思考が静まり、
自我の輪郭が柔らかくなるあの感覚は、

どこか
それに似ている。

この状態を
宗教や哲学は
昔から別の言葉で呼んできた。

無。

しかしそれは、
「何もない」という意味ではない。

むしろ逆だ。

余計なものが消えたとき、
世界は少し広く見える。

音が減ると、
静けさが聞こえる。

思考が減ると、
空間が生まれる。

その空間に、
何かが静かに浮かぶ。

宇宙のこと。
時間のこと。
人間のこと。

それは
答えというより、

問いの形をした感覚だ。

そして不思議なことに、
この「無」の時間は

とても短く感じる。

時計を見ると
10分が経っている。

けれど体感は
ほんの一瞬だ。

ここでもまた、
時間の構造が変わっている。

⌛️クロノスは流れ続けている。

けれど、
体験している時間は違う。

そこには、
意味のある瞬間だけが残る。

つまりそれは
💧カイロスの時間。

そしてその二つが
静かに重なったとき、

ぼくはそれを呼ぶ。

💙 BLUE時間

受動的に流れる時間と、
主体的に感じる瞬間。

その境界が
少し溶けた時間。

サウナ室の中で、
ぼくはときどき

その場所に立っている。

そして水風呂に入ると、
一気に現実世界に戻る。

身体の輪郭が戻る。

思考が戻る。

クロノスが戻る。

けれど心の奥には、
まだ少しだけ

無の余白が残っている。

は、闇。ブラックホールのような深淵で、
色で言えば

余白は、真っ白なキャンバス。純粋無垢で、
色で言えば

この一文のなかには、黒と白が同居している🐼
シンプルなニコイチの配色。

けれど、その意味のスケールは、
ゼロ無限あわいに広がっている。

無の余白とは、
極小極大を同時に含む、
静かな対(つい)のかたち☯️

その余白を抱えたまま、
ぼくは店のカウンターに座る。

そして
黄金の液体を一口飲む。

精神世界では、
それは LCLの海 と呼ばれる。

物質世界では、
大ジョッキ生 と呼ばれる。

つまり僕は今日も、

無と宇宙とサウナのあいだを往復しながら、
静かに一杯を飲んでいるのである🍺

《つづく》

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