【SS020】SALUS/宇宙のカケラ-闇と沈黙-
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SALUS/宇宙のカケラ〜Vol.116 闇に瞳をこらし沈黙に耳を傾ける〜
『星を見るには、星を見てはいけません。
星がないところ、つまり暗がりに視線を移して
力を抜いて全体を見てください。』
天文台の望遠鏡で、何百万光年もかなたにある暗い銀河や宇宙空間にうっすらと広がっている超新星爆発の残骸などを見せるとき、私たちはいつもこのように声がけしています。
その理由は、網膜を構成する視細胞には
錐体(すいたい)と桿体(かんたい)の2種類があり
網膜の中心部に多い錐体細胞は、
色の識別にすぐれていますが
光に対する感度が低く、
周辺部に多い桿体細胞は、
色の識別は苦手でも感度が高いからです。
つまり、
昼間には錐体細胞が
夜間には桿体細胞が
主に働くのです。
肉眼で見上げる夜空では、星のものではなく星と星の間の暗黒部分に目をこらすと、桿体細胞の働きにより暗い星が闇のなかから徐々に姿を現し、はっきり見えるようになります。闇を見ることの大切さです。
私たちの日常生活でも、物事の真の姿は、目に見えている部分よりも見えないところにあるから、ということです。
闇に瞳をこらし沈黙に耳を傾ける
闇は、無ではない。
星を見るには、星を見てはいけない。
暗がりに視線を移し、
力を抜いて全体を見る。
この話を読んだとき、
昔の自分の体験がふっと蘇った。
肉眼でスバルを見ようとしても、
どうしてもはっきり見えない。
けれど、
少し視線をずらし、
何もない空間を見るようにすると、
白目の奥のほうで、
かすかな光の粒が、
ふっと浮かび上がる。
「見えている」というより、
「感じている」に近い。
でも確かに、
そこにスバルはあった。
あれは、
桿体細胞の働きだったのだと
いまなら説明できる。
けれど同時に、
あの感覚は科学的説明だけでは終わらない。
ぼくはそのとき、
闇の中に“何かが満ちている”ことを
身体で知ったのだと思う。
見えない部分は空白なのか。
宇宙の95%は、ダークマターとダークエネルギーでできていると言われる。
ぼくたちが「見えている宇宙」は、
ほんの5%にすぎない。
だとしたら、
見えない部分は空白なのだろうか。
違う。
それは、
まだぼくたちの錐体では捉えられないだけの
賑やかな無なのではないか。
見えないからといって、
存在しないわけではない。
むしろ、
見えない部分のほうが、
全体を支えている。
日常も同じだ。
人の言葉の奥にある沈黙。
笑顔の裏にある迷い。
出来事の背後にある経緯。
真の姿は、
目に見えている部分よりも
見えないところに宿る。
だからぼくは、
星を見るときも、
人を見るときも、
出来事を見るときも、
少しだけ視線をずらす。
闇を見る。
そこに、
まだ姿を現していない星が
ゆっくりと浮かび上がってくるから。
異質なものとは。
もしかすると、
「異質なものとの調和力」とは、
光を見る力ではなく、
闇を受け入れる力なのかもしれない。
闇は、無ではない。
それは、
まだ名前のついていない可能性が
満ちている賑やかな場所だ。
そして、ぼくは今日も、
少し視線を外しながら、
この賑やかな無の中で
星を探している。 ✨
p.s.
闇を味方につけるロギア系の
ヤミヤミの実はすごいね〜☺️
(ONE PIECEネタ🍣)
《FIN》
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