⚪️掌編小説|告白
ツバサ先輩と(2118文字)
何でも良い。文庫本を一冊、用意せよ。と部長のツバサ先輩が言った。
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翌日、ぼくは『大いなる眠り』を持って文芸部の部室に向かった。一方、先輩は『イリヤの空、UFOの夏』を用意して待っていた。
ぼくらは向かい合わせに座った。
「それぞれ持ち寄った本の一方は最初の節を、もう一方は最後の節を抜き出して、そのあいだを創作で埋めていきましょう。というトレーニングです」
「トレーニング」
「そう。最初か最後かどちらかを選んで」
「分かりました。じゃあ、最後の節にします」
「では、わたしのが最初の節ね」
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めちゃくちゃ気持ちいいぞ、と誰かが言っていた。
だから、自分もやろうと決めた。
山ごもりからの帰り道、学校のプールに忍び込んで泳いでやろうと浅羽直之は思った。
秋山瑞人
ダウンタウンに向かう途中、バーに寄ってスコッチをダブルで二杯飲んだ。酒は助けにならなかった。それはシルバー・ウィグのことを私に思い出させただけだった。そのあと彼女には一度も会っていない。
レイモンド・チャンドラー/村上春樹訳
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これらふたつの節が繋がるように、交互に物語を紡いでいく、ということらしい。まずはぼくから。
噂によれば、B組のナオミが毎晩のように全裸で泳いでいるという。しかしこれはあくまで単なる噂であって、誰かが実際に見た訳ではない。めちゃくちゃ気持ちいいぞ、と言いふらしていた奴でさえ、問いただしてみれば自分は忍び込んですらいないという。だがとりあえず行くだけ行ってみよう。運が良ければナオミの裸を拝めるかもしれない。
変な噂を立てられ、ナオミは激しく怒っていた。泣き寝入りはしたくない。だがその矛先をどこに向ければ良いか分からなかった。噂はまるで実体のない霧のように広がっていく。そこには明確な意図も、悪意すらないように見える。まるで熱力学の第二法則に従うかのように、拡散していくのである。わたしに関する根も葉もない嘘が。
噂は本当だった。月明かりの下、学校の25mプールで、ナオミは一糸纏わぬ姿で泳いでいた。そのあまりにも神々しい美しさに、ぼくはしばし時を忘れて見入ってしまった。
それはナオミではなかった。政府機関によって作られた人工生命。実験体零号だった。零号は施設から脱走して行方知れずとなっていたが、夜な夜なプールで泳ぐ美少女がいるという噂が当局の耳に入り、そしてこの日、回収チームが夜のプールに差し向けられたのであった。
音もなく忍び寄った暗黒の武装集団が突然十数名現れ、また明らかに軍用と分かるヘリが頭上に突如出現した。ぼくは咄嗟に身を隠した。その集団は全裸のナオミをプールから引きずり出し、拘束して、あっという間にいなくなってしまった。ぼくは一部始終をただガタガタと震えながら、見守るしかなかった。
翌朝、登校した直之はB組の教室にナオミがいるのを見た。彼女はいつものように、どこか少し不機嫌で、スラリとして伸びやかで、超然としていた。一方、直之はあれから一睡も出来ず、宿題があるにも関わらずまるっきり手を付けることが出来ぬまま、とりあえず、宿題を持ってくるの忘れたという嘘をつくことにした。
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「先輩これ思った以上に難しいです」
「そうね、長編になりそうだものね、ふふ、止めておく?」
「もう少しやりましょう、時間はまだあります」
それに先輩と、もっとこうしていたいです。
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昼休み、教室に教頭のキタガワが現れ、浅羽直之はいるかと訊ねた。はいぼくです。何でしょう。教頭はぼくの全身を上から下にジロリと眺め、付いて来なさいと言った。何だろうと思いながら後を追うと校長室に案内された。そこには校長と、黒いスーツを着た背の高い大人の女の人、それより年上で同じく黒づくめの男がいた。
「きみ、昨夜はよく眠れた?」と女が訊ねた。
「はい」直之は嘘をついた。
「幻覚を見ることは?」
「え?」
「幻覚を見る?」
「いいえ」
「眼精疲労って分かる?」
「目が疲れること」
「そのもっと酷いやつ。目が開けられないくらい痛くなったり、涙が出て止まらなくなったり、光が眩しすぎると感じたら病院に行かずにここに連絡して」
女が胸のポケットから名刺のようなものを一枚取り出した。その瞬間、彼女の長いプラチナブロンドの髪が揺れ、香水の香りがした。直之はその紙を受け取り、よく見もせずに、ただ「はい」とだけ返事した。
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今日はここまでにしましょうとツバサ先輩が言った。続きはまた明日ね。
けれども明日は来なかった。
以来、ツバサ先輩の姿を見た者はいない。
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警察に何度も尋問され、ツバサ先輩の御両親が何度も訪ねてきては、ぼくに、先輩の最後の様子を訊ねた。ぼくが先輩を見た最後の人物だからだ。
何度も同じ答えを繰り返すうち、ぼくの頭の中には映像が固定されてしまって、それをただ再生しているような感覚になることがある。
ぼくは最後の日、あの文芸部の部室で何を見ていたのだろう。憧れの、ツバサ先輩。あの日、ぼく以外にもし先輩を見た人がいたら、ぼくだってその人を質問攻めにしたい。先輩がどれほど優しかったか、どれほど柔らかい声をしていたか、誰かの口から聞かせてほしい。
でも誰も教えてはくれなかった。
そして七年が過ぎた。
七年後の記憶(1267文字)
その後の私の人生は、死者を探す旅となった。
先輩の語ったことにヒントがあるはずだと考え、私は浅羽直之と、そして同学年のナオミという名の女生徒、プラチナブロンドの長い髪を持つ政府機関の女を探した。毎日毎晩、その捜索に明け暮れた。
そして、先輩の失踪以前に、浅羽直之なる人物とナオミという名を持つ女生徒が同学年に在籍していた例は、この国において過去数十年にわたり、一度しかないことが分かった。
***
ついに尻尾を掴んだ。
その学校はとある地方都市の中心部から数10km離れた、軍事施設があることで知られる村の山間部にあった。私は、数日分の着替えをカバンに詰め込み、簡単に身支度を整え、今は廃校となっているその学校を訪ねた。
敷地に忍び込むとそれはすぐに見つかった。水のないプール。実験体零号が拘束された場所だ。
あの日、私は確かにここにいた。そして、どうなった?
どうやって家に帰ったのか、何故ぼくは前日まで山ごもりをしていたのか、どうしても思い出せない。頭が割れるように痛い。目が痛い。光が眩しい。ヘリコプターの音がうるさい。サーチライトが夜を乱暴に切り裂く。ナオミが泣き叫ぶ。
ぼくは気を失った。
***
私は村に一軒しかない旅館に部屋を取った。
他に宿泊客はなく、五月だというのに凍えるほど寒い。部屋にいても眠ることができず、特にこれといったあてもなく薄暗いロビーを彷徨った。
自販機の明かりとブーンと唸る機械音がどうしてか懐かしさを感じさせ、私はソファーを見つけてそこにしばらく居座ることにした。
ふと、気づくと目の前にひとりの女が立っていた。プラチナブロンドの女だった。
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女は髪をかき上げる仕草をすると、その銀色に輝く髪を、その下の、彼女自身の黒髪から外した。「シルバー・ウィグ」と私は声に出して言った。
「やっと会えましたね、ツバサ先輩」
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「いつまでもこんなところにいてはダメ」とツバサ先輩は言った。「もう帰りなさい。ここはあなたのいる場所じゃない。そのうち、戻りたくても戻れなくなってしまう」
「先輩、好きでした」
「分かってる。でも、これだけは信じて。あなたを巻き込みたかった訳じゃないの」
「もう死んでるんですね?」
「それには答えられない。答えたくない訳じゃなくて、ただ、上手い言葉が見つからないの」
「あの日、何があったんですか?」
「ごめんなさい。本当に」
「謝らないでください」
それきり先輩は押し黙って、泣いているようだった。会話はそこで途絶えてしまった。
私は目を閉じて、先輩のすすり泣く声と、自販機のブーンという機械音と、香水の甘い匂いに包まれながら眠りに落ちた。
***
目を覚ますとぼくは文芸部の部室にいた。目の前で先輩が優しく微笑んでいる。
「寝落ちしちゃったのね?」
「すみません。脳みそを使いすぎちゃったのかな」
「続きする?」
「いいえ、それより先輩、先輩に聞いてほしいことがあるんです」
ぼくは、今どうしても言っておかなければならないことを言おうとしている。今でなくちゃダメな気がする。
「先輩、実はぼく──」
(おわり)
🔴3385文字
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