⚪️掌編小説|雨音を聞きながら
洗濯機の回る音だけが聞こえる。
グルゥ、ググッ、ググッ、グルゥ……
洗濯バサミを回収ボックスに入れる。
グルゥ、ググッ、ググッ、グルゥ……
天気予報は雨だ。
***
他の居住者専用施設同様、ランドリールームにも様々なルールがある。
例えばドレスコード。
・当ルームにおいては必ず下着を着用すること。
・やむを得ず下着を着用できない場合でも、局部を完全に覆うことが出来る衣服を身につけること。
・下着または部屋着または最低限の衣服のみで利用する場合でも、コートまたはガウンなどを羽織り、必要以上に肌を露出しないこと。
居住者ルールブックには一応そう書かれてはいるが、違反する者などいない。
ランドリールームには休憩スペースとクロークがあり、アンドロイドスタッフが常駐している。
***
「やあ、ロジャー」
「こんばんは、1103号室のガク様ですね、ランドリールームへようこそ」
「あいにくの雨だね」
「おかげでこうしてお会い出来ます」
「そうだね。ワイシャツのアイロンサービスは利用出来るかな」
「深夜料金を頂くことになりますが、よろしいですか?」
「ああ。頼むよ」
「この時間帯の出会い待ちは?」
「202号室のユキネ様がまもなくいらっしゃいます」
***
「照会は可能?」
「はい。ガク様のクレジット、ユキネ様が設定したアクセス権、どちらもクリアしています。情報端末に送りますか?」
「いや。あまり先入観を持ちたくない。とりあえず開示情報をひとつふたつ教えてくれないか」
「はい。二歳になるお子様がいらっしゃいます。メトロ全駅にバーコード決済可能なレンタルベビーカーを設置したスタートアップ企業の創設者です」
「ありがとう、ロジャー」
「どういたしまして。雨が降り出したようです」
***
洗濯物を詰め込んだ巨大なトートバッグ、髪をターバンでまとめ、コットンのシンプルなマキシワンピにストール、古代ギリシャ風のサンダル、ボストン型メガネ。
「ユキネさんですね?」
「ガク君ね、ちょっと待ってね、今これを洗濯機に放り込んじゃうから」
「その洗濯バサミは、返却用?」
「え、うん。あ、ありがとう。雨みたいだから」
「そう、それでぼくもさっき来たんです。良かったら珈琲でも」
「もう遅いからカフェインはね、眠れなくなっちゃう」
「甘いものがお好きならココア、それかホットミルクでも」
「良いわね。じゃあホットミルク」
「ロジャーに頼んできます。ソファで待ってて」
***
とても気さくな人で、会話も弾んだし、表情の作り方に独特の可愛らしい特徴と、時々だけれど、おそらくは誰に対しても二歳児の子供を持つお母さんのような口ぶりになるクセがある。
メガネを外すと印象が変わる。
笑くぼのせいかな。
「近々友人たちとの集まりがあって、雨の日のバーベキューという企画があるんです」
「雨の日に? あえて?」
「そう。雨音を聞く。それと焚き火のパチパチ音」
「ふふ。変わった趣味」
「もし良かったら、お子さんと一緒にいかがですか?」
「そうね」
「ちゃんとぼくがサポートします」
「うん。考えとく」
「日程が決まったら誘うだけ誘わせてください」
「ありがとう」
ほんの短い間だったけれど、お互い他所行きの顔よりちょっと内側まで開示できたと思う。
***
乾燥機が止まってピーピー鳴いている。
「終わったみたいだ」
「あたしのはまだもうちょっと掛かりそう」
「話せて良かった」
「そうね。ホットミルクをありがとう」
「どういたしまして」
「ロジャーにも」
「言っておきます」
「じゃあ、おやすみなさい」
「話せて良かった」
「それさっき聞いたよ」
洗濯物を回収して、ロジャーからは丁寧にプレスされたワイシャツを受け取った。
雨はまだ降っている。
天気予報によれば、この雨は朝までに上がる。そしてしばらくは晴れの日が続きそうだ。
次の雨は、いつだろう。
梅雨入りは?
雨、降るといいな。
(おわり)
🟡1584文字

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