⚪️掌編小説|今の祭り
日が暮れ始めると賑わいを増す。
市役所前から天乃川神社の大鳥居まで全長約1キロに及ぶ川沿いの出店は過去最大の260軒にのぼる。
夕方五時のチャイムが鳴り、今野は来んのかーいと圭介が言った。うるさい。圭介それ聞き飽きた。来ないんじゃね。よしなよと綾乃が言った。警備員が立ち止まらないでくださーいと声を張り上げる。
最後のお祭り以来、わたしは今年も足が重い。
このときだけ集まる五人、屋台の音、天乃川を通る風、人と人とがぶつかりながら歩く。どうしたって思い出してしまう。
わたしだってちゃんと擦りむいたんだよ。もし会えるなら、そんなふうに言うのかな。
通行止めの橋の袂で見知らぬ子どもが「落としましたよ」と言って何かを押し付けてきた。反射的に受け取ったその手を何故か見ることができない。
***
夕立から逃げ惑う人混みがわたしたちを他の四人から遠ざけた。たぶん陸が、そしてわたしも、そうなるように仕向けたから。
大学四年の夏、始まりの日が終わりの日になることもあるんだって知った。今となってはもうそれが運命と笑うしかない。
陸がわたしに何かを言って、わたしは手を握りしめた。それからすごく悲しくなって、涙がぽろぽろと溢れ、一年で一番賑やかな夜が一番静かな場所になった。そんなこと言わないでよ。ごめん。陸は唇を噛んでわたしはまた自分の手を強く握った。
何を渡そうとしたのか。あるいは渡されたのか。忘れたいのに思い出せない。その手の中に答えがあるのかさえ。
天乃川神社の空に花火がどんと上がりばらばらと散った。陸の瞳に。わたしたちのちっぽけな空に。
***
わっと歓声が上がり遅れてどんと鳴った。
綾乃が振り返って大丈夫?と訊いた。うん。大丈夫。何でもない。
会いたいわけじゃなくて、たぶん陸もこの雑踏のどこかにいて、何かを言いたいわけでもない。ただ、わたしはなんて言うのだろう?って思うだけ。
そっと握りしめた手を開く──何よ、落とし物なんてないじゃない。
そしてお祭りが始まる。
(おわり)
🔵836文字
