⚪️掌編小説|テトリス
本当の春風が吹くのは春一番から数えて十番目ぐらいだろうか。それは桜の花びらを散らし、また新たな恋を芽吹かせる。
高校生になれば恋人ができると理由もなく信じている新入生の初登校を、そこで告白すれば必ず恋が実るといわれる旧校舎の時計台と桜の巨木が見守っている。
その新入生とはぼくであり、わたしであり、まだ見ぬ君だ。
***
ミサキ先生の第一文芸部は小説を書く文芸部で、私の第二文芸部は小説を読む文芸部だ。
今年の新・文芸(二)部員には、文芸(一)の卒業生が書いた『狙いうち』を読んでもらうことにしよう。
『狙いうち』
その奇妙な生き物は、必ず空いた席に座る。みんなが出席しているときは席に空きがないため教室に来ない。だから見ない日がずっと続くこともある。
その奇妙な生き物は、人間のようでもあるけれど、誰とも口を利かないし、ゴーグルと防毒マスクで顔を隠している。フードを目深に被っている。
授業でも発言はしないし先生も指さない。体のサイズが一回り小さい。
時には席がふたつ以上空くこともある。その場合は奇妙な生き物も二匹以上で現れ、それぞれが空いた席に座る。互いに会話などはしない。
あるとき、わたしは学校を休んだ。ふりをした。
その生き物はわたしが休みのときわたしの席に座るのだろうか。それが気になって、時間差で登校することを思いついたのだ。
しんとした廊下をひたひたと歩く。わたしは教室に近づく。そして、後ろの窓からそっと中を覗いた。わたしの席にあの奇妙な生き物はいるだろうか。
ふと背後に気配を感じて振り返ると、すぐ後ろに学年主任のキタガワが立っていた。「悪い子だな」とキタガワは言った。恐怖で足がすくんだ。
わたしはゴーグルと防毒マスクを装着させられ体育館の地下室に放り込まれた。そして、そこで体を一回り小さく圧縮された。
わたしは逃げることも、家族と連絡を取ることも叶わず、ただ誰かが学校を休んだときだけ、その空いた席に座ることが許される。
(了)
***
入部届を持ってぼくは文芸(一)の顧問であるミサキ先生を訪ねた。
そのちょうど同じタイミングで職員室に入って来たのが、同じクラスの女子で、確か名前をチナツさんといったはずだ。
彼女は文芸(二)の入部届を持っていたが、顧問のニシカワ先生が離席中だったため、ミサキ先生にそれを預けた。
ぼくらは何となく同じ歩調で廊下を歩き、同じ教室に向かった。
「第一じゃなくて、第二なんだね?」
「うん。わたし読むのは好きだけど、書く才能はないから」
「書いてみたことあるの?」
「姉が第一だったの。姉は書ける人だったから」
「そうなんだ」
「ぼくたちの入部届が入れ違いになってきみが第一、ぼくが第二になっちゃったりして」
チナツさんは少し笑って「でもその展開は、すぐに訂正されそう」と言った。
***
ミサキ先生は思った通りの人だった。その声、姉の言葉が描く輪郭をわたしは何度も読み返した。その睫毛と、甘いヴァニラの香水も。
先生は十代の頃に書いた小説が文学新人賞を受賞した経歴を持つ。当時は決して小さくない話題となってメディアを賑わせたらしい。けれどもその後は短編をひとつ書いたきりで筆を折ってしまった。
姉はミサキ先生の小説を何度も何度も読み返し、その架空の続編を何十編も創作した。わたしがいつもその最初の読者だった。
***
あの子ね。良く似ている。特に瞳が。
彼女が卒業して一年が経つというのにまだ胸が焦げつくように痛い。
妹は文芸(二)なのね。どんな読み手なのかしら。読ませてみたいわ。あれやこれを。
新入部員には例年通り『テトリス』を書かせよう。あの子は彼女の書いた『テトリス』を読んだことがあるのかしら。
彼女とわたしを狂わせた、あの『テトリス』を。
(おわり)
🟡1545文字
#シロクマ文芸部
#風が吹く
#木曜日は3ースデイ
#テトリス
#狙いうち
#春一番
#学園モノ書いてみた
#なんのはなしですか
