⚪️掌編小説|マフラーを編む女
隣の部屋から聴こえる低周波の音漏れがわたしに対する精神攻撃なのは分かっている。
タチの悪い連中だ。耳栓は効かない。けれどもわたしにはマフラーがある。
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その女はほぼ死にかけていた。
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わたしのマフラーには精神攻撃に対する防性と耐性がある。店長に対する深い愛がそうさせている。
だから負けない。だから尊い。だからわたしは尊い。やつらは愛の前に屈服するだろう。
店長のために編んでいるこのマフラーの前に。
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女は古いアパートの二階の一番奥の部屋に約20年前から住んでいる。
入居者情報によれば年齢は45歳。だが見た目は70代のように見える。
歯はすべて抜け落ち、艶のない白髪は何故か左側頭部にしか残っていない。
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店長、マサキ店長、わたしです、ミエです、覚えてらっしゃいますか、去年まで、このお店でレジ打ちをしていました、マサキ店長、そんな嫌な顔をなさらないでください、わたし気づいたんです、店長の気持ち、そして、わたしの気持ちにも、店長にレイプされてわたしは深く傷つきました、だからこの店を辞めました、でも、マサキ店長、もう一度わたしを雇って頂きたいのです、わたしは間違っていました、これは愛なのですね、痛っ、掴まないでください、離して、叫びますよ、わたしは店長にだけ犯されたい、みんなに輪姦されるのはいや!
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女は10年ほど前に近くのスーパーでトラブルを起こしている。だが、駆けつけた警官はその場で女を釈放してしまった。当時の記録によれば、住所不定、無職、年齢不詳、ミエ(自称)となっている。
その後、スーパーの関係者に対する付きまといの疑いがあったらしいが、それ以上のことは何ひとつ分かってない。当然、記録も残っていない。
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梅雨明けと同時にわたしはマフラーを編みはじめた。マサキ店長のためのマフラーだ。毛糸玉を大量に購入して、わたしはひたすら編み続けた。
店長のために。店長がまたわたしを犯しても良いように。これがあれば平気。このマフラーさえあれば、店長はわたしをいつでも犯すことが出来る。
このマフラーは店長をぐるぐる巻きにして、喉元を締め上げる、そして、全身をキリキリと縛り上げ、勃起した店長のペニスだけがひょっこりと顔を出して、そのペニスがわたしを何度も何度も犯すけれど、わたしは平気、わたしが編み棒を店長の尿道に突っ込むと、店長は泣きながら何度も射精する。
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女の収入源は不明。生活のあらゆるものをネット通販で購入しており、支払はすべてシゲマサ・キミエ名義のカードで決済されている。
シゲマサ・キミエは1981年に死亡している。
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マサキ君がわたしの三つ編みを褒めてくれたからテスト範囲を教えてあげた、わたしは東京オリンピックの影響でバレーボール部に所属している、マサキ君は体の痛みは快楽になると言ってわたしにダブルクリップを渡した、わたしがマサキ君の舌をクリップで挟むととても喜んで、シゲちゃんがぼくと結婚してくれたら嬉しいと言った。
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異臭騒ぎがあって地域課の巡査が駆けつけたとき、そこで何が起きているのかを理解するのは不可能に思われた。彼は迷わず犯罪課に応援を求めた。
玄関ドアを開けるとまるでコンクリートのようにカチカチになった毛糸のかたまりが部屋中を埋め尽くしていた。そこに、ドアを開けたすぐのところに、衰弱した老婆が埋まっていたのだ。それが生きた人間であるとは到底思えなかった。
老婆を救出するのに数時間を要し、油圧式ボルトカッターを持ち出さなければならなかった。毛糸を部屋から取り出すのには、さらに数日を要した。
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マフラーを編みはじめて10年、わたしはマフラーの中に住んでいる、わたしの全史がここに編み込まれている、睡眠も排泄も食物の摂取もこの中で行う、ゴミも編み込む、何故ならそれもわたしだから、わたしを編み込むのだから、陰毛を抜いて編み込み、頭髪を抜いて編み込み、だけど、わたし自身を編み込むなら抜いてはダメだと気づいて頭髪を直接そのまま編み込むことにした、マサキ店長が褒めてくれたわたしの三つ編み、滅茶苦茶になるまでわたしを犯して欲しい、体の痛みが快楽だとマサキ店長は言った、わたしにもその痛みを与えてやると店長は言ってくれた、わたしの手首を縛ったマフラーでわたしの涙を拭いてくれた、だから店長にもマフラーを編んで差し上げよう。
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それは幅30cm、長さ約2kmのマフラーだった。重量は300kgに達していた。
(おわり)
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