【連載小説②‐1】 春に成る/緑の珈琲
< 前回までのあらすじ >
カフェで友達と話す。窓の外の雨、エスプレッソの苦味、今の私。
※「緑の珈琲」の絵と詩があります。先にご覧いただく場合はコチラ
緑の珈琲(1)
もうずっと、雨が降り続いている。ビニール越しの景色は薄暗く、味気ない。いつまで続くのだろう……そう思いながらも、滴に装飾された景色を見ていると、このままでも良いとも思ってしまう。
佐藤なんてありふれた名字の私、佐藤遥は遥か遠くをぼんやりと眺めていただけのような時間を過ごし、三十年が経ってしまった。
今が幸せじゃないとは思わない。でも、周りが当たり前のように持っているものを、何一つ持っていないような虚無感に駆られる事が多くなってきた。
どうにかしなきゃと焦る気持ちはあるものの、このままで何が悪いのかという気持ちも見え隠れして、重くなった足は、点滅する青信号を見て止まってしまった。
ふと視界に入った向かいのビルの大画面にキラキラした音楽と映像のCMが流れた。
『ホンモノの私で本物を身に着けよう』
『この輝きは本物だ』
『神田宝石店』
スーツを着た綺麗なモデルさんが、凛とした様子で宝石を身に着け、ドレスアップされていく。輝きに満ちた瞳。
きっとこの人は、仕事もプライベートもキラキラと充実しているんだろうな。さっきまで会っていた友達の温子みたいに。
学生時代から美意識が高かった温子は、現在エステティシャンとしてバリバリと仕事をしている。その温子が選んだお店はとてもオシャレなカフェだった。そこで、今度夢だった自分の店を持たせてもらえると笑顔で話してくれた。お祝いしたい気持ちと同時に、私には夢とかやりがいとか、何もないなと虚しい気持ちも込み上げる。
休日がしっかり取れそうだからなんて安易な気持ちで、何となく受けて受かった不動産の事務職を、ただ続けているだけ。目標もなく繰り返す日々を思うと胸に空虚な穴が空いた。
せっかくの嬉しい報告なのに、温子の前で上手く笑えていたかな。友達の嬉しい話をただ喜ぶことさえもできない小さい自分。
口内にエスプレッソの苦味が広がる。
笑えないよね。未だにホンモノの私が何かも分からずに、輝いたこともないなんて。
もうすぐ信号が青に変わるのに、体が重かった。大画面では違うテイストのキラキラした音楽が流れ、別のCMが続く。
『ふわっと香る香りに』
『潤ってぷるぷるになる肌に』
『思わず笑顔になる!』
『キューブのグリンジェル』
『笑顔の私であなたに会いに行く』
人気の可愛い女優さんの笑顔と綺麗な肌。カッコいい俳優さんに駆け寄り、一番の笑顔を見せる。
そういえば、会社の後輩の子がこのジェル使ってたな……彼氏からも良い香りだって好評だったと嬉しそうに話す後輩の笑顔はこの女優さんの笑顔と似ている。大切な人がいる人の笑顔は、いない私の笑顔とは違う。キラキラしている。
何気なく流れてくるCMさえ、自分を卑下する材料にしてしまう。もう、何も見たくない、聞きたくない……そう思う気持ちに応えるように雨足が強くなったような気がした。
信号が青に変わった事で、周囲が一斉に動き出した。向かいの先頭にいる親子のお母さんは、同じくらいの年齢だろうか。一緒にいる男の子の保育園の黄色い鞄と自分の鞄を肩にかけ、傘を差していた。
レインコートを着た男の子が元気よく駆け出した拍子にフードを深く被ってしまい、視界を覆った。ピタっと足を止めて頭を振る。
「ママ!前が見えないよー!」
「もう、何やってるの」
フードを直し、笑い合う微笑ましい親子のやりとり……なのに、弟の嫁と甥っ子に重なり、嫌な記憶が呼び起こされた。
よく遊びに来る義妹・志紀は、母と甥っ子の太陽が遊んでいると、毎回尋ねてくる。
「お義姉さんは、結婚願望とか、子どもほしいなとか、ないんですか?」
曖昧に流そうとすると、決まって「結婚って良いものですよ」とか「子どもは可愛いですよ」とか自分の考えを押し付ける。途中からその話題に母も加わって、二人から押し付けられるソレに、私の表情は色を失う。
正直、自分が興味あるのかないのかも、もう分からない。ただ、高い位置から降り注がれる言葉のどれも、興味を惹くどころか嫌悪感さえ覚えてしまう。
そうだね、私以外は、みんな何かキラキラしたものを持っていて、素敵だよね。何を見ても、自分が取り残されている現実にしか繋がらない。早く帰って寝て、一度リセットしてしまいたかったけれど、さっきの親子が義妹と甥っ子に重なってしまったことで、足は無意識に二人から遠ざかった。見たくない、見てほしくもない。全てから逃げ出したい!
ビニール傘の小さい雨粒が、いくつか引っ付いて、大きな水滴になって流れた。横断歩道は渡らずに、来た道を引き返していく途中、地下へ続く階段の前にぼんやり光る「ベル」というカタカナの四角い看板が、視界に入った。
左半分は白地、右半分は茶色地だったと思うけれど、その中で「カフェ」という文字を見つけて、階段下にあるそのカフェへ足を進めていた。傘を閉じ、扉を開いたと同時に鳴った、昔ながらの喫茶店で鳴るベルの音で、我に返った。
※「緑の珈琲」が途中である為、絵は次回掲載します。
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※見出し画像は、Rie.K様の画像です。素敵な画像を使わせていただき、ありがとうございました。
