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【小説】ロックバンドが止まらない(385)


前回:【小説】ロックバンドが止まらない(384)




 ステージから降りた神原たちは、まずお互いの表情を確かめる。すると、誰もがライブ中に感じていた高揚感がまだ続いているような表情をしていて、神原の胸もまた満たされていく。ライブが終わってしまった寂しさもほとんどなく、心にあるのは達成感のみだ。

 そして、次の瞬間にはライブを舞台袖で見ていた平井たちが、神原たちに声をかけてくる。二人とも口を揃えて「良かった」と言ってくれていたから、神原たちも「ありがとな」と答えながら、誇らしい気持ちはより深くなる。

 二人の様子はお世辞で言っているようではなくて、同じくここまでバンド活動を続けてきた平井たちに褒められると、神原たちが感じる喜びもひとしおだ。

 神原たちは、そのままステージ裏で言葉を交わし続ける。本当はライブをして疲れているから、すぐに楽屋に戻って休みたかったはずなのだが、神原たちの快い感じはそれを大きく上回っていた。

 そうして平井たちともいくらか言葉を交わしてから、神原たちは楽屋に戻っていく。すると、楽屋は神原たちの次に出演するバンドのメンバーなどもやってきていて、神原たちが出た時よりも賑やかになっていた。

 それでも、神原たちはゆっくりと腰を据えて休むことができる。四人で言葉を交わしてみても、すっきりとした空気は漂っていたし、それぞれ別室に用意されていたケータリングも食べに行くことができる。

 いよいよこの日も幕を開けた音楽フェスは、他のステージでライブがなされている真っ最中ということもあって、じんわりとした高揚感を神原たちのもとにまで伝えてきていた。

 それでも、自分たちのライブが終わったら、神原たちにはまだ会場に留まる理由は、本当ならただの一つもなくなってしまう。

 それでも、神原たちが会場に留まり続けていたのは、やはりこの後のショートランチのライブを見たかったことが大きかった。

 当の二人は、今は自分たちの一つ前に出演するバンドのライブを見に行っていたから、二人とも話せていないとなると、神原はもう自分たちのライブは終わったにも関わらず、ドキドキするような感覚を抱えてしまう。スマートフォンを見ると、もう一つ前のバンドがライブを終えた頃の時刻を指していて、神原は余計にソワソワしてしまう。

 二人が楽屋に戻ってくる気配はなくて、きっとこのままリハーサルに臨むのだろう。それを見たいような気も、見たくないような気も神原にはどちらもあって、だから神原はなかなか楽屋を出られてはいなかった。

 そして、神原たちが四人で再び楽屋を出ていったのは、ショートランチのライブが始まる一五分ほど前のことだった。ステージ裏に着くと、そこには他のステージでライブを終えたり、これからライブを行ったりするバンドのメンバーも何人か集まっていて、やはり初めて平井と保科の二人体制で行われるライブがどうなるのか、気になっている人は多いと見える。

 そうすると、平井たちもちょうどリハーサルを終えたようで、ステージ裏に戻ってくる。となると、他のバンドのメンバーはやはり気になるのか平井たちに話しかけに行っていて、それは神原たちにも少し二の足を踏ませてしまうようだった。

 それでも、平井たちは他のバンドのメンバーとも一通り会話を交わすと、神原たちのもとにもやってきてくれる。だから、神原たちも出番前の平井たちと、簡単にだが話すことができた。

 当然、初めての二人体制でのライブに緊張している様子は、神原たちには平井と保科の両者ともから窺える。

 それでも、まだバンド練習で培った自分たちの演奏に自信は持てているようで、話す言葉も口調も明るさを失ってはいない。

 だから、神原たちも素直に「頑張れよ」といった言葉で平井たちを励ませていて、頷いている二人の表情が良い具合に引き締まっていることからも、神原はきっと二人は誰もがうっすらと抱いている不安を吹き飛ばすようなライブをしてくれると、信じることができた。

 ライブの開始時間は、着々と迫ってくる。平井たちも神原たちのもとを離れていって、再びステージの側へと向かっていく。

 すると、開演時間の午後二時ちょうどになって、この音楽フェス特有のジングルが鳴った後に、会場にはショートランチの登場SEが流れ出した。それは辻堂が最後にドラムを叩いたライブから変わっていなかったから、神原も少し懐かしい気持ちになったし、きっと観客も「ショートランチが戻ってくる」と感じたことだろう。観客席から鳴り出している手拍子が、不安もあるけれど、それでも二人に抱いている期待のほどを伝えてくる。

 そして、二人もそれを噛みしめるかのようにして、登場SEがサビに差しかかったタイミングで、ステージへと姿を現していた。

 すると、神原たちの時と同様に、ここでも観客の手拍子は拍手に変わっていた。神原はその響きに、ただただ二人を歓迎するだけでなく、再びステージに立つ二人を見られた安堵や、本当に平井と保科の二人しかステージにいないことへの不安といった、様々な感情が込められていることを感じる。

 そして、神原たちも他のバンドのメンバーとともに、舞台袖に立つ。

 すると、当然だがステージには平井と保科の二人しかいなかった。一段高い場所にあるドラムに保科が座っている様子も、その真ん前に平井が立っている様子も、神原には初めて見るから、当然すぐには慣れない。ステージにもより大きなスペースが生まれてしまっていて、それが神原にさえも身を切る感覚を感じさせるようだ。自分たちのライブ前に会った時は信じられていたのに、いよいよライブが始まろうとしている今は、ドキドキしてしまう。

 それは観客も同じだったようで、会場中がどこか神妙な空気を帯びているかのようだ。

 それでも二人は演奏の準備を整えると、合図を出して登場SEを止めさせる。そして、誰もが息を呑むような空気の中、二人は平井のギターから演奏を開始させていた。

 そのフレーズを聴いた瞬間、神原は懐かしい思いと同時に、会場中の矢印が一気に平井に向いたことを感じる。平井が弾き出したフレーズは、二人がこの日の一曲目に「つゆ知らず」を選んだことを告げていた。

 いくら二人きりになったとはいえ、平井が弾いている冒頭のフレーズは、辻堂がいた時とも何も変わっていない。そのことに神原のドキドキする思いは、少し落ち着いていくようだ。

 アルバム『再生力』の一曲目に収録されているその曲は、きっと観客の間でも認知度は高かったのだろう。耳なじみのあるフレーズに、「紛れもなくショートランチの曲だ」と観客もひとまず安堵していることが、神原にはその冒頭のフレーズだけで分かるようだ。

 それでも、今日がやはり今までのショートランチと違うことは、保科がたった一回スネアドラムを叩き出したことで、神原にはやはり如実に分かってしまう。

 もちろん、保科のドラムが悪いわけではまったくない。一音一音にもミスがないし、リズムキープも正確で落ち着いた様子でドラムを叩いている姿は、今日初めて人前でドラムを叩くとは、神原には思えないほどだ。

 それでも、保科がドラムに移った分、ベースがないとなると、やはりCDなどの音源とは違う。平井はギターのアレンジを少し変えて、欠けたベースの音を補おうとしていて、実際それは功を奏していたものの、それでももう辻堂がいた頃の三人での演奏に戻ることはないのだと、神原は不可逆的な現実を突きつけられるかのようだ。

 それでも、二人から構成されている演奏はそこまで音は薄くはなってはいなかったから、今日に向けて何度もトライアンドエラーや打ち合わせを重ねたことが、神原には窺える。

 だけれど、やはり三人の時とは違う演奏に、舞台袖から見える範囲の観客も、リズムに乗って小さく身体を揺らしながらも、すんなりとは呑み込めていないかのようだ。

 もちろん平井の歌声は三人の時とも何も変わらず、ショートランチをショートランチたらしめている。それでも、神原たち舞台袖で見ている人間も含め、今ステージにいる平井と保科以外の全員が、新たなショートランチの演奏をすぐに受け入れられているとは、やはり言い難かった。

 それでも、二人が「つゆ知らず」を演奏し終えると、観客は確かに拍手を送っていた。だけれど、その響きからはまだ二人きりのショートランチに慣れておらず、二人の演奏をどう受け止めればいいのか少し迷っていることが、神原には窺えてしまう。ライブが始まっても会場には、まだはっきりとした形を持たないざわめきが漂っているかのようだ。

 だけれど、ステージ上の二人はそれも織り込み済みかというように、飄々とした表情で二曲目以降の演奏に入っていく。

 二曲目に演奏された曲も、そして三曲目に演奏された曲もどちらもシングルとしてリリースされているような、ショートランチにとっての人気曲だ。そして、二人はそれをまた飄々とした様子で演奏していた。

 でも、神原にはそれがかえってとてつもないことに思える。二人は今日が、この二人体制での初めてのライブなのだ。しかも、それが千人を数える観客の前だと必要以上に気負ったり、力が入っていてもおかしくはない。

 でも、二人の様子や鳴らしている音からは、神原はそんな印象はまったく受けなくて、この二人での演奏に自信を持っていると言っていた平井たちの言葉は、見栄でも虚勢でも何でもなかったことを思い知る。そこに至るまで、どれほどの練習を重ねてきたのだろう。

 もちろん、「これまでもずっと二人で活動していたかのような」とは、神原はまだ言えない。平井のギターがいくらか補っていたとしても、印象的なベースラインがこれまでのように聴こえなくなっていることに、神原も辻堂の不在はどうしても感じてしまう。

 だけれど、二人はそれも分かった上でステージに上がっているのだ。もしかしたら、二人になった自分たちの演奏を良くは思わない観客だっているかもしれない。

 それが分かっていてもなお、こうして二人でライブを続けていることに、快活な演奏の底に流れている二人の覚悟のようなものを神原は感じ取る。

 そして、それは観客をも動かしていたのだろう。元々がテンポも速めで盛り上がりやすい曲であることもあって、リズムに乗っている観客は神原たちから見える範囲でも目に見えて増えていて、サビでは何人もの観客が腕を振り上げていた。

 きっとそれは、神原たちからは見えない範囲の観客も同様なのだろう。会場には次第に音楽を聴くムードが改めて醸成されていっていて、たった二人でそれができている平井たちに、神原はライブの序盤から感嘆するようだった。


(続く)


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