自己想起は難しい
この6月は、驚くくらい…ことが進みました。
まだ一悶着。忙しくなりそう。
先日も打ち合わせ。
担当者は世界旅行するのがお好きな方で、またウズベキスタンの青の都(サマルカンド)の動画つくっていらっしゃるそう。あれ、この都って、グルジエフと関係あるのではないかな…。
この時期、巡り合わせのように「ウスペンスキーの奇蹟を求めて」の読書会に参加したりしているのが不思議ですね。こちらの本を読んでから、様々なことに対して、少しづつ認識が変わってきている。
この本、ちゃんと取り組むと人生変わるかもしれません。
この頃より見え方が変わってきたと思います。
じわじわ。
自己想起できているつもりで、できていないのだな。
そう思った時点で、機械的なのですよね。
合わせ鏡のように続く無限回廊に気付く為には、一体どうしたら良いのかと、意識的継続性を試みる。“意識的”というのも、勝手に意識できているという方向性に持っていこうとする自分を想起する。
界はあべこべ。
ウニの殻の内側、柔らかくて揺れるところを見ることがある。同じパターンにはまるのは、この内に籠っているところを引きずり出さないからか。
外側が柔らかくて内側が硬いほうが良いのかもしれないね。気付いたら、自分で自分を調整していく。自分事なのさ。
少々笑えること。
最近私の態度?が変わったらしくて、オドオドしてる方がいらっしゃいます。何度か間接的にお聞きしました。おそらく、気にならなくなったというのは『気にする必要ないことにエネルギーを使うのをやめた。やりたいことがある』ところがあるのではないでしょうか。仲介役、やめてしまった。
今度は、オドオドしている方が、それを担っている。申し訳なさ 笑 でもそのほうがいいと思う。
なぜなら、相手の立ち位置を奪っていたのだから。
職場で、教えてくださった方と一緒に笑ってる。
一度ガクンと落ちると、それだけ作り直しもある。
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思い返せば、社会人になることに対して、発展的希望性を持ち合わせていなかったところもありました。ラベリングされ、出荷されていくような…違和感があったのです。
「将来は何になりますか」
「生まれ変わったら何になりますか」
という質問も疑問だった。
生まれ変わるなら「鳥」って答えてた。こういうのって、果たして、今を生きて答えようとしているのだろうか。
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久々に見た夢のことを記録しておこう。
シンプル過ぎるかな。
夢の中にて、タロットカード10.運命の輪の絵柄、三角があり、このゲートをくぐることや「3」が重要であるのだという声を聴いた。
おそらく、立体的に存在しているどこかの通路のこと。ゲートは恒星へ向かう。朝になって机に立てかけてあるエニアグラム図を眺め、意味もなく腑に落ちる。「3」が強調されているのが印象的だったけど、三角があれば円も存在する。マルセイユタロットは内側の線が6本、そして、外側に3体の存在。ウェイト版はまた違う。
取っ手は、誰が回すのか。
シリウス、関係していそうな気が。
いつも出てくる知らない海岸にいる。ここで、レクチャーしてくれる方のもと、特殊な石拾いをしていた。
久々に、この海岸が出てきた。大体、ホテルとセットになってるけど、今回はホテルから出発しなかった。ここは私にとって象徴的な場所。今回はたくさんの小石が打ち上がられていた。海岸は生活圏と海に挟まれた境界線。前日に見たタロットカード「運命の輪」を外から眺めていたのかもしれない。
拾える小石の数は、限りがある。
