直感はファイアウォール
(少し長めの記事ですので、最下部に【要約】をつけました)
恋人はサンタクロースみたいなタイトルになってしまった。。。
情報を表現する手法のひとつとして、特に広く普及しているツールが「言葉」です。別の記事※でお話ししたように、「定義」が幅広く行われ、教育などによる「定着化」が進んできたことで、より多くの人が扱えるツールとなり、言葉なしでは日常生活を送ることすら難しくなってきています。
このように、「言葉」というツールは便利で依存度が高いがゆえに、それだけ高い「危険性」も孕んでいます。
言葉の意味を理解することが、情報を伝達するには欠かせない要素となります。しかし、理解できてしまうということは、他人の意思を受け入れる間口が開いているということでもあり、場合によっては第三者にだまされたり、都合よく扱われる可能性もあるということです。
世の中に溢れかえっている「あなたのためを思って」「あの人を信じていれば救われる」「絶対に儲かります」的な言葉を、何のフィルタもなしに受け入れてしてしまうと、その言葉を使う相手の意思に利用されてしまうことになります。その相手に悪意があった場合でも、仮に悪意がなく本当に良かれと思っていた場合でも同じです。特に、悪意がある場合は、長年の傾向と対策によって人を騙す言葉の使い方(手口)がみるみる巧妙化し、実害を伴うケースが多いのでなおさら深刻です。
これは、インターネットに繋がった情報機器(PCやスマホなど)を思い浮かべるとイメージをつかみやすいのかもしれません。インターネット上にはあらゆる情報(作成者の意思や真意)が、情報機器に理解できる「データ」や「プログラム」といった形の表現手法となって溢れかえっています。そして、情報機器がこれらのデータやプログラムを「そのまま」受け入れたり実行したりすると、ともすればPCやスマホが機能不全に陥ったり、ウィルスに感染したりする状況とよく似ています。
そのため、情報機器には「ファイアウォール」と呼ばれる、第三者が好き勝手に自分の機器を制御できなくするための「フィルタ」が設けられています。厳密には他にもさまざまな対策法がありますが、ひとまずは話をシンプルにしておきます。
もし自分の意思・意志で物事を考えて決心する生き方をしていくのであれば、自分たちが受け入れる言葉に対しても同様に、第三者の意思に好き勝手させないための「フィルタ」が必要になります。しかし、このフィルタの設計が実に難しいと感じています。
それは、言葉はあくまで「定義」に基づいたものであるためです。例えば「よかったね」という言葉は、定義から解釈すると、良いという状況に対する褒め言葉のように一見捉えられますが、文脈や声のトーン、あるいは相手の表情などによっては「はいはいよかったね」的な皮肉や嫉妬めいた表現なのかもしれません。ですので、言葉の定義だけを頼りにすると、第三者の真意を正しく理解することはなかなか困難です。つまり、文字面だけをつかまえる機械的なフィルタはあまり役に立たないということです。
(情報機器の話で例えれば、「ファイルを削除する」というプログラムだけを見ても、その真意がストレージの記憶容量を抑えてくれるためなのか、機能不全にされてしまうためなのか見分けがつきにくい、といった感じです)
これは、別の記事※でご紹介した、言葉という表現手法を頼った時に発生する「情報(真意)の欠落」や「齟齬」に関連しています。さらに問題なのは、悪意ある第三者はこの情報の欠落や齟齬を「あえて」利用しているケースが多いということです。耳ざわりがよく、わかった気にさせる、共感や同情を生みやすい言葉を巧みに選び、その裏に隠れている真意(悪意)をあえて欠落させ、勘違いさせます。そして、そのテクニックは日増しに磨きがかかっているように思います。ある意味「すごいな」と感心してしまいます。。。
(世界が平和になるとか、人類が救われるとか、みんなやってますとか、そこに至るまでの本来気が遠くなるようなプロセスをすっ飛ばした、抽象的で主語が大きな話は大抵怪しいですね。まあ怪しさに関しては魔女の時点であまり他人のことは言えないのですがw)
さて、ここまで来れば、何を言いたいかは大体お察しがつくと思うのですが、このような言葉に対するフィルタとして打ってつけなのが「直感」というわけです。言葉の定義だけでは解明できない「なんとなく」の感覚を大切にするということです。
悪意ある騙し言葉をたくさん目の当たりにし、経験を重ねれば、それに騙されないための傾向と対策も積み重なってくるため、パターン分析のような形で危険を回避できるようになるのかもしれません。
しかし、騙す手口はあの手この手で日増しに巧妙化しています。こうして生み出される新種の手口に対しては、培った経験からこのような手口もあるかもと推測して防御線を張っておくことも大切ながら、直感に頼った忌避感を養って身にまとっておくことも大切なことであると実感しています。
まるで、たくさんの経験に基づく機械学習型のAIが、ぽっと出の新しい現象へ即座に対処しきれないという問題に、別の方法で対策を打つのと同じようなアプローチかもしれません。
その対策例を言葉にした時点で、もはや直感ではなくなってしまいますが、その一部をもし書くのであれば、下記のようなものが挙げられます。その第三者が発する言葉について、
結局誰の得になるかを突き詰めていった場合に、胴元(発信者やそのバックにいる元締め)の利益が過剰であったり、特に自分や自分の大切な人・ものに大きな犠牲が伴ったりしないか
そんなにお得な話なのに、なぜ独り占めせずわざわざ自分に持ちかけてくるのか
公序良俗に反していないか
本当にその提案に乗らないと生きていけないほど自分にとって深刻なことなのか
つまり、深掘り・なぜ・俯瞰・極論といった類の、本質に迫れるような観点で判断し、あとは自分の「したい」「したくない」という直感的な気持ちに従うと良いのかもしれません。決心の最終的な決め手は自分の「感情」になります。少しでも気乗りしないのであれば、やめておいた方が良いのでしょう。それは、自分の直感が訴えかけている警告なのかもしれません。
一方、このような直感に頼ることで、失敗することももちろんあるものの、経験を積むほどその確度が高くなることも事実です。「死ぬこと以外はかすり傷」という有名な言葉もありますが、どこまで攻めるかの線引きを正しく行えるようになってくれば、ある程度のリスクをとって「まっとうな」リターンや学びを得ることも悪くないと思っています。
ただし、賭け事のように、はじめは勝たせて気分良くさせ、線引きを狂わせてからあとでがっつりカモにするような手口もあるので気をつけてください。基本は「過信しないこと」だと思います。
少なくとも、言葉を「鵜呑み」にすることだけは避けた方が良いのでしょうね。。。「直感」は、物事の本質を見抜くためにとても有効な感覚である、と個人的には認識しています。
なお、上述してきたお話は詐欺のようなものを想定した書き方になっていますが、「あなたのためだから」という一見親切心に見える近しい人からの言葉も、基本的には鵜呑みにすると同様の危険性があると思っています。
実は、良かれと思って悪意なく発せられる言葉の方が、こちらのガードを上げるきっかけを作らない分、余計に厄介なのかもしれません。いくら近親者の言葉であっても、一旦はフィルタを通して直感を働かせ、自分が納得した上で言葉の受け入れを判断するのが良いのかなと思います。
他人が発する「良かれ」は、あくまでその他人にとっての「良かれ」ですので、自分にとっても本当に良いことなのかを見極めた上で、受け入れを決めるのが賢明なのかもしれません。
※直感についての関連記事です
【要約】
第三者の意思と、自分の意思とを明確に切り離し、騙されたり都合よく利用されたりせずに自分の意思で決心をしていくためには、日頃依存している言葉の受け取りに「直感」というフィルタを設けることも大切ですね、というお話です。
