優しい先輩の優しい嘘とふりかけご飯
私は高校3年生の時の18才の冬に、はじめてのキスをしました
相手はアルバイト先の1つ年上の短大生の女の子でした
それまでに彼女がいた時期もあったのですが、奥手な私は手を繋ぐのが精一杯な内にお別れしていました
そのアルバイト先は先輩後輩の仲が良く、バイト終わりにみんなで頻繁に食事にいっていました
私がキスをした1つ年上の女の子は透き通るような白い肌に大きな目、日本人にしては高めの鼻筋に整った口元、そしてその造形美を包み込むような黒く艶のある髪を持つ日本人形のような人でした
食事会で隣になってから頻繁に話をするようになり、何回目かの食事会の後、2人だけで抜け出してキスをしました
私が子供の頃は、はじめてのキスはレモンの味がするという噂をよく耳にしていましたが、そんなことはありませんでした
ネギの味でした
その日の食事会は焼き鳥屋さんで、ネギマが好きな彼女がたくさん食べていたからと思われます
それなので正確にいうと、私のはじめてのキスはネギというか、ネギマの味でした
キスをした後、彼女は
[私、遠距離恋愛の彼氏がいるの]
と言いました
何を言っているかわかりませんでした
話を聞くと、遠距離恋愛の社会人のイケメンの彼氏が浮気をしてそうで不安と寂しさが募ったとの話でした
その話となぜ私にキスをしたのかは全く繋がりませんでした
私はその時に気がつくべきでした
ネギマをたくさん食べた後にキスを出来る段階で、彼女が私のことをなんとも思ってなかったことに…
恋を知らない馬鹿な私と寂しさを埋める身代わりを見つけた彼女は、その日から食事会の後に2人で抜け出してはキスをして、彼氏の相談をされ、またキスをするといういびつな関係が続きました
その時の私には意味がわかりませんでしたが、あとから考えると、彼氏を好きだから本気の二股はしたくないけど、心の寂しさは埋めたかった彼女にとって、キスをしてもそれ以上はしてこない、地味で奥手で彼氏の相談までできる私は1番都合のいい人間だったのだと思います
そんな恋愛の機微などわからない私はどんどん彼女に対する想いが膨らんで
[僕が守るから、彼氏と別れて付き合ってください]
と、告白しました
彼女の返事は
[ありがとう、岩男君のおかげで自分がどれだけ彼氏のことを好きだったのか気がつきました]
というものでした
彼女は私に寂しさを埋める以外の役割は求めていませんでした
私は恋というものを知らなすぎて、需要と供給が一致してなかったことに気がつきませんでした
彼女は数カ月後、短大を辞めて彼氏の住む街に旅立っていきました
数年後にその彼氏と結婚したという噂を聞いて、私のはじめてのキスも無駄ではなかったんだなと心の整理はつきましたが、その時の私はヤサグレました
私から美しいネギマ女性を連れ去ったイケメンの遊び人を恨みました
私は決意しました
遊び人のチャラチャラした人間になることを決意しました
持って生まれた顔面的にイケメンにはなれないけど、チャラチャラした人間にはなれるはずだ
ある種の復讐のように、チャラチャラした人間になる決意をした私は、入学した大学ですぐにチャラチャラした女の子と仲良くなりました
チャラチャラした女の子はすぐに私を大人の階段へと誘いました
女性の柔らかさを知った私は、チャラチャラした人間になるという決意を忘れて、真剣に付き合おうと思いました
しかし、その娘は数日後にチャラチャラしたショウ君という男の子と一緒に私の目の前に現れて
[ショウと付き合うことになったっしょ]
と言いました
私は自分が出せる精一杯のチャラチャラした声と言い方で
[OK、わかったっしょ]
と言いました
はじめてだったのに…
またもチャラチャラした遊び人に女子を取られた私は本格的にチャラチャラするために、軽薄そうなサークルに入ることにしました
私が入ったサークルはインカレサークルと呼ばれるサークルで、男子は私の通う大学の学生で女子は近隣の女子大や短大の学生という構成メンバーのサークルでした
入部のときの説明で、在籍しているのはみんな2年生で、前年にその人達が立ち上げたサークルだということを聞きました
1年生の時に女子と交流するためのサークルを立ち上げた先輩達は、しっかりとした軽薄さを醸し出しているチャラチャラした人達でした
説明を受けているときに先輩の1人が《あっ、部長が来た》と言いました
他大学の女子と交流するサークルを立ち上げた人達のリーダーはどれだけチャラチャラした人なのだろうかと見ると、なんとそこには
西郷隆盛
にそっくりな人がいました
ええっ? チャラチャラしたインカレサークルの部長が西郷隆盛?
と思って私は2度見をしましたが、やはりそこにいたのは西郷どんでした
幸い、いつも銅像の横にいた犬は連れていませんでした
西郷どんは
[おっ1年? ウチはゆるいから楽だよ よろしく〜]
と優しい声で言ってくれました
彼の見た目的には
おいどんと芋焼酎の一気飲みで勝負ばい‼
というような事を言いそうに見えましたが、そんなことはありませんでした
西郷どんは、南さんという名前で、私の一学年上で1年浪人していたので、年齢的には2才年上でした
私は南さんと接していくうちに、なぜ西郷どんがチャラチャラしたサークルのリーダーなのかがわかりました
南さんは、天性のリーダー気質を持つ人でした
先輩達はもともと、別のサークルの仲間だったみたいなのですが、そのサークルが後輩を理不尽にパシリにしたり、使途不明のサークル費を聴取したりする所だったので、みんなで辞めて新しく立ち上げたとの事でした
その際に、他の人達が新しく作るなら女子とチャラチャラするサークルを作りたいと要望したので、南さんは類まれなる実行力で女子大に勧誘のビラを配り、大学に届を出して仲間のためにチャラチャラしたサークルを立ち上げたのでした
南さん自身は、全然チャラチャラしたサークルを望んではいませんでした
自分を慕う仲間達の望みを叶えるために立ち上げたチャラチャラしたサークルでしたが、南さん自身はしっかりと愛し合った人と添いとげたい、という古風なタイプの西郷どんでした
皆が《あの娘いいなあ、あの娘とワンナイトしたいなあ》みたいな、ただれた事を言っているときも、南さんは《俺は、そういうのは好かん、ちゃんと付き合いたい》と言っていました
申し遅れましたが、南さんは佐賀県出身の九州男子だったので、出身地的にちょっとだけ西郷どんでした
サークルも最初はチャラチャラしていましたが、南さんの人柄の影響もあってか、先輩達もいい加減なことをしなくなり、女の子達も真面目な娘しか残らなくなっていきました
チャラチャラするために入ったサークルでしたが、南さんの人柄と人間力に魅了された私も途中からそんなことはどうでも良くなっていました
我々のサークルは女子とチャラチャラするサークルだったはずなのに、週に1回女子と真面目にテニスをやってそれ以外の日は南さんの家で麻雀をするサークルに変わりました
私は、南さんが私と被って大学に在学していた3年の間、ほぼ毎週、週の半分以上を南さんが1人暮らしをしていたアパートに入り浸ってすごしました
私は人生で始めて、尊敬できる先輩というものに出会いました
南さんと一緒にいてわかったのは、この人はいつもやせ我慢をしていることでした
損な役回りや面倒事を引き受けて、皆を優先してくれた優しい南さんは心から器が大きい人ではなく、いつだって損な役回りしかできない自分を嘆いていました
いつもあとから損をしたと嘆いていた南さんですが、それでも必ず損な役回りを引き受けていました
それは南さんが、美学を持っていたからでした
南さんはどんなに損な役回りでも、絶対にあとで思い出した時に自分が1番カッコいいと思える行動をするという美学を持っていました
私は本当は器が小さいけど、必ず美学を持ってやせ我慢する南さんを心から尊敬しました
そんな南さんはいつも女の子に恋をしていました
真剣に恋をしてフラれ、恋をしてはフラれていました
私は世の中の女性に失望しました
こんなに中身のカッコいい人はいないのに、ちょっと見た目が西郷どんなだけで、南さんを受け入れない女性達に失望しました
結局、南さんは大学を卒業するまで彼女ができることはありませんでした
私は大学を卒業するときに南さんと約束をしました
南さんが将来結婚するときは話したいエピソードがあるから必ずスピーチさせて欲しいと約束しました
そのエピソードとは、サークルでテニスをした後にファミレスで食事をした時のことでした
ファミレスに入ったときに、1年生の女子の1人が落ちこんでいました
どうやら、彼氏にフラれたみたいでした
その様子を見た南さんは、その娘に向かって
[よし、今日は俺が飯をおごってやるから元気だせ]
と言いました
すると、他の女子が
[いいなあ]
と言いました
すると南さんは
[よし、わかった‼ 1年の女子全員おごってやる…いや…もう、1年は男女全員、飯おごってやる‼]
と言いました
1年生は全員《やった〜》 とか 《イエ〜イ》とか言って喜びました
ファミレスの食事会が終わるときに、私は南さんが何も食べていないことに気が付きました
私が
[南さん、食べなかったんですか?]
と聞くと南さんは
[昼、食べ過ぎて腹いっぱいなんだよ しばらく食べられないわ]
と言いました
食事会が終わって解散した時に、私は南さんの家に忘れ物をしたことに気が付きました
いつも家に入り浸っていた私は、南さんが鍵を閉めないことを知っていたので、チャイムも鳴らさずにドアを開けました
そこには…ごはんを茶碗にもよそわずに、ふりかけだけをかけて、釜からダイレクトにむさぼり食べている南さんがいました
お腹いっぱいなんて嘘でした
お金がない学生が男女10人分くらいの食事をおごるのはかなりの負担なので、自分は食べずにお腹いっぱいだと嘘をついて、やせ我慢をして他人におごっていたのでした
失恋した女の子の心のスキマに入りこんで口説こうと思うなら、こっそりその娘にだけ優しくすればよいのですが、そんなことをするのはダサいし、純粋に慰めてあげたいから、南さんは衆人環視の状況で飯をおごってやると言ったのでした
勢いで言ってしまって、参加していた1年生全員分の食事をおごることになったけど、その後の生活を考えて、お腹ペコペコなのに自分は我慢したのでした
南さんは無言の私に、観念したように笑って
[カッコ悪いから絶対誰にも言うなよ]
と言いました
大学卒業から10年後、ついに南さんの良さをわかってくれる女性が現れて結婚することになりました
約束通り、私は先輩達を差し置いてスピーチをさせてもらいました
あなたはカッコ悪いから誰にも言うなよと言いましたが、私にとっては出会った先輩で1番カッコ良かったので、あなたの1番の晴れ舞台で言ってやりました
あなたの良さをわかってくれる女性が現れたなら世の中も捨てたもんじゃないですね
南さんの優しい嘘は何年経っても私の心に残っています
なんか、あのときのスピーチみたいになってしまったので、この辺で失敬します🌊🌊🌊
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このエッセイは、みくまゆたんさんを中心とするみくまゆ会の人々の企画の チャレがや に参加させていただいています
以前から、みくまゆ会さんや チャレがや の企画はマイトンさんの記事などでお見かけしていたのですが、短い文字数で書くのが苦手だったので参加できませんでしたが、今回文字数制限がなくなったとのことなので参加させていただきました
今回のテーマは [嘘] です
会長のみくまゆたんさんは商業出版も決まったそうでおめでとうございます
