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公明党代表

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
公明党
常任役員会代表
公明党ロゴタイプ
現職者
岡本三成(第7代)

就任日 2026年(令和8年)10月3日
地位公明党党首
任命公明党中央幹事会
任期2年(再選可)
根拠規程公明党規約
創設1964年(昭和39年)11月17日
初代原島宏治
ウェブサイト公明党

公明党常任役員会代表(こうめいとう じょうにんやくいんかいだいひょう)は、公明党の党首である。略称は公明党代表。

かつての名称は公明党中央執行委員会委員長(こうめいとうちゅうおうしっこういいんかいいいんちょう)である。

概要

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党首選出選挙については、「公明党規約第17条」で規定されており、他党に多く見られるような広く一般党員による投票ではなく、全国大会の代議員のみが選挙権を有し、全国大会で投開票が行われる方法がとられている。しかし、1964年(昭和39年)の結党以来、複数名の候補者が立ったことはなく、無投票での党首選出が続いている。立候補には国会議員10人の推薦を必要とする[1]。任期は2年[2]。

日本の政治史では、おおまかに以下の3つの時代区分がある。

1999年(平成11年)11月以降から実施されている党首討論には、首相を擁立しない連立与党だったため(あくまでも首相を兼務するのは自民党の党首たる総裁)参加していなかった。

2009年(平成21年)の第45回解散総選挙で民主党への政権交代により自民党ともに敗北し下野したため(麻生内閣総辞職及び鳩山由紀夫内閣成立)、2010年(平成22年)2月から2012年(平成24年)11月まで、自民党総裁の谷垣禎一、安倍晋三とともに野党第2党の党首として、民主党政権下の3人の首相(鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦)を相手に党首討論に参加した。

2012年(平成24年)12月の自民党との政権復帰(第2次安倍内閣成立)以降、公明党代表は再び与党(第2党)党首となったため党首討論に参加していなかったが、石破茂内閣の退任とともに連立政権を離脱したため、高市早苗内閣より野党として党首討論に復帰した。

2014年(平成26年)9月、党規約の改定により中央幹事会と常任役員会の体制や責任、職務権限が分割され、公明党代表は中央幹事会の最高責任者ではなく常任役員会の最高責任者として規定し直された。

現在の公明党代表は、岡本三成(第7代:2026年〈令和8年〉10月3日[3] - )。

公明党代表の一覧

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公明党中央執行委員会委員長

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1964年(昭和39年)- 1994年(平成6年)
代委員長在任期間
1 原島宏治1964年(昭和39年)11月17日 -
1964年(昭和39年)12月9日
2 辻武寿1964年(昭和39年)12月9日 -
1967年(昭和42年)2月13日
3 竹入義勝1967年(昭和42年)2月13日 -
1986年(昭和61年)12月5日
4 矢野絢也1986年(昭和61年)12月5日 -
1989年(平成元年)5月21日
5 石田幸四郎1989年(平成元年)5月21日 -
1994年(平成6年)12月5日

公明新党代表

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1994年(平成6年)
代代表在任期間
1 石田幸四郎1994年(平成6年)12月5日 -
1994年(平成6年)12月9日

公明中央幹事会代表

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1994年(平成6年) - 1998年(平成10年)
代代表在任期間
1 藤井富雄1994年(平成6年)12月5日 -
1998年(平成10年)1月18日
2 浜四津敏子1998年(平成10年)1月18日 -
1998年(平成10年)11月7日

新党平和中央幹事会代表

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1998年(平成10年)
代代表在任期間
1 神崎武法1998年(平成10年)1月4日 -
1998年(平成10年)11月7日

黎明クラブ代表

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1998年(平成10年)
代代表在任期間
1 白浜一良1998年(平成10年)1月4日 -
1998年(平成10年)1月18日

公明党中央幹事会代表→公明党常任役員会代表

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1998年(平成10年)-
代代表在任期間
1 神崎武法1998年(平成10年)11月7日 -
2006年(平成18年)9月30日
2 太田昭宏2006年(平成18年)9月30日 -
2009年(平成21年)9月8日
3 山口那津男2009年(平成21年)9月8日 -
2024年(令和6年)9月28日
4 石井啓一2024年(令和6年)9月28日 -
2024年(令和6年)11月9日
5 斉藤鉄夫2024年(令和6年)11月9日[4] -
2026年(令和8年)1月21日[5]
6 竹谷とし子2026年(令和8年)1月22日[6] -
2026年(令和8年)10月3日[3]
7 岡本三成2026年(令和8年)10月3日[3] -

脚注

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  1. ↑ “党代表選挙を公告”. 公明新聞. 公明党. 2022年8月26日. 2024年10月2日閲覧.
  2. ↑ “公明・山口代表、任期残り1年 党勢低迷、対維新、後継…懸案山積”. 毎日新聞デジタル. 毎日新聞社. 2023年9月28日. 2026年10月1日閲覧.
  3. 1 2 3 “公明党の「失われた2年」 岡本三成代表で再出発【解説委員室から】”. 時事ドットコム. 時事通信社. 2026年10月4日. 2026年10月5日閲覧.
  4. ↑ “公明党代表に斉藤鉄夫氏が就任 竹谷氏は代表代行に”. 日本経済新聞. 日本経済新聞社. 2024年11月9日. 2026年10月5日閲覧.
  5. ↑ “公明から「中道」に28人合流 斉藤氏「新しい政治のうねり作る」”. 毎日新聞デジタル. 毎日新聞社. 2026年1月22日. 2026年1月22日閲覧.
  6. ↑ “公明新代表に竹谷とし子氏”. 時事ドットコム. 時事通信社. 2026年1月22日. 2026年1月22日閲覧.

関連項目

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