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フェミニスト史学

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

フェミニスト史学(ふぇみにすとしがく、英: feminist history)とは、女性の視点から歴史を読み直すことを指す。フェミニズムの歴史(フェミニズム運動の起源と発展を概説するもの)とは異なる。また、歴史的事象における女性の役割に焦点を当てる女性史とも異なる。フェミニスト史学の目的は、女性の著作家・芸術家・哲学者などを再発見することで歴史における女性の視点を探求・照射し、過去における女性の声と選択の意義を回復・提示することである[1][2][3]。フェミニスト史学は、歴史分析のあらゆる側面にジェンダーを取り込みながら、批判的なフェミニストの視点から歴史の在り方を変えることをめざす。ジル・マシューズ(英語版)は「その変化の目的は政治的なものである。すなわち、女性を貶め抑圧してきた歴史学の慣行に異議を唱え、女性が自律性と自己定義の空間を持てる慣行を創り出すこと」と述べている[4]。

フェミニスト史学が取り組もうとする二つの主な問題は、歴史的・哲学的伝統から女性が排除されてきたことと、その中での女性や女性性の否定的な描写である。ただし、フェミニスト史学が関心を持つのはジェンダーそのものだけではなく、より包括的でバランスの取れた歴史の再解釈にある。

「フェミニズムを、両性間の差異と不平等は歴史的過程の産物であり、単純に『自然なもの』ではないと主張する思想の態度として理解するならば、フェミニスト史学が常に二重の使命を担ってきた理由が分かる。一方では、理不尽な形で蔑視と無名の中に置かれてきた女性たちの生活・経験・心性を回復すること、他方では、歴史的叙述全体を再検討・書き直し、ジェンダーの構築と作用を明らかにすること、という二つの使命である。」—スーザン・ペダーセン(英語版)[5]

「消えゆく女性」は、学術的なフェミニスト研究の注目の的となってきた。女性の歴史や文学を調査すると、軽視されてきた文化の豊かな遺産が明らかになる[6][7]。

フェミニスト史学の理解

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フェミニスト史学は、過去の女性の学者を探索することと、彼女たちが歴史に与えた影響に関する現代のフェミニスト的視点とを組み合わせる。女性史と混同されることが多いが、フェミニスト史学は単に女性の視点から歴史を語り直すことだけを目的としていない。むしろ、フェミニストの枠組みで歴史を解釈することである。また、フェミニスト運動の歴史を記述するフェミニズムの歴史とも混同してはならない。フェミニスト歴史家は、その仕事の内容に「文化的・社会的調査」を含めている[8]。フェミニスト史学は、女性が自らや他の女性の生活の記録を書き始めたことで生まれた。スーザン・B・アンソニーやオードリー・ロードなど、一部の女性はフェミニスト運動の歴史を文書化した。

フェミニスト歴史家は、史料を収集し、分析し、それらを関連づける。女性史を単に記録するだけでなく、「公共史」との繋がりを構築するのである[9]。しかし、この歴史を生徒に適したカリキュラムに統合することには依然として課題が残る。今日のフェミニスト歴史家は、著名なフェミニスト歴史家による一次資料と発行物のオンラインデータベース構築に関わるデジタル・ヒューマニティーズにも精通している必要がある。フェミニスト・デジタル・ヒューマニティストはフェミニスト歴史家と協力して、二つの歴史のオンライン統合を実現しようとしている。ハーバード大学の女性学データベースには、ゲリッセン・コレクションなどの資料が収録されており、フェミニストによる学術論文の作成と、歴史は一つではないという事実の公開伝達を可能にしている。

女性史との関係

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フェミニスト歴史家は女性史を活用して、過去の女性たちのさまざまな声を探求する。この情報収集には、この探求に生涯を捧げた専門家の助けが必要となる。歴史家たちに、諸歴史の統合に不可欠な一次資料を提供してくれる。フィードラーの『そして壁は崩れる?(東ベルリンからのフェミニストの視点)』のような当事者の記録は、過去の女性たちの日常生活を描写している。政府の法律が彼女たちの生活にどう影響したかを記録している。女性史の歴史家はその法律が彼女たちの生活をどう変えたかを解釈するが、フェミニスト歴史家はこの情報を「消えゆく女性」を観察するために活用する。フィードラーは「これらのフェミニストたちは、良い主婦であり外での仕事も楽しんでいたという普通の東ドイツの女性に出会ったとき、失望した」と述べている[10]。これらのフェミニストたちはドイツ民主共和国の公共史しか知らなかったため、想像上のものに自分自身を投影したのである。

東ドイツの女性の生活を調査すると、東ドイツの社会主義政策が女性の労働参加を奨励していた一方で、これらの政策を作成した女性は誰もいなかったことが判明した。ここでもまた、家父長制が女性を周縁化する公共史を作り出してきたことが指摘されている。フィードラーの作品のような軽視された文化的記録の発見が、女性史の歴史家たちがフェミニスト歴史家が利用できる大規模なデータベースを作成することを可能にした。これらの資料は歴史家によって分析され、同時期に発行された学術論文と比較される。同時期の著作を見つけることはそれほど難しくないが、課題は資料から学んだことと著作から知っていることをどう組み合わせるかにある。

歴史の統合

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フェミニスト歴史家は主に二つの歴史を見ている。一つ目は、公共の・単一の歴史であり、政治的事件や新聞で構成される。二つ目は女性史と分析された一次資料から成る。この二つの歴史の統合により、フェミニスト歴史家がそうするように、歴史家はよりフェミニスト的な視点で過去を見ることができる。ノースカロライナ大学のピーター・G・フィリーン教授は「女性の歴史と通常の歴史の統合」という論文で「私の目的は、自分とは異なる人々の価値観と行動を生徒が理解するのを助けることである。歴史を通じて我々は他の生活に入り込み、それらの生活を形作った力を分析し、最終的に文化のパターンを理解する」と述べている[9]。実際、アメリカの女性史に関するコースを教えるよう依頼されたとき、過去の女性の啓示によって、彼が学んでいるのは「女傑史」や「女性が主体の歴史(ハーストーリー)」ではなく、補償的歴史であることに気づかされた。しかし、この考えは彼の研究を制限した。彼は、男性がすでに書き記したことへの女性の貢献を考えながら見つけた。「公共」の領域と「家庭」の領域という歴史の代わりに、この両者の間の線は想像上のものであることを知るべきである。

すべての女性が政治家や将軍として公的に活躍したわけではないが、一方で男性もまた分離した領域(英語版)(家庭)において育てられている。それだけでなく、男性の生活の基盤もまた日々の家庭にある。セオドア・ルーズベルト大統領でさえ「良き市民はすべて、良き夫であり良き父でなければならない」と述べている[9]。歴史に家庭の歴史を組み込む必要があるのと同様に、男性の歴史も彼らの私的な経験なしには理解できない。したがって、女性史もその私的な経験を公的なものと組み合わせる必要がある。これらの歴史を統合するには、「男性的」と「女性的」が「私的」と「公的」の同義語である世界であってはならない。男女の公的・私的歴史に見出される繋がりを体系的に統合することで、歴史の統合を成功させる必要がある。そのため、単に二つの歴史という考えが、ほとんどのフェミニスト歴史家が直面する課題を生み出している。

フェミニスト歴史記述

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フェミニスト歴史記述(英: feminist historiography)は、フェミニスト史学におけるもう一つの注目すべき側面である。重要なフェミニスト歴史記述の書き手・研究者としてジュディス・M・ベネット(英語版)がいる。著書『歴史は重要だ:家父長制とフェミニズムの挑戦』の中でベネットは「家父長制的均衡」を研究することの重要性について書いている[11]。チェリル・グレンもフェミニスト歴史記述の重要性について、「修辞学の歴史に女性(または他の伝統的に参政権を奪われてきたグループ)を書き込むことは、固定された記憶を乱してサイレンスに対処し、欠如に異議を唱え、公共生活への女性の貢献を主張する、倫理的・知的に責任ある姿勢でありうる」と述べている[12]。フェミニスト歴史記述のこうした側面は、歴史学において通常正典(カノン)とみなされるような標準的な歴史的著作を検討し、それらをフェミニストの視点で再解釈するものである。

関連項目

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脚注

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  1. ↑ Cain, William E., ed. Making Feminist History: The Literary Scholarship of Sandra M. Gilbert and Susan Gubar (Garland Publications, 1994). ISBN 0815314671.
  2. ↑ Laslitt, Barbara, Ruth-Ellen B. Joeres, Mary Jo Maynes, Evelyn Brooks Higginbotham, and Jeanne Barker-Nunn, ed. History and Theory: Feminist Research, Debates, Contestations (University of Chicago Press, 1997). ISBN 978-0-2264-6930-0.
  3. ↑ Lerner, Gerda, The Majority Finds Its Past: Placing Women in History (Oxford University Press, 1981). ISBN 978-0-8078-5606-2.
  4. ↑ Matthews, Jill (1986). “Feminist History”. Labour History (50): 147–153. doi:10.2307/27508788. JSTOR 27508788.
  5. ↑ “Pedersen, Susan. "The Future of Feminist History"”. 2014年10月6日閲覧。
  6. ↑ Spender, Dale. Invisible woman: The schooling scandal. Writers & Readers. London 1982
  7. ↑ Spender, Dale. Women of ideas - and what men have done to them from Aphra Behn to Adrienne Rich. Routledge & Kegan Paul. London 1982
  8. ↑ Smith, B. G. (2010). “Women's History: A Retrospective from the United States”. Signs: Journal of Women in Culture and Society 35 (3): 723–747. doi:10.1086/648517.
  9. 1 2 3 Filene, P. G. (1980). “Integrating Women's History and Regular History”. The History Teacher 13 (4): 483–492. doi:10.2307/494019. JSTOR 494019.
  10. ↑ Soja Fiedler (Winter 1993). “And the Walls Come Tumbling Down? A Feminist View from East Berlin”. Alternatives: Global, Local, Political 18 (1): 97–108. doi:10.1177/030437549301800107. JSTOR 40644766.
  11. ↑ Bennett, Judith (2009). History Matters: Patriarchy and the Challenge of Feminism
  12. ↑ Glenn, Cheryl (2000). “Truth, Lies, and Method: Revisiting Feminist Historiography”. College English 62 (3): 387–389. doi:10.2307/378937. JSTOR 378937.

外部リンク

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