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「ホゼー・トレス」(1959年、監督:勅使河原宏)"訓練と休息の音楽"
「黒い雨」(1989年、監督:今村昌平)"葬送の音楽"
「他人の顔」(1966年、監督:勅使河原宏)"ワルツ"
"訓練と休息の音楽"は、Jazzy, blues likeと指示がある。
"葬送の音楽"は、3/4、2/4、4/4という変拍子が続く。終曲部に2小節だけ、2.5/4拍子がある。演奏時間を5分以内に収める配慮だろうか。
"ワルツ"は、チェロのTrioを挟んだ中間部が美しい。のちに"ワルツ"は岩淵達治による歌詞が付せられ、小林靖宏によって編曲・演奏(アコーディオン)された。
勅使河原宏のボクシング・ドキュメンタリー『ホゼー・トレス』(1959)からジャジーな「訓練と休息の音楽」、今村昌平『黒い雨』(1989)から無調様式の「葬送の音楽」、勅使河原『他人の顔』(1966)から武満曰く「クルト・ヴァイル風」の「ワルツ」の3曲を武満自身がコンサート用に編曲したもの。
純音楽作品としての完成度や表現の豊かさ・きめ細やかさでいうと、当然ながらそれぞれの映画本編で聴けるものは及ぶべくもない(本編で使われた楽譜を見てみたいところだが)。本スコアに限らないが、CDや放送、あるいはまれにこうした楽譜の形などで映画音楽を知り、本編に興味を持って観てみたら、(特に古いものほど)そこで流れる音楽の表情のガサツさ・ぶっきら棒さに驚くことがしばしばあって、音楽自体のタテヨコ(形式や伴奏、オーケストレーション等々)がやけに単調・単純だったり荒削りだったりの他、録音状態、それに雑な演奏のせいであったりもするのだが、演奏が粗っぽいのは考えてみればむしろ当然で、映画の製作現場では音楽の録音はそれが初演。演奏者に渡されるのは見たことのない、時に斬新極まりない書法の楽譜。映画が大量生産されていたスタジオ・システムの時代には特に、リハーサルの時間も十分に取れないまま、解釈の掘り下げや演奏の洗練よりまず映像に合わせることに専心しての作業だったわけで、作曲家としては会心の作が不本意な結果に終わる場合もあったことだろう。『第九』も『春の祭典』も、初演はやはりガチャガチャして何が何やら分からないような代物だったに違いない。近・現代曲にしばしばある、作曲家本人によるいわゆる「自作自演盤」にも、間違った音でなければよしと木で鼻をくくったような演奏が少なくなく、それでも感動が生まれるのはまさに曲本来の根源的パワー。諸々の名曲でどの指揮者がいいとか駄目とか、CDの音の良し悪しなどもよく語られるが、それは果たして本質的な議論なのかと、映画の中で流れる音楽を聴きつつふと考えることがある。
脱線ついでに言うと、映画音楽ではオリジナル・サウンドトラック盤というのも曲者?で、映画の完成後にあらためて商業盤として販売用に編集・編曲、再録音(時には全く別のオーケストラや演奏家で)などということもあるので、本当に「フィルム・スコア」=「映画の中の音楽」に興味があって研究したいという人は注意を要する。オリジナル音源を復刻したものにしても、それぞれの音楽が映像とどのように関わっているかを辿りつつでないと話にならないはず。早い話が映画を観るに如くはない。ヴァレーズ・サラバンドやナクソスなどからしばしばリリースされる過去の名スコアの新録音も、音の良さや表現の深さ、演奏の仕上がりには文句のつけようもないが、果たしてこれをこのまま本編にはめ込んで、オリジナル以上の効果や機能が期待出来るかというと、それはまた別問題。映画の中で流れる音楽には、書くにしても演奏するにしても、常識的なミュージック・メイキングが通用しない全く別次元のメソッドや美学があるように思う。作曲家で言うと、映像に添えるのを前提に書くとは、普通のコンサート・ミュージックで用いる技法のアレコレをむしろ捨てて臨む場合が多いのではないか。従って、本スコアのように独立した作品としてあらためて世に出す場合、今度は映像から解放される=視覚を捨象した世界に縛られる分、より濃密な音楽的表現を図る、あるいは表現のバイアスを全く切り替えるのは、むしろ当然なことだろう。
以上、映画音楽ファンには今さらシャカに説法というところだが。ところで、本スコアの第2曲で「2.5/4拍子」というのを初めて見た。現代作曲家の楽譜を見る機会はあまりないのだけれど、他にもやってる人はいるんでしょうか。
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