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中島岳志氏は1975年生れの政治学者で、日本だけでなく、アジアの戦前と戦後とを通底する政治・社会・思想を考察した多くの著者がある。本書は著者の、インドにおける多年のフィールドワークをベースにした博士論文が基になったものである。ナショナリズムおよび宗教が複雑に沸騰する土地での調査という、他書にはない特徴がある。
残念ながら本書ではヒンドゥー教についてはほとんど触れていない。立川武蔵著『ヒンドゥー教の歴史-宗教の世界史2』(山川出版社、2014年)によれば、インドの総人口の8割がヒンドゥー教徒である。ヒンドゥー教の起源は極めて古く、インド文明とともに興った。ヒンドゥー教のカバー範囲は、信仰や儀礼に関わるだけでなく、インド人の法律、芸術、建築など人々の生活のほとんどに関わる規範である。ヒンドゥー教がインド人の生活に占める意味は大きく、インド人の生き方そのものであるという。ヒンドゥー教においては「政教分離」は最初からあり得ないのである(この点はイスラム教も同様)。
そこで本書のテーマである、インドのナショナリズムであるが、当初はイギリスによる植民地主義への反発から興った。インド独立運動を精神的に支えるものがヒンドゥー教であり、それが民族の自立を求めるナショナリズムと合体してヒンドゥー・ナショナリズムが生まれた。しかし、1947年のインド独立が既に問題含みだった。ムスリム中心の国としてパキスタンとバングラデシュ、そしてヒンドゥー教中心の国としてインドが独立した。「ナショナリズムと宗教」を両立させるようにインドは独立したが、そのインドにはイスラム教徒が13.4%、シク教・仏教・ジャイナ教徒などが3.8%含まれる。ヒンドゥー・ナショナリズムは、土着宗教であるヒンドゥー教中心の「国粋主義」であるから、ナショナリズムと宗教が一体化した国インドでは、両者が「化学反応」を起こして暴力を伴う排外主義(国内では対イスラム教、国外では対パキスタン)に向かう。独立前後から現在に至るヒンドゥー・ナショナリズムの動きや末端組織の活動実態調査が本書のテーマであるが、多数の組織やリーダたちが入り乱れ、複雑を極めている。悪いことに、宗教ナショナリズムは昨今激化の一途のようである。世界の大国インドの宗教ナショナリズムは、21世紀の世界の不安定要素になりかねない。
本書のテーマである宗教ナショナリズムはインドだけでなく、世界中の不安定要素になっている。ヒンドゥー教や仏教など「多神教は他者に寛容である」という説もあったが、全く当てにはならない。一神教も多神教も、ナショナリズムと合体した途端にその排外主義は激化する。ネイションを「想像の共同体」としたアンダーソンの理論だけでは、インドの宗教ナショナリズムはとうてい捉えきれない。
むしろイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ著『サピエンス全史(上・下)』(河出書房新社)の考察が参考になる。ハラリは、人類を組織として統一させるための重要な要素として「貨幣・帝国・宗教」の三つを挙げた。そのうちの宗教は、かつてはキリスト教、イスラム教、仏教などの世界宗教であった。ハラリが指摘しているのは、虚構という点では資本主義、共産主義、自由主義、国民主義(ナショナリズム)といった「イデオロギー」も同じであり、したがって新たな宗教と見なせる、ということである。宗教とナショナリズムとは極めて親和性が強く、「宗教ナショナリズム」と化した途端に過激化して排外主義に向かうのである。「宗教ナショナリズム」は、まさに「宗教」として現代の宗教戦争を引き起こしているのかもしれない。
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