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西洋人の神道観 ---日本人のアイデンティティーを求めて
- Print length344 pages
- LanguageJapanese
- Publisher河出書房新社
- Publication dateMay 25, 2013
- ISBN-104309021859
- ISBN-13978-4309021850
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Product description
About the Author
Product Details
- Publisher : 河出書房新社
- Publication date : May 25, 2013
- Language : Japanese
- Print length : 344 pages
- ISBN-10 : 4309021859
- ISBN-13 : 978-4309021850
- Item Weight : 480 g
- Amazon Bestseller: #283,161 in Japanese Books (See Top 100 in Japanese Books)
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- 5 out of 5 stars
宗教観を語れない日本人
Reviewed in Japan on September 26, 2013私を含め多くの日本人は、宗教は?、と尋ねられたら「無宗教」と答えるであろう。
では、なぜ初詣に行き、お彼岸にお墓参りし、神社でお賽銭を投げ、お寺で葬式を上げ、キリスト教スタイルの結婚式をするのか。それに答えられる日本人はほとんどいないと思う。
神と契約もしていないのに、なぜ清らかに、正直に、生きていこうとするのか。震災に際しても略奪は起こさず、危機に際しては皆で協力するのはなぜか。自然を尊び、諸行無常の世界観を受け入れるのはなぜか。
無宗教と言いながら、その根底には日本人特有の宗教としての神道観があるにちがいない。
外国人に日本の心を紹介しようとした著述は、新渡戸稲造の武士道にも匹敵する日本人に対する深い考察が含まれている。
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平凡
Reviewed in Japan on August 26, 2015外国人の研究にふれるところ多く、自己独自の考究にやや欠けるところがあるようだ。
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多元的見方から神道を理解
Reviewed in Japan on March 13, 2015平川さんの講演録をもとに書き起こしたそうです。読み始めてみたものの中々、入れず難儀しましたが入ったら集中できました。神道がわたくしたちのなかに活きづいていることを再認識しました。前書きで「なにごとのおわしますかわしらねども忝(かたじけ)なさに涙こぼるる」の西行の作とされるうたをしみじみと感じようとおもいます。
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いつもの平川先生
Reviewed in Japan on June 30, 2013これまでの講演を集めたものなので、ですます調である。かねてバジル・ホール・チェンバレンの『日本事物誌』で、神道が明治になって捏造されたものだと書いてあるのに不満を漏らしていた平川先生だが、チェンバレンが言ったのは天皇制と結びついた国家神道のことで、間違ってはいない。平川はフュステル・ド・クーランジュなどを持ち出して、西洋にもアニミズムはあると言うのだが、それはいいとして、近代日本の天皇制については、価値判断によって学者としての判断を曇らせてしまう。「日本人のアイデンティティー」などというまとまったものはないのであって、天皇を崇拝しない日本人もいるのだが、そういう人は平川にとっては一種の非国民であるらしく、「日本の多くの男女が天皇に対して抱く畏敬の念をすなおに理解したフランス共和国の詩人大使クローデルに対し私は敬意を覚えます」という風に書いてしまう。したがって本書は学術書としては失格であり、平川の信仰告白でしかない。冒頭で平川は、自分が正しいかどうか確認したくて、皇学館大学やICUで講演をしたが、特に反応はなかった、と言っているのだが、私がかねて批判していることはまるっきり無視して、藤原書店の雑誌あたりで意味不明な悪口を言うのだから、困った人である。
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前書『日本語は生きのびるか』を含めた勝手な感想
Reviewed in Japan on September 3, 2013既に“ソコツさん”の簡にして要を得た素晴らしいレビューがあり、付け加えるべきことがない。まずそのレビューに目を通して欲しい。
著者注によると、本書は「日本とはいかなる宗教社会なのか」と話題とするが、「日本とはいかなる言語社会なのか」を論じた前著『日本語は生きのびるか−米中日の文化史的三角関係』(河出ブックス、2010)の姉妹編であるという。そこで小生は両著を含めて以下、勝手な感想を記させていただく。
1.まず、フェステル・ド・クーランジュの『古代都市』のことである。田辺貞之助訳『古代都市』(白水社)図書館で借りてきてざっと読んでみた。本書の初版は1864年、ダーウィンの『種の起源』が1859年、近代諸科学の黎明期であったことがわかる。緒言にあるように「古代人の制度を知るためには、その最古の信仰を研究する必要がある」として第一編・古代の信仰、第二編・家族と続く。明治の「法典論争」で穂積八束らが『古代都市』に啓発されて日本独自の民法が成立したことは幸運なことであった。ところが第二次世界大戦後、民主化の一環として明治民法が骨抜きにされた。GHQの占領下にあったとはいえ、当時の法学者たちの不甲斐なさをみて平川氏は嘆いている。
ハーンは『古代都市』に古代の信仰をみた。しかし、『古代都市』の著者には、古代の信仰への共感は見られない。宗教とはキリスト教のみであるとの姿勢である。西欧中世は、ギリシャ・ローマ、ケルト、ゲルマンの神々を駆逐してキリスト教による宗教社会を構築した。しかし、キリスト教の信仰のなかにも嘗ての信仰の残滓が残っており、著者はこの点も記述する。
次にハーンのマルティニーク体験のことである。ハーンの見た仏領マルティニーク島の人々はアフリカから連れてこられた黒人奴隷の子孫である。彼らの信仰はアフリカの故郷の信仰をもとにマルチィークという風土を得て短期間に形成されたものである。文化人類学的な興味はあるとしてもどれだけ意味があるものだろうか?
2.本書を読んでいて、渡辺京二著『逝きし世の面影』を思い出した。幕末から明治にかけて来日した外国人の眼に映った嘗ての日本文明の姿である。それはノスタルジーの産物ともいえるが、本書は記述された西洋人の神道観をもとに改めて外国人に神道を理解させると同時に日本人にも自覚させる意図をもつものと理解する。どうも西洋でも日本の神道に通じるアニミズム的世界があることを述べているだけに過ぎないようにもみえる。
3.著者は3点観測の重要性を随所で述べている。しかし、一般の日本人には難しく、アイデンティティーにも関わる論点でもある。外国語の重要性は当然であるが3点観測の1本の脚を確実に日本に置くことが、グローバル時代に最も重要なことだと思うのだが。『源氏物語』をウェイリーの英語版でなければ読めなくなる日本人が出現しないよう願う。
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21世紀に相応しい良書です。
Reviewed in Japan on August 1, 2014たいへんな良書です。知識人一般を対象に書かれていると思われますが、平容に書かれてあるため、ある程度の素養があれば読み解くことはさほど難しくはありません。
「神道」というものの今日的位置づけを先生が力説される21世紀の世界に求められる「三点測量」のアプローチで
重要な論証を取り上げ注意深く配置しながら説かれてあります。俯瞰して物事を見るということを、改めて教えていただいたように思います。
「神道」には教理は必要はないのではないかと思います。一般的に考えられている「宗教」という型からはみ出しているように思います。それは感じられたものを態度で表す行為で、教理を必要とするのであれば、それにまとった衣のようなものであると。神道を知らない人に説明するときに必要になるという意味では本書は常識外のところから出された世界の人々に神道を説明する教理と言えるかもしれません。
理性以前から備わっている人間の感じてる能力に由来し、日本の風土や社会の単位が「ムラ」を基本とした比較的小さな集団が、自然との素直な接し方と言えるのではないか。
本書の最後に、読者に対して「弥栄」という今はあまり使われなくなった縁起の良い言葉を置かれている。
先生の願いがこもった言葉であるように感じられました。先にフランスで出版されたことからもわかりますように、この書物は世界に向けて発信され、日本人にも問うたものです。よくよく感じ取るようにして学ぶべき本だと思います。
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「神道」は日本固有の宗教か
Reviewed in Japan on June 10, 2013近代の日本とくに明治期の西洋人が日本の宗教的文化をどう見て、どう語ったか。東西文化の比較考察の達人である著者が、様々な角度から悠然と論じている。先にフランス語版が出ており、これに基づき日本人の聴衆向けに語り直し再構成したのが本書である。フェステル・ド・クーランジュの『古代都市』における前キリスト教的な地中海文化の記述が明治の民法論争に及ぼした影響、ウィリアム・ジョージ・アストンやバジル・ホール・チェンバレンら最初期の日本研究者による、神道は宗教ではない、ないしは今後衰退が決定づけられている低級な宗教であるという見解、そしてラフカディオ・ハーンの、彼の生い立ちに強く規定された日本の宗教文化や感覚に対する共感と機微を心得た描写の意義など、興味をそそられる議論が続く。これといった結論があるわけではないが、学びどころ、考えどころは数多い。
著者が「神道」として念頭においているのは、祖先祭祀や自然崇拝、盆踊りの魂迎えや富士山への畏敬の念など、日本の民俗的な宗教感覚と行為の拡がりを大まかに捉えたものである。そこには当然、外来の仏教による感化の跡も十分に読み取ることができるのであり、これを「日本に固有の宗教」としてしばしば本質的に語ってしまうのはやや違和感があるというのが正直なところである。また、西洋人でも前キリスト教的な文化をよく知る者や周辺的な環境で生まれ育った人だと、日本の「神道」とほとんど変わらない宗教感覚を共有できる人間が少なくないことが繰り返し示唆されているために、「神道」は「日本固有」のものではなく、むしろ普遍的な宗教文化のひとつのかたちではないかという見識も、日本人のアイデンティティを求めた結果として本書が提示している逆説的な結論として受け取ることもできる。
「神道」は、どこまで「日本固有」で、どこまで人類普遍的な宗教現象なのか。そこに見出されるのは、我々の心のよりどころなのか、それとも、世界の人々と感性を分かち合うためのトランスナショナルな糸口の一つなのか。読者が本書から導かれる思考は必ず豊かであると思われる。
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