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信仰の現場: すっとこどっこいにヨロシク (角川文庫 な 30-3)
- Print length210 pages
- LanguageJapanese
- PublisherKADOKAWA
- Publication dateJune 1, 1997
- ISBN-104041986036
- ISBN-13978-4041986035
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Product Details
- Publisher : KADOKAWA
- Publication date : June 1, 1997
- Language : Japanese
- Print length : 210 pages
- ISBN-10 : 4041986036
- ISBN-13 : 978-4041986035
- Item Weight : 141 g
- Amazon Bestseller: #597,585 in Japanese Books (See Top 100 in Japanese Books)
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- #6,863 in Introduction to Sociology
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Top reviews from Japan
- 5 out of 5 stars
面白く読ませていただきました。
Reviewed in Japan on February 9, 2024とても面白く読ませていただきました。本当にありがとうございました。
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空気を論じている
Reviewed in Japan on October 2, 2016ナンシー関氏の空気を論じる技術には脱帽。矢沢永吉とは宗教であるという展開が非常にユニークであった。
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うさんくささを巡るナンシーの冒険
Reviewed in Japan on February 24, 20181994年出版。副題に「~すっとこどっこいにヨロシク~」とあるから
トンデモ本のひとつかと思ったがこれが至って真面目。
この本の趣旨を最初にこう書いている。
・・何かを盲目的に信じている人にはスキがある。
自分の状態が見えていないからだ。しかし、その信じる人たちの
多くは、日常生活において、そのスキをさらけ出すことを自己抑制し、
バランスを保っている。だが、自己抑制のタガを外してしまう時と
場所がある。それは、同じものを信じる”同志”が一堂に会する場所に
来た時だろう。全員が同じスキを持っているという安心感が、彼らを
無防備にさせる。・・
すばらしい文章だと思う。この本のテーマをこれほど的確に述べるものはない。
この本でナンシーが実際に潜入探訪するのは、新興宗教、アウトドア、
自然食品、自称フェミニズム、ドッグショー、通販・・なんだか胡散臭い。
小は齋藤忠光とピロピロ音楽愛好家、大は矢沢永吉至上主義者。
まさに泡沫(=うたかた)である。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ
結びて、久しくとどまりたるためしなしと昔の人は言っていたが、どっこい、
今のうたかたはしぶとい。齋藤忠光氏なんかこの記事の25年後のいまでも
活躍されているらしい。よく知らんけど。
ナンシー関の観察は上から目線ではない。しばしば感情移入して
ミイラとりがミイラになりそうな場面もある。ミイラになりながらも、はっと
我にかえって私たちに警告する。閉じられた小世界(パラダイス)での人々の
無防備さ、無邪気さはとても危険であると。広い意味での霊感商法にはまるなと。
生きていたら仮想通貨取引所にも行って欲しかった。
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もっと前に出会いたかった
Reviewed in Japan on November 25, 2010出版から年数が経っているのは仕方ないが、もっと前に出会いたかったなあ、この本に。
故ナンシー関の、狂信的なファンやマニアが集う「信仰」ともいえる現場への潜入レポートがまとめられている。
何かを盲目的に信じて好きで燃えている人と言うのは、他人の目から客観的にとらえると、滑稽で哀しく見えたり、逆にいとおしかったりする。
著者はそういう人達に対して強烈な批判や否定をしていないし、バランスがとれているように感じられた。淡々とした文体がいいのかもしれない。
矢沢永吉のコンサート会場、正月、浅草の「寅さん」「釣りバカ」シリーズ上映中の映画館、ドリームジャンボ宝くじ当選番号抽選会場、福袋獲得に燃える人など、普段家から出ない消しゴム版画家のナンシー関が鋭い目線と感覚でとらえたルポルタージュが面白い。
なぜ矢沢永吉が曲を歌い終えるたびに舞台袖にひっこむのか、それはファン達が望む「降臨」の姿を何度も拝めるからだとか、「釣りバカ」よりも笑いがとれない「寅さん」を観る安心感等、核心をついているようで観察眼にすぐれていると思った。
解説を書いているのは松尾貴史。
読む前は、もっと辛辣で手厳しい事が書いてあるのかと思っていたが、故ナンシー関の頭の良さと時代(当時の)を見る目、本質を見抜く鋭さに感嘆した。
もっと前に読んでいたなら★4
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すっとこどっこいは今も増殖中。
Reviewed in Japan on November 6, 2006私も宗教にツッコミを入れたものと誤解して最後に残してしまったのだが、
内容に宗教についてのものは無かった。
「公団建て売り抽選会場」のような場所に集う目の色を変えた人々とそれを受け入れる側を
観察するシリーズなのだが、素晴らしい出来、たいしたものである。
TV・タレント批評とともに大きな柱になりうる質の高い文章の数々。
TV関係ではどうしても登場人物が類似したタイプのタレントになってしまい
同一人物の再々登場もあり、同じ主題をちがう言い回しで斬る場合も多々有ったが、
こちらは場所も異なれば、集うすっとこどっこいのキャラも千差万別で、
めくるめくナンシー・ワールドが楽しめる。
恐らく出不精であっただろう彼女が、排他的で通常足を踏み入れにくい現場までおもむき、
こっそり写真まで撮ってくる。大サービスである。プアな画像がまた良い味を出している。
TV関係とは違い、若い人が対象物を知らないということも少ないので陳腐化を逃れられる。
この24の現場でシリーズは完結しているのが、本当に残念。もっと読みたいの一言。
個人的には、「非一流大学入試合格者発表」が一番楽しめた。
NHK教育に消しゴム版画の先生としてまじめに出演していた彼女が思い出だされる。
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切れが良い!何度も読んでます
Reviewed in Japan on December 17, 2014相変わらず痛快!
何度読み返してもあきません。
ほんとにこの人の評論は面白い
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生きていたら「ボヘミアン・ラプソディ」もレポートして欲しかった。
Reviewed in Japan on June 19, 2019「何かを盲目的に信じている人にはスキがある。自分の状態が見えていないからだ。しかし、その信じる人たちの多くは、日常生活において、そのスキをさらけ出すことを自己抑制し、バランスを保っている。だが、自己抑制のタガを外してしまう時と場所がある。それは、同じものを信じる”同志”が一堂に会する場所に来た時だろう。全員が同じスキを持っているという安心感が、彼らを無防備にさせる。」
これがナンシー関の唱える「信仰の現場」の定義であり、そしてそこから「すっとこどっこい」が発生してしまうメカニズムを述べた文章である。
本書にはウルトラクイズ予選、矢沢永吉のライブ、涙活ピアノおじさん、自然食品販売、いいともの観覧席、福袋に並ぶ人たち、など数々のカルトな事例が載っている。これらを自分の事を棚に上げて他人事として処理して一笑に付すのは容易い。
しかし今まさに「ボヘミアン・ラプソディ」なる「信仰の現場映画」が、異例のロングラン大ヒットを巻き起こしてしまっているのだ。日本国民が、ヒゲのGパンのおじさんがクネクネしてる姿を見たいがために足を運び続けている。彼らと永ちゃんのマイクスタンドブン回しに熱狂するワンフーたちとの間に違いなどあるのだろうか。
「すっとこどっこい」は、市民権を得てしまい最早他人事ではなくなっているのである。日本のみならず海外でも「ピープルVSジョージ・ルーカス」「ATARI GAME OVER」「サッドヒルを掘り返せ」などの「信仰の現場ドキュメンタリー」が続々と製作されている。生きていたらこちらに対しても雑感を書いてほしかった。
「ナンシー関が亡くなってからメディアはタガを外すようになった」は陳腐な常套句であるが、関のせき止めを失ってしまった結果、メディア側だけでなく、鑑賞者側もタガを外してしまうようになった。それは声優アイドルに対して「世界一かわいいよ!」と臆面もなく叫ぶようなオタ芸だったり、聖地巡礼ビジネスやマッドマックスの応援上映、「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットといった形で現れてる。
ここまでなら、ナンシー関がルポに書いていたような微笑ましい部類に収まるのだが、SNSが浸透して「信仰の現場」がタガを外し、閉鎖性を失って表社会に出てきてしまった結果「タピオカJK対ラーメンDD(男子大学生)」のような「宗教戦争」が、あちらこちらで発生する歪みが出てきてしまった。こうした技術革新や時流の変化による「堤防決壊」はもはや関一人では食い止められなかったかもしれない。
なにせナンシー関自身がパルコの「顔面遊園地」によって「信仰の現場」になってしまったのである。
ナンシー関の良き読者や理解者であった人たちが、嬉々としてタガを外すことに協力してしまったのだ。ナンシーはこの事態をあの世で苦笑してることであろう。生きてたらあんなイベントなんか許さなかっただろうし、やるにしても集まったナンシー信者たちを斜め目線で観察したレポを書いていたはずだ。
追伸
これ以外にも尾崎豊の死人商法を皮肉ってたナンシーが追悼ドラマに利用されたり(死の直前のリリーフランキーとの対談ではZARDの「負けないで」を皮肉っていた)「死んだからといって美化するのはおかしい」「いい人だからなんなのだ、つまらんものはつまらんのだ。本人の素がどうかよりも芸が面白いかどうかが大事なのだ」と啖呵を切ってたにも拘わらず、死んだ途端に出版仲間から「ナンシーは気遣いの細かいシャイで優しい人だった」と、お決まりの「普段はいい人だった」の大合唱をされたりと、ナンシーは自らの信仰を信徒の善意によって裏切られることが多い。悪意でなく、むしろ信徒の善意によって信仰と教義が汚され壊れていく有様は、さながら聖書の受難劇のようである。
ナンシー関の素が「シャイで気遣いのできるいい人」だったとして、それがどうしたというのだ。私が面白いと思ったのはナンシーの「文章芸」だ。
ナンシー司祭は「表層を徹底的に観察し、そして見抜きなさい」と曰わった。私たちも、一読者で有る以上、ナンシーの素がどうだったかなど推し量ってやる必要などない。ナンシーの文章芸のみを徹底的に見つめ、そして見抜かなければいけないのだ。これは追悼代わりの最低限の餞別であり義理立てである。
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きれいでした
Reviewed in Japan on November 27, 2013とてもきれいな状態の本で、うれしかったです。また機会があったら、利用したいなと思います。ありがとうございました。
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