K-POPの新たな地平を拓いた男、250(イオゴン)が語る音楽的ルーツとこれから

世界的に勢いを増すK-POPの世界において、いま最も注目されているクリエイターのひとりである250(イオゴン)。デビューアルバムが韓国の音楽賞を総なめにし、人気グループであるNewJeansへの楽曲提供や音楽プロデュースでも知られる彼は、いかにしてK-POPの新たな地平を拓いたのか。
KPOPの新たな地平を拓いた男、250(イオゴン)が語る音楽的ルーツとこれから
Photograph: Shintaro Yoshimatsu

2024年7月下旬、新潟県の苗場スキー場で開催された音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL(フジロックフェスティバル)」。最終日の深夜1時、そのDJは静かに無言でステージに姿を現し、おもむろにJ-POPの名曲を引用するかたちで爆音でビートを刻み始めた。

そこから1990年代の洋楽、韓国の大衆歌謡音楽であるポンチャック(トロット)、K-POPのヒット曲まで縦横無尽にマッシュアップしながら緩急自在に音を操り、約1時間にわたってノンストップで聴衆を熱狂の渦へと巻き込んでいったのである。

その男の名は250──。数字で「250」と書いて、韓国語の発音でイオゴン(이오공)と読む。音楽プロデューサーでDJ、ミュージシャンである250は、韓国ではNCT 127やITZY、BOA、f(x)といったK-POPグループやアーティストの楽曲への参加で知られている人物だ。

最近では世界的な人気グループである韓国のNewJeansへの楽曲提供や音楽プロデュースでも注目されている。NewJeansの統括プロデューサーであり“育ての親”としてミン・ヒジン(前ADOR代表)の存在が知られているが、編曲や作曲、楽曲プロデュースといった音楽的な部分においては250が極めて重要な役割を担っている。

人気グループNewJeansのヒット曲「Ditto」のミュージックビデオ(複数あるバージョンのひとつ)。この曲を含むNewJeansの多くの曲のプロデュースや編曲、共同作曲を250が手がけている。映像制作はDolphiners Films(イルカ誘拐団)が担当。

250は自身初のアルバム『ポン(PPONG、뽕)』を2022年に発表し、韓国で最も権威のある音楽賞のひとつ「韓国大衆音楽賞」で4冠に輝くなど、数々の音楽賞を受賞したことでも知られる。『ポン』は韓国の大衆歌謡として知られるポンチャックを現代風に再構築した電子音楽作品で、音楽界に衝撃をもたらした。

こうして稀代のトラックメーカーでありDJ、音楽プロデューサーとして名を上げた250は、いかにしてK-POPの新たな地平を拓き、現在の地位を築き上げたのか。音楽のジャンルと時代を縦横無尽にクロスオーバーする創作の現在地、そして音楽的なルーツ、これからの音楽活動について、フジロックの会場で尋ねた。

音楽プロデューサーでDJ、ミュージシャンである250(イオゴン)。韓国ではNCT...

音楽プロデューサーでDJ、ミュージシャンである250(イオゴン)。韓国ではNCT 127やITZY、BOA、f(x)といったK-POPグループやアーティストの楽曲への参加で知られている。デビューアルバムが韓国の音楽賞を総なめにしたほか、NewJeansへの楽曲提供や音楽プロデュースでも注目されている人物だ。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

──昨年はご自身のジャパンツアーがあり、今回は「FUJI ROCK FESTIVAL '24」に出演するために来日されました。6月には楽曲提供や音楽プロデュースを手がけているNewJeansの東京ドーム公演でDJをされたりと、最近は日本に来られる機会が増えています。日本のオーディエンスの反応はいかがでしょうか。また、日本でプレイする際には、どのようなことを意識されていますか。

日本の観客についていろいろな話を聞いていたのですが、コンサートを開いてみたら、想像していたよりもずっと情熱的だと感じました。「日本の観客は静かだ」って言う人が多かったんです。でも、実際は大きな声でコール・アンド・レスポンスもしてくれたりして、韓国と大きな違いはありませんでした。

日本でステージに立つときには、ぼくがこれまで聴いてきた好きな日本の曲を共有したいと心がけています。今回のフジロックでのステージもそうなのですが、ぼくが好きな曲をさりげなく混ぜるようにしているんです。

──2022年に発表したデビューアルバム『ポン』は韓国の大衆音楽である「ポンチャック」を現代的に再解釈したことを高く評価され、韓国で最も権威のある音楽賞のひとつである「韓国大衆音楽賞」で4冠に輝きました。この結果は、ご自身の音楽制作に対する姿勢や考え方に、どのような影響を与えたのでしょうか。

初めてリリースしたアルバムだったので、たくさんの人に受け入れていただけるのかとても気になっていました。歌詞のある歌モノの曲がほとんどないアルバムなので、心配していたんです。

でも、それは杞憂に終わりました。誰もがとてもリラックスして受け止めてくれたので、わたしは「わたしが好きだと思える音楽」をつくればいいのだと、自信が付いたことがいちばん大きかったと思います。

2022年に発表したデビューアルバム『ポン』の収録曲「Bang Bus」のミュージックビデオ。ポンチャックを現代風に再解釈した音が特徴的で、映像はユーモアに溢れている。

── 『ポン』の制作には約8年もの時間を費やしたと聞きました。何度も研究を繰り返し、制作を中断したこともあったとのことですが、なぜそれほど長い時間が必要だったのでしょうか。また、その過程でどのような試行錯誤や気づきがありましたか。

『ポン』はポンチャックをべースにしたアルバムなのですが、ポンチャックは韓国にもともと存在していた音楽で、完成されたジャンルです。その要素は避けることができませんが、かといってポンチャックを単に踏襲するだけでは“わたしのアルバム”としての意味がなくなってしまいます。

ですから、既存のポンチャックのどんな要素を生かし、何かを生み出し、いかに自分らしいアルバムをつくれるのか──。その比率や配合のようなものを考えていくことが悩みの種でした。

実は当初は別のスタイルのアルバムをつくっていたのですが、何度聴いても「これはポンチャックではない」と感じてしまい、そこからすべてを解体して新しいものをつくっていきました。どうしたら『ポン』というアルバムができるのか、どうすれば250らしいファーストアルバムになるのかと試行錯誤を繰り返す──まるで綱渡りのような過程でしたね。

──その試行錯誤があったからこそ、『ポン』はノスタルジーと新しさを感じさせる作品に仕上がったわけですね。一方で、250さんは音楽プロデュースのプロジェクトでも世界的に注目されていますし、さまざまなプロジェクトに並行してかかわったりもされています。ご自身の創作活動において、これらのプロジェクトが相互に影響し合うようなことはあるのでしょうか。

実は『ポン』を制作していたときは、いまのように他のアーティストのプロジェクトは多くなかったので、時間を割いて何かをしなければならないということはありませんでした。『ポン』をリリースした後に他のアーティストのプロジェクトが増えましたが、自分のアルバムの作業はまだ本格的に取り組んでいないので、やはり両立する悩みはありません。でも、おそらくもうすぐ自分のアルバムの準備が本格化するので、これからはいまおっしゃったような悩みが始まるのではないかと思います。

250へのインタビューがおこなわれたのは、音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL '24」に彼が出演する当日のこと。一つひとつの質問にゆっくり丁寧に答えてくれるところからも、何ごとにも真摯で誠実であろう彼の人柄が感じられた。

250へのインタビューがおこなわれたのは、音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL '24」に彼が出演する当日のこと。一つひとつの質問にゆっくり丁寧に答えてくれるところからも、何ごとにも真摯で誠実であろう彼の人柄が感じられた。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

──『ポン』の制作では比率や配合に苦労されたとのことですが、250さんが思う「いい音」や「かっこいい音」と、「新しさ」や「売れる音楽」のような要件のバランスを、いかにうまくとっているのでしょうか。

自分が携わる音楽は、プロデュースする楽曲はもちろんのこと、『ポン』も含め、すべて基本的にポピュラー音楽だと思っています。特に楽曲を他のアーティストに提供するときは、ポピュラー音楽として人々が普遍的に楽しめる一定の形式があると考えているので、できるだけそれに従うようにしていて、それを自分でも楽しんできました。

一方で、自分のアルバムをつくるときには思い通りにしてもいい領域があるので、その部分で果敢に試せる余地がありますね。「いい音」や「かっこいい音」というのは、その曲のスタイルや方向性によって変わっていくのではないかと思っています。

昔の音楽を意識的に持ち込んだりはしませんが、自分が好きだったサウンドを生かす作業が自分にとっての音楽の原点だと思っています。始まりには、いつも無意識のとても深いところで自分が好きだった音を感じていて、その方向に自然と進んでいくんです。あるいは曲づくりの最初の段階で、自分が好きだった音楽を思い出しながら作業をしたりすることもあります。

最近の音楽活動では、幼いころから好きだった音楽の要素をいまのスタイルでリメイクしています。『ポン』もそうです。子どものころの経験と思い出と好きだった要素を、いま、あのころのぼくと同じくらいの年齢の人たちが楽しんでくれる──。そんな姿を見ながら、かつての自分といまのぼくがつながっているような気持ちがします。そういう感じが、いまはいちばん楽しいですね。

NewJeansの日本デビュー曲として2024年に大ヒットした「Supernatural」のミュージックビデオ(複数あるバージョンのひとつ)。250がプロデュースし作曲に名を連ねるこの曲は、1980年代後半から90年代初頭にかけてアメリカのR&Bシーンを席巻したニュージャックスウィングのスタイルが特徴だ。「第66回 日本レコード大賞」で「優秀作品賞」を受賞したほか、『ニューヨーク・タイムズ』が選ぶ「2024年のベストソング」68曲のひとつに選ばれている。

──確かに250さんが手がけた楽曲を聴いていると、さまざまなジャンルやスタイルの音楽からの影響があるように感じられます。どのような音楽を聴いて育ったのか、ご自身のミュージシャンとしてのルーツについてお聞かせいただけないでしょうか。

自分が中学生から高校生だった時代に、家から学校まで約1時間半かけて通っていたんです。バスや地下鉄に乗っている間は、ずっと音楽を聴いていました。特定のジャンルやアーティストに夢中になるというよりは、移動時間をできるだけ退屈せず、寂しくなく過ごすために音楽にのめり込んでいたのだと思います。

ですから、決まったアーティストのディスコグラフィーをたどっていたわけではなく、コンピレーションアルバムをよく聴いていましたね。友達とCDを貸し借りしたり、ミックステープをつくって交換したり。そんなふうにして、いろいろな曲に触れていました。

──そのなかでも心に残っているアーティストや楽曲など、具体的なものがあれば教えていただけますか。

いちばん夢中になったミュージシャンはプリンスですね。ディスコグラフィーをたどりながら熱心に聴いていました。

でも、プリンス以外にもたくさんの洋楽を聴いてきたと思います。先ほども話したように特定のジャンルやミュージシャンの音楽を楽しむというよりも、グラミー賞にノミネートされた曲をまとめたコンピレーションアルバムのようなものを聴いていました。その年に米国でいちばん人気があった曲を集めていたりするので、ジャンルが幅広いんです。ロックだったり、バラードだったり、ダンスミュージックだったり。もちろんヒップホップもです。いろいろな音楽をごちゃまぜに聴いてきた経験は、いまのわたしに大きな影響を与えていて、それがいまの自分を形成しているのかもしれません。

音楽制作を始めたのは、コンピューターで音楽をつくるようになったことがきっかけです。その次にはベースを弾くようになりましたね。そのふたつが、いまでもわたしの音楽の大きな軸になっているのではないかと思います。

──音楽のほかにも、250さんのクリエイションの軸になっているものはあるのでしょうか。ファッションのセンスやアルバムのアートワークに感じられるユーモアなどから、ほかにも興味の向いている先があるように思うのですが。

若いころには洋服や靴にすごく興味があったんですけれど、音楽活動を本格的に始めたころから関心がなくなってしまいましたね。正直、いろいろなカルチャーに興味があるほうではないのですが、いま音楽以外に興味があるとしたらドラマや映画ですね。一度ハマると、何度も観るくせがあるみたいで。

──どういった作品が好きなのですか?

『ポン』の収録曲に「裏窓(Rear Window)」という曲があります。これはアルフレッド・ヒッチコック監督の映画『裏窓』に着想を得ていて、映画を観ながら感じた気持ちを曲に盛り込みました。

映画ではマーティン・スコセッシ監督の作品が大好きです。ドラマはHBOの「THE WIRE/ザ・ワイヤー」が大好きで、5~6回は観ましたね。

『ポン』の収録曲「裏窓(Rear Window)」のミュージックビデオ。

──音楽の話に戻るのですが、楽曲をつくっていくうえでの理念やルールのようなものがあれば教えていただけますか。通学途中に音楽を聴いていた話をお聞きして、それがご自身にとってのセラピーのような役割があったのではないかとも感じました。

音楽というものは、つくる人と聴く人が1対1で会話をするような媒体だと、わたしは考えています。確かにわたしはひとりで寂しかったときに音楽をよく聴いていたし、音楽をつくる人たちは自分の寂しい瞬間から何かを生み出しているのではないでしょうか。音楽をつくり、聴くという行為は、そのようなつくり手と聴き手がそれぞれひとりでいる時間が出合い、共有されていく過程なのだと思います。

ですから、わたしが幼いころから聴いてきた音楽は、バンドではなくほぼすべてソロのミュージシャンによるものでした。プリンスはもちろん、坂本龍一さんもです。

また、彼らは特定のジャンルの曲ではなく、いろいろな音楽を手がけた人たちですよね。坂本龍一さんは映画音楽も手がけていますが、すべての曲のなかに、その人の痕跡や香りのようなものがあって。そういう要素にわたしはずっと心引かれ、憧れていました。

プリンスや坂本龍一といったミュージシャンに影響を受けたと語る250。楽曲に残されたつくり手の痕跡や香りのような要素に心引かれ続けてきたのだという。

プリンスや坂本龍一といったミュージシャンに影響を受けたと語る250。楽曲に残されたつくり手の痕跡や香りのような要素に心引かれ続けてきたのだという。

Photograph: Shintaro Yoshimatsu

──アルバム『ポン』の制作がそうであったように、音楽をつくり出していく過程では“生みの苦しみ”が伴うこともあるかと思うのですが、いかがでしょうか。また、これまでの取り組みにおいて、大きな転機になった出来事やプロジェクト、決断などがあればお聞かせいただけますか。

正直なところ、本当に大変だったらやらなきゃいいんですよ。でも、大変でも結局は楽しみながらやっているわけなので、「大変だった」と大げさに話したがる。そんな感じなのかなと思います(笑)

わたしにとって転機になったのは、やはり『ポン』です。リリースする前は「果たしてこんなかたちで出していいのか」と不安だったし、出した後もどれだけ受け入れてもらえるのか確信はありませんでした。ずっと悩んでいたのですが、マスタリングを終えて久しぶりにアルバム全体を通して聴いたとき、少し涙が出ました。

やろうとしたことを何年も悩み、それでもやり遂げた。自分がやりたかったことをやってのけた。不安だった記憶がすべて吹き飛び、ほかの人がこのアルバムを好きでも嫌いでも、自分は満足してやり遂げたのだから、わたしにとっては誇らしいアルバムなのだと感じられた瞬間がありました。それがわたしにとって、音楽を続けてきていちばん大きな転換点になったと思います。

──大きな転換点を経たいま、次に進むことにも困難が伴うのではないかと思います。今後の音楽制作において現時点で考えていることや、挑戦したいと考えていることなどがあれば教えていただけないでしょうか。

ミュージシャンになった自分のことを改めて振り返ると、「アメリカのポップミュージックが好きな韓国人」なんですね。洋楽が好きだったけれど、韓国人だから『ポン』というアルバムが生まれた。韓国人の根っこにある“何か”を探るためには、『ポン』が必要だったわけです。

だったら次は、わたしが好きだったアメリカのポップミュージックとは何だったのかを追ってみたいと考えています。そこで、次のアルバムのタイトルは『アメリカ』にしようと決めました。

──すでに具体的に考えていることはありますか。そこには250さんならではの“韓国人的”なアイデンティティも組み込まれていくのでしょうか。

実は「アメリカ」といっても、本当にアメリカの音楽だけを語るアルバムをつくろうとしているわけではないんです。例えば、学生時代に聴いたグラミー賞ノミネート曲のコンピレーションアルバムにも、スペインのロス・デル・リオによる「恋のマカレナ」とか、スウェーデンのエイス・オブ・ベイスの曲もありました。別の国の音楽なのに、ぼくは“アメリカのもの”だと思って聴いていたんですね。

具体的には、アメリカのある音楽の系譜を追うというよりも、学生時代に漠然と自分が憧れていた音楽、なぜか韓国よりも洗練されていてかっこよく、なんとなく少し高いところに位置しているように聴こえていた音楽についてのアルバムになると思います。

「アメリカ」といっても現時点で存在しているアメリカという国ではなく、ただ学生時代にバスのシートに座っていたぼくのなかに漠然と存在していたアメリカ──。そんな音楽を自分なりに解釈して、音で表現したアルバムになると思います。

──250さんの音楽活動には、何かに縛られることのない“しなやかさ”を感じます。今後、どのようなミュージシャンでありたいと考えていますか。

期待してもらえるミュージシャンになりたいですね。 ぼくの名前でリリースされた曲には何か面白いアイデアがあり、ぼくがおもしろがってつくった部分がリスナーにも共有されて、聴く人もそれを楽しいと感じてくれる。そんな音楽をつくる人になれたらと思います。

KPOPの新たな地平を拓いた男、250(イオゴン)が語る音楽的ルーツとこれから
Photograph: Shintaro Yoshimatsu

(Edited by Daisuke Takimoto, Translated by Yuka Kuwahata)

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