『わが星』STAFF座談会
《佐藤恵×青木拓也×伊藤泰行×星野大輔》
「最強の、『わが星』スタッフチーム座談会」

(左から、星野大輔、佐藤恵、伊藤泰行、青木拓也)
初演から再々演までの6年間、『わが星』と共に走り続けたスタッフの面々も、この作品の重要なメンバーだった。舞台監督・佐藤恵、舞台美術・青木拓也、照明・伊藤泰行、音響・星野大輔、そして取材には同席できなかった衣裳・藤谷香子の5名を軸とした強力なチームワークがあったからこそ、あの劇空間が誕生したのだ。『わが星』再々演の大千秋楽前日、小豆島にて行われたスタッフ座談会を、本ホームページ最後の企画としてお届けする。
編集:熊井玲
◎柴作品との出合い
佐藤 柴さんとは『四色の色鉛筆があれば』(09年/シアタートラム)からで……でも、そもそもなんで誘われたんだっけ? 私が快快(の舞台監督)をやってたから、あの人なら大丈夫って思われたのかな?
星野 多分、(制作の)宮永と俺が先に知り合いで、「シアタートラムで公演するならちゃんとしたブカン(舞台監督)が必要だ」って話になって、仲介したような気がする。
佐藤 ああ、そうだったかもしれない。
青木 柴君とは星野さんが一番長い付き合い?
星野 そうだね、toi presents 2nd(宮永と女優の黒川深雪が主宰する演劇ユニット)の『14.√1.90』(08年/こまばアゴラ劇場)からだから。
伊藤 僕はこまばアゴラ劇場でやった「キレなかった14才♡りたーんず」(柴を含む同年代の演出家6名が09年に行った連続上演企画)からで、それ以来誘ってもらってます。
佐藤 衣裳の藤谷(香子)は、『わが星』初演(09年)からだったよね。
青木 僕はさめ(佐藤)と同じ、『四色〜』の時に呼んでもらいました。その時はほとんど美術がなくて……。
星野 靴の棚をつくったり(笑)。
青木 そうそう、傘立てつくったり(笑)。そのあとは『わが星』初演からずっとかかわらせてもらっています。
『わが星』初演の時は、作品づくりって普段、美術からスタートすることが多いと思うんですけど、最初に柴君の中にあったのは、「舞台を客席で囲みたい……かもしれない」みたいなぼんやりしたもので(笑)。その段階のプロットに、丸い舞台っていうことは書いてあったような気がするけど……。
佐藤 脚本を書く前に柴君が、丸い舞台にしたいって先に(青木に)相談してたね。で、のむー(『わが星』ドラマトゥルク・野村政之)が、スタッフを全員集めて、まず作品会議しようって働きかけてくれて。その流れで、柴君が台本を書き始めてからもしょっちゅう、相談を兼ねて集まってた気がします。
青木 もともと野村さんがほかでやっていたようなやり方を、『わが星』でも実践したんだと思います。だから最初からオールスタッフで集まって、お互いのセクションについても意見を出すってやり方で。
佐藤 そうやってみんなで言い合える環境になるかどうかは、作品にとって大きな違いですね。しかも柴君自身、「僕ここまで書いたんですけど、なんかいいアイデアないですか?」みたいなスタンスで(笑)。だからみんなで、“こういう作品になるなら、こういうことができるんじゃないか”って話したりして、それは普通とは違うつくり方で面白いなって思ってましたね。しかも完全円形の劇場は……。
全員 なかった〜。
佐藤 音響がブーブー言ってました(笑)。機材の量が倍だから!
星野 もしくは4倍!
佐藤 そう。プロセニアムの舞台なら一方向の客席に照明と音響をあてれば済むのが、表と裏、横からもだから……「予算もないのにマジで?」って(笑)。
青木 「本当に完全円形にするの?」って確認は、スタッフ間で結構ありましたね。円じゃなくて四角の方が、まだやりやすいんだよね。
全員 うん。
青木 しかも最初、舞台を球状にするって案もあって。「地球が埋まった、その表層がこんもりした山みたいに見えるようにしたい」って。僕自身は、完全円形と球状とどっちもいいなと思ってたんですけど、見積もりを出したところで球状の方はボツになりました(笑)。
佐藤 最終台本が出たのって初日の1週間前とかだったっけ?
青木 結構ぎりぎりだったよね。
佐藤 半分くらいまで(台本が)できた時に、柴君が「この後こうなると思うんです」って話をしてくれて。で、こちらも勝手にラストを想像しながら準備を進めていきました。ただ、そのころの柴君は、美術がよく分かんないって言ってて。
青木 そのころ、特に。
佐藤 台本もまだ途中だから、シンプルかつ汎用性のある、邪魔じゃないものはとりあえず舞台に置いてみようってことで、ちゃぶ台とパルック(舞台の中央で昇降していた蛍光灯の照明)を出すことになったと思うんです。あと丸いもので置けそうなもの。
星野 全部を丸にしようって意識はすごく高かったよね。四角の要素が一切ないように、例えばスピーカーも球状のものを吊るしたり。
佐藤 あれ、ろくに音も出てないんですけど吊るしてみて。
星野 テレビのシーンで、少しだけ音がしてるんです!
伊藤 予算の都合で毎回カット候補になるけど……。
星野 でもやっぱり採用されてる(笑)。
佐藤 照明でも丸いものをってことで、電球を出したりとかね。
青木 丸い座布団って話も出た気がするな。
星野 開演前の会場中は、黒い布を引いて(星を現す白い床面を)隠すっていうアイデアはどこで出て来たんだろうね?
青木 あれは「ビッグバンをやりたい」ってなった時に……。
伊藤 俺が言った記憶がある。ビッグバンの前に星があるのはおかしいって。
全員 ああ〜。
青木 で、ちょうどその時俺がシルク・ドゥ・ソレイユにハマってて、床面にぐわっと布が引きずり込まれるっていう演出を観たんですよ。三鷹ならちょうど客席の中央に穴があるから、あれをやりたいなって。
佐藤 ちゃぶ台の昇降はいつ思いついたんだろうね?
青木 さめが考えた気がする。
佐藤 そんな気もする(笑)。「家族のシーンにちゃぶ台は置きたいけど、そうじゃないシーンはなくしたい、もう魔法で消したい!」って考えて、思いついたような……。
青木 でもそうやって自分たちで首をしめる条件をつくって、そこから魔法が生まれるパターンが多かったかも。
伊藤 そうだね、お互いに首をしめ合ったりとか(笑)。

[photo : Hideaki Hamada]
◎“円”のイメージの拡がり
伊藤 照明については、一番最初に稽古を見た時に基本要素は思いついたんです。ただ円の周りに16個の照明を吊るすってことは、普通に考えたらけっこう面倒くさいことなので、それをやるかやらないかっていう逡巡がありました(笑)。でも結果やりますってことにして。16個って数は、(せりふに出てくる)「4秒」の4って数字を意識したからなんですよね。
佐藤 でもそういう照明になる意味を、キャストはいまいち分かってないまま小屋入りしたよね、多分。
青木 確かに「この等間隔の照明の真下に来るように動かなきゃいけないのか!」っていう驚きは、小屋入りしてからあった気がする(笑)。
佐藤 場当たりしてみたら、「マジで50センチずれたらダメなんだ! こんなシビアな作品なの?」ってびっくりしてた。
伊藤 それ、すげー言われた。
全員 アハハハ!
伊藤 でも初演は僕個人の作業としても、小屋入りする前に考えてた図面と実際で、かなり変えたと思います。しかも初演は、小屋入りしてから本番までの時間がものすごくタイトで……。
青木 そうだっけ?
伊藤 乗り打ちくらいの短さだった。だから場当たりとかも全然追いつかなくて、本当にどうなるか分からないままの初日で。
佐藤 稽古場では(実際の舞台の)実寸をとれないままだったしね。
青木 そうだ、稽古場では楕円だった。
伊藤 だから実寸でやるために、井の頭公園の広場で稽古したり。
佐藤 そうだった〜。
星野 音響も、いつもなら演出家と僕で、どこでどういう音楽を流すかっていう音響プランを考えるんですけど、『反復かつ連続』(07年初演)で柴がとりあえず自分で音響操作するってことを経験していたのと、『わが星』には作曲家(三浦康嗣)がいるので、僕は普段とは違うかかわり方になりました。具体的には、作曲家と演出家がまず音響プランを考えて、僕はそのプランをどう響かせるかってところを考えるっていう。ただ、初演では直前まで別の現場についてて、あまり『わが星』の稽古に行けなかったんですよ。その前にやった現代口語ミュージカル『御前会議』(08年/平田オリザ作)が、リズムに言葉を乗せる作品だったのでそのイメージはあったんですけど、1回稽古に行った時に、歩き回ってラップをする作品なのか〜と思って、また稽古の最終日に観に行ったら、「あれ? 曲がガンガンかかって回って歌ってる!」と思って、「これはちょっと、俺が考えてたような“生声”でやるのではダメだ!」と焦って、そこからいろんな音響さんに電話しました、「マイク貸してくれませんか、明日から!」って(笑)。
全員 アハハハ!
青木 そんなタイミングだったんだ〜。
星野 そう、もっと早く稽古観に行けば良かったよ。
伊藤 確か初演って、マイクが6人分しかなかったよね?
星野 そうそう、おねえちゃんとおばあちゃんは付けてなかった。
佐藤 6本までは安い値段で調達できたんだけど……。
星野 7本目から高くなって。でもとてもそんなお金がないから、ソロのラップがないおばあちゃんと、ソロはあるけどバックの曲が小さな音量でいいおねえちゃんはマイクなしで。
青木 全然記憶にないけど、そうだったっけ(笑)?
美術は、劇場空間を新たにつくるというか、劇場の中にもう一つ別のエリアをつくる気持ちで考えてました。さっきも話に出たけど、着想段階から円ってことは決まってて、でも具体的な客席の形はチラシのキービジュアルから発想しましたね。地球の上に山や建物があってでこぼこしてる、いびつだけど丸いあの感じが気持ちいいなと思ってて。ただ再演の時は6都市ツアーがあったので、効率性も考えて割と整った円にしたんです。でも僕は初演の形が好きだなと思ってたので、再々演ではちょっと初演に戻しました。まあ、その時その場所のバジェットとかによってもいろいろ選択肢が変わるので、意外と決まった形というのはなかったりするんですけど。でも毎回作品も変化していったので、その空気に合わせて、客席の扱い方やお客さんのいる場所を変化させられたらいいなと思ってはいましたね。
佐藤 私は……再々演の三鷹で気付いたんですけど、『わが星』の舞台美術はお客さんなんだなってことで。お客さんがにこにこと、360度舞台を囲んで客席を埋めてくれていることが美術なんだなって。
青木 その通り!
佐藤 (笑)だから客席(の雰囲気づくり)を頑張ろうと思ったんですよ。まあ、私しか思ってないかもしれないけど……。
青木 いや、それをやってることは伝わってきたよ。空気を固くしすぎないってこととか。
伊藤 確かに客席は真っ暗だし円だし、実は緊張を強いる状況だからね。
佐藤 そう。だから私が最終的に『わが星』でやったことは、客席までお客さんをちょうどいいテンションにいざなうことだったなって思います。
青木 ちょっと話がずれるかもしれないけど、再々演でラストにスモークを炊くアイデアがあったんですね。数回実験して取りやめになったんですが、俺はけっこう反対してて。一番大きな理由は、対岸のお客さんの顔が見えなくなるからだった。泣いたり笑ったりしてるいろんな顔が、『わが星』のクライマックスをつくってるという思いがあったので、だからさめちゃんが“お客さんが美術”っていうの、その通りだと思う。
伊藤 そういえば再々演では、ちゃぶ台とパルック(照明)をリニューアルしたんだよね。
青木 多分ほとんどの人は気付かなかったと思いますけど(笑)。
星野 実は形がスタイリッシュになってて。
伊藤 色も明るくなった。
佐藤 初演の時は昭和の設定だったのでそれを守ろうとしたところがあったんですよね。でも再々演でその設定を踏襲するかどうか話をして。結果、どこか違う星の違う文化の、昭和的な場所という想定にしようってことになって。
青木 で、ちょっと宇宙的なデザインで、軽やかさみたいなものも含まれた、和風モダンみたいな感じのちゃぶ台になったんです。
佐藤 でもそれは、衣裳を見た上でそういう話になったんだよね。
青木 そう、衣裳が飛ばしてきたから、「そういう感じが許されるなら周りもそっちに傾こう」って話があったと思います。
星野 いつも一番最後に決まるのが衣裳ってことが多いけど、今回めちゃくちゃ早かったよね。
伊藤 新しくつくったからね。でもまあ、そこまで衣裳の影響を受けたわけじゃないけど、照明も色数は再々演が一番多いです。
星野 音響は毎回プランが違ってますね。というのも自分の6年前と4年前と現在ではスキルが上がってきてるので、その時々にできる最大限を考えてやってきた結果、再々演ではこうなったという感じで。でも3回目でようやく、ちょっと胃が痛くなくなったかな……毎回『わが星』やるってなると「ウーン、どうしよう」って悩んでたので……。
全員 アハハハ!
星野 だって、音楽の音量を上げていくとキャストの声が聞こえなくなるし、でもマイクを使うと360度回転するからハウリングしやすくなるしで、そのせめぎ合いにずっと悩んでたんです。でも再々演で、そこはちょっとステップアップしたと思いますね、自分で言いますけど(笑)!

[photo : Hideaki Hamada]
◎このチームでなければ仕込めなかった
青木 小豆島公演については、多分これが正解だろうっていうのは、割と早い段階で全員が共有して、そんなに悩まなかった気がします。さめちゃんが最初に「こんな感じかな」って当て込んだところから、実際そんなに変わってないよね?
佐藤 そうですね。時間と予算と人で出来る可能な範囲でできることをやったら、シンプルではあるけど、意外とちゃんと劇場になった(笑)。
伊藤 逆に、シンプルじゃないとできなかったよね。
星野 そうだね。体育館だから、上空にバトンがないっていう前提条件があって、音響と照明を横から違和感なくあてるにはどうするかって部分は苦労しました。でも音響に関しては、体育館だからといって思ったほど“わん”って響く感じはなく、残響も長くはなくて。下見の段階で、これだったら大丈夫って思ってたし、(窓に)みんなが暗幕をたくさん吊ってくれたおかげで……。
佐藤 そう、私たちがやってあげた(笑)。でも体育館でやるのに圧倒的に不利な条件って言うのはやっぱりいくつかあって、一つは今言ったバトンがないこと。もう一つはちゃんと暗転するか分からないってこと。あと、冷房が利くかどうかってこと。
星野 でも冷房は入れて良かったよね〜。最初、窓を開けて扇風機なんて案もあったけど、ムリムリ!
伊藤 騒音とのバランスがねぇ。
青木 虫も入って来るから窓開けられなかったし。それは行ってみてから分かったことだけどね。
佐藤 あと体育館だからこそ大変だったことってある?
伊藤 電源の問題かな。
全員 ああ〜。
佐藤 確かに照明は電気をバカスカ使うから、外部電源を持ち込んで配線して……。劇場だったらコンセントに入れたら終わりだけど、発電機から引き回して機械かませて、ケーブルも危なくないように処置して……。それはすごく大変だった。
伊藤 そもそも仮設(劇場をつくるため)のノウハウがなかったから、やっぱり大変だったところはあるよね。
星野 そうだね。イトキン(伊藤)しかその経験なかったんじゃない? イトキンは別の現場でよくやってるから、一番よく手順が分かってたと思うけど。
青木 でも、一つの作品専用の劇場をつくるのって俺にとっては夢でもあったので、今回はいい経験させてもらったなと思います。



◎『わが星』はどんな作品だったか
佐藤 暗転利かせるとか円をきれいにみせるとか……すごく細かいことに手間がかかってすごく大変なんだけど、面白いからやろうかなって気持ちでやってきた……『わが星』はそういう公演ですね。
星野 初演・再演まではオペレートするのに必死だったから、この作品を自分がお客として観たらどうなんだろうってところまで、実はあまり想像できずにやってたんです。でも再々演でようやく気持ちの余裕ができてきて、「これはきっと、お客としても面白い作品だと思えるな!」と思いながらやれました。あと、ただ淡々と進むような芝居ではなく、どんどんアクションが起きる、起こしていく芝居だなと思いますね。
青木 僕はこの中では一人だけ、客席で作品を観られる立場なんですよね。お客としては、もう初演の時なんかズタボロに泣いちゃったくらい好きなんです。
全員 アハハハ!
青木 こんな話をすると柴君に笑われると思うんですけど(笑)、だからとってもかかわれて楽しかったです。美術家がツアーにも付いて行くことってなかなかできないですけど、一緒にツアーを回るうちに作品がどんどん変わっていくのが分かったし、特に再々演ですごく変わった部分があって、そういう変化する、成長できる作品をつくれたのはとってもありがたかった。あと、スタッフがこうやって議論しながらつくっていくやり方は、自分をすごく成長させてくれたなと思います。なかなか臆病になってしまって自分の意見が言えない現場もありますけど、何よりもまず作品のクオリティーを考えるべきだと思えたのは、『わが星』のおかげかなと思います。
伊藤 まあ、この関係性じゃなかったら、小豆島(公演)は仕込めてなかったと思う。
佐藤 言い合えるようになったからね、わがまま。
青木 確かに限られた条件の中でよくやったよね。って、こんなにズケズケと言えるのは、このメンバーだからだと思います!

[photo : Hideaki Hamada]

[photo : Hideaki Hamada]
【佐藤恵(さとう・めぐみ)】
1983年生まれ。舞台監督。演劇・ダンス・音楽の現場と、そのどれとも説明しにくいイベントをどうにかする仕事をやっています。
【青木拓也(あおき・たくや)】
1984年生まれ。舞台美術家。日本大学芸術学部演劇学科卒。演劇やコンテンポラリーダンスなどの作品に多く携わる。
【伊藤泰行(いとう・ひろゆき)】
1983年生まれ。桜美林大学卒業後、フリーの舞台照明家として活動中。近年は吉本有輝子氏に師事。
【星野大輔(ほしの・だいすけ)】
1983年生まれ。舞台の音響家。有限会社サウンドウィーズ所属。芝居、コンテンポラリーダンスの現場の音響を担当する。














