『わが星』STAFF座談会

《佐藤恵×青木拓也×伊藤泰行×星野大輔》

「最強の、『わが星』スタッフチーム座談会」

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(左から、星野大輔、佐藤恵、伊藤泰行、青木拓也)

初演から再々演までの6年間、『わが星』と共に走り続けたスタッフの面々も、この作品の重要なメンバーだった。舞台監督・佐藤恵、舞台美術・青木拓也、照明・伊藤泰行、音響・星野大輔、そして取材には同席できなかった衣裳・藤谷香子の5名を軸とした強力なチームワークがあったからこそ、あの劇空間が誕生したのだ。『わが星』再々演の大千秋楽前日、小豆島にて行われたスタッフ座談会を、本ホームページ最後の企画としてお届けする。

編集:熊井玲


◎柴作品との出合い

佐藤 柴さんとは『四色の色鉛筆があれば』(09年/シアタートラム)からで……でも、そもそもなんで誘われたんだっけ? 私が快快(の舞台監督)をやってたから、あの人なら大丈夫って思われたのかな?

星野 多分、(制作の)宮永と俺が先に知り合いで、「シアタートラムで公演するならちゃんとしたブカン(舞台監督)が必要だ」って話になって、仲介したような気がする。

佐藤 ああ、そうだったかもしれない。

青木 柴君とは星野さんが一番長い付き合い?

星野 そうだね、toi presents 2nd(宮永と女優の黒川深雪が主宰する演劇ユニット)の『14.√1.90』(08年/こまばアゴラ劇場)からだから。

伊藤 僕はこまばアゴラ劇場でやった「キレなかった14才♡りたーんず」(柴を含む同年代の演出家6名が09年に行った連続上演企画)からで、それ以来誘ってもらってます。

佐藤 衣裳の藤谷(香子)は、『わが星』初演(09年)からだったよね。

青木 僕はさめ(佐藤)と同じ、『四色〜』の時に呼んでもらいました。その時はほとんど美術がなくて……。

星野 靴の棚をつくったり(笑)。

青木 そうそう、傘立てつくったり(笑)。そのあとは『わが星』初演からずっとかかわらせてもらっています。
 『わが星』初演の時は、作品づくりって普段、美術からスタートすることが多いと思うんですけど、最初に柴君の中にあったのは、「舞台を客席で囲みたい……かもしれない」みたいなぼんやりしたもので(笑)。その段階のプロットに、丸い舞台っていうことは書いてあったような気がするけど……。

佐藤 脚本を書く前に柴君が、丸い舞台にしたいって先に(青木に)相談してたね。で、のむー(『わが星』ドラマトゥルク・野村政之)が、スタッフを全員集めて、まず作品会議しようって働きかけてくれて。その流れで、柴君が台本を書き始めてからもしょっちゅう、相談を兼ねて集まってた気がします。

青木 もともと野村さんがほかでやっていたようなやり方を、『わが星』でも実践したんだと思います。だから最初からオールスタッフで集まって、お互いのセクションについても意見を出すってやり方で。

佐藤 そうやってみんなで言い合える環境になるかどうかは、作品にとって大きな違いですね。しかも柴君自身、「僕ここまで書いたんですけど、なんかいいアイデアないですか?」みたいなスタンスで(笑)。だからみんなで、“こういう作品になるなら、こういうことができるんじゃないか”って話したりして、それは普通とは違うつくり方で面白いなって思ってましたね。しかも完全円形の劇場は……。

全員 なかった〜。

佐藤 音響がブーブー言ってました(笑)。機材の量が倍だから!

星野 もしくは4倍!

佐藤 そう。プロセニアムの舞台なら一方向の客席に照明と音響をあてれば済むのが、表と裏、横からもだから……「予算もないのにマジで?」って(笑)。

青木 「本当に完全円形にするの?」って確認は、スタッフ間で結構ありましたね。円じゃなくて四角の方が、まだやりやすいんだよね。

全員 うん。

青木 しかも最初、舞台を球状にするって案もあって。「地球が埋まった、その表層がこんもりした山みたいに見えるようにしたい」って。僕自身は、完全円形と球状とどっちもいいなと思ってたんですけど、見積もりを出したところで球状の方はボツになりました(笑)。

佐藤 最終台本が出たのって初日の1週間前とかだったっけ?

青木 結構ぎりぎりだったよね。

佐藤 半分くらいまで(台本が)できた時に、柴君が「この後こうなると思うんです」って話をしてくれて。で、こちらも勝手にラストを想像しながら準備を進めていきました。ただ、そのころの柴君は、美術がよく分かんないって言ってて。

青木 そのころ、特に。

佐藤 台本もまだ途中だから、シンプルかつ汎用性のある、邪魔じゃないものはとりあえず舞台に置いてみようってことで、ちゃぶ台とパルック(舞台の中央で昇降していた蛍光灯の照明)を出すことになったと思うんです。あと丸いもので置けそうなもの。

星野 全部を丸にしようって意識はすごく高かったよね。四角の要素が一切ないように、例えばスピーカーも球状のものを吊るしたり。

佐藤 あれ、ろくに音も出てないんですけど吊るしてみて。

星野 テレビのシーンで、少しだけ音がしてるんです!

伊藤 予算の都合で毎回カット候補になるけど……。

星野 でもやっぱり採用されてる(笑)。

佐藤 照明でも丸いものをってことで、電球を出したりとかね。

青木 丸い座布団って話も出た気がするな。

星野 開演前の会場中は、黒い布を引いて(星を現す白い床面を)隠すっていうアイデアはどこで出て来たんだろうね?

青木 あれは「ビッグバンをやりたい」ってなった時に……。

伊藤 俺が言った記憶がある。ビッグバンの前に星があるのはおかしいって。

全員 ああ〜。

青木 で、ちょうどその時俺がシルク・ドゥ・ソレイユにハマってて、床面にぐわっと布が引きずり込まれるっていう演出を観たんですよ。三鷹ならちょうど客席の中央に穴があるから、あれをやりたいなって。

佐藤 ちゃぶ台の昇降はいつ思いついたんだろうね?

青木 さめが考えた気がする。

佐藤 そんな気もする(笑)。「家族のシーンにちゃぶ台は置きたいけど、そうじゃないシーンはなくしたい、もう魔法で消したい!」って考えて、思いついたような……。

青木 でもそうやって自分たちで首をしめる条件をつくって、そこから魔法が生まれるパターンが多かったかも。

伊藤 そうだね、お互いに首をしめ合ったりとか(笑)。

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[photo : Hideaki Hamada]


◎“円”のイメージの拡がり

伊藤 照明については、一番最初に稽古を見た時に基本要素は思いついたんです。ただ円の周りに16個の照明を吊るすってことは、普通に考えたらけっこう面倒くさいことなので、それをやるかやらないかっていう逡巡がありました(笑)。でも結果やりますってことにして。16個って数は、(せりふに出てくる)「4秒」の4って数字を意識したからなんですよね。

佐藤 でもそういう照明になる意味を、キャストはいまいち分かってないまま小屋入りしたよね、多分。

青木 確かに「この等間隔の照明の真下に来るように動かなきゃいけないのか!」っていう驚きは、小屋入りしてからあった気がする(笑)。

佐藤 場当たりしてみたら、「マジで50センチずれたらダメなんだ! こんなシビアな作品なの?」ってびっくりしてた。

伊藤 それ、すげー言われた。

全員 アハハハ!

伊藤 でも初演は僕個人の作業としても、小屋入りする前に考えてた図面と実際で、かなり変えたと思います。しかも初演は、小屋入りしてから本番までの時間がものすごくタイトで……。

青木 そうだっけ?

伊藤 乗り打ちくらいの短さだった。だから場当たりとかも全然追いつかなくて、本当にどうなるか分からないままの初日で。

佐藤 稽古場では(実際の舞台の)実寸をとれないままだったしね。

青木 そうだ、稽古場では楕円だった。

伊藤 だから実寸でやるために、井の頭公園の広場で稽古したり。

佐藤 そうだった〜。

星野 音響も、いつもなら演出家と僕で、どこでどういう音楽を流すかっていう音響プランを考えるんですけど、『反復かつ連続』(07年初演)で柴がとりあえず自分で音響操作するってことを経験していたのと、『わが星』には作曲家(三浦康嗣)がいるので、僕は普段とは違うかかわり方になりました。具体的には、作曲家と演出家がまず音響プランを考えて、僕はそのプランをどう響かせるかってところを考えるっていう。ただ、初演では直前まで別の現場についてて、あまり『わが星』の稽古に行けなかったんですよ。その前にやった現代口語ミュージカル『御前会議』(08年/平田オリザ作)が、リズムに言葉を乗せる作品だったのでそのイメージはあったんですけど、1回稽古に行った時に、歩き回ってラップをする作品なのか〜と思って、また稽古の最終日に観に行ったら、「あれ? 曲がガンガンかかって回って歌ってる!」と思って、「これはちょっと、俺が考えてたような“生声”でやるのではダメだ!」と焦って、そこからいろんな音響さんに電話しました、「マイク貸してくれませんか、明日から!」って(笑)。

全員 アハハハ!

青木 そんなタイミングだったんだ〜。

星野 そう、もっと早く稽古観に行けば良かったよ。

伊藤 確か初演って、マイクが6人分しかなかったよね?

星野 そうそう、おねえちゃんとおばあちゃんは付けてなかった。

佐藤 6本までは安い値段で調達できたんだけど……。

星野 7本目から高くなって。でもとてもそんなお金がないから、ソロのラップがないおばあちゃんと、ソロはあるけどバックの曲が小さな音量でいいおねえちゃんはマイクなしで。

青木 全然記憶にないけど、そうだったっけ(笑)? 
 美術は、劇場空間を新たにつくるというか、劇場の中にもう一つ別のエリアをつくる気持ちで考えてました。さっきも話に出たけど、着想段階から円ってことは決まってて、でも具体的な客席の形はチラシのキービジュアルから発想しましたね。地球の上に山や建物があってでこぼこしてる、いびつだけど丸いあの感じが気持ちいいなと思ってて。ただ再演の時は6都市ツアーがあったので、効率性も考えて割と整った円にしたんです。でも僕は初演の形が好きだなと思ってたので、再々演ではちょっと初演に戻しました。まあ、その時その場所のバジェットとかによってもいろいろ選択肢が変わるので、意外と決まった形というのはなかったりするんですけど。でも毎回作品も変化していったので、その空気に合わせて、客席の扱い方やお客さんのいる場所を変化させられたらいいなと思ってはいましたね。

佐藤 私は……再々演の三鷹で気付いたんですけど、『わが星』の舞台美術はお客さんなんだなってことで。お客さんがにこにこと、360度舞台を囲んで客席を埋めてくれていることが美術なんだなって。

青木 その通り!

佐藤 (笑)だから客席(の雰囲気づくり)を頑張ろうと思ったんですよ。まあ、私しか思ってないかもしれないけど……。

青木 いや、それをやってることは伝わってきたよ。空気を固くしすぎないってこととか。

伊藤 確かに客席は真っ暗だし円だし、実は緊張を強いる状況だからね。

佐藤 そう。だから私が最終的に『わが星』でやったことは、客席までお客さんをちょうどいいテンションにいざなうことだったなって思います。

青木 ちょっと話がずれるかもしれないけど、再々演でラストにスモークを炊くアイデアがあったんですね。数回実験して取りやめになったんですが、俺はけっこう反対してて。一番大きな理由は、対岸のお客さんの顔が見えなくなるからだった。泣いたり笑ったりしてるいろんな顔が、『わが星』のクライマックスをつくってるという思いがあったので、だからさめちゃんが“お客さんが美術”っていうの、その通りだと思う。

伊藤 そういえば再々演では、ちゃぶ台とパルック(照明)をリニューアルしたんだよね。

青木 多分ほとんどの人は気付かなかったと思いますけど(笑)。

星野 実は形がスタイリッシュになってて。

伊藤 色も明るくなった。

佐藤 初演の時は昭和の設定だったのでそれを守ろうとしたところがあったんですよね。でも再々演でその設定を踏襲するかどうか話をして。結果、どこか違う星の違う文化の、昭和的な場所という想定にしようってことになって。

青木 で、ちょっと宇宙的なデザインで、軽やかさみたいなものも含まれた、和風モダンみたいな感じのちゃぶ台になったんです。

佐藤 でもそれは、衣裳を見た上でそういう話になったんだよね。

青木 そう、衣裳が飛ばしてきたから、「そういう感じが許されるなら周りもそっちに傾こう」って話があったと思います。

星野 いつも一番最後に決まるのが衣裳ってことが多いけど、今回めちゃくちゃ早かったよね。

伊藤 新しくつくったからね。でもまあ、そこまで衣裳の影響を受けたわけじゃないけど、照明も色数は再々演が一番多いです。

星野 音響は毎回プランが違ってますね。というのも自分の6年前と4年前と現在ではスキルが上がってきてるので、その時々にできる最大限を考えてやってきた結果、再々演ではこうなったという感じで。でも3回目でようやく、ちょっと胃が痛くなくなったかな……毎回『わが星』やるってなると「ウーン、どうしよう」って悩んでたので……。

全員 アハハハ!

星野 だって、音楽の音量を上げていくとキャストの声が聞こえなくなるし、でもマイクを使うと360度回転するからハウリングしやすくなるしで、そのせめぎ合いにずっと悩んでたんです。でも再々演で、そこはちょっとステップアップしたと思いますね、自分で言いますけど(笑)!

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[photo : Hideaki Hamada]


◎このチームでなければ仕込めなかった

青木 小豆島公演については、多分これが正解だろうっていうのは、割と早い段階で全員が共有して、そんなに悩まなかった気がします。さめちゃんが最初に「こんな感じかな」って当て込んだところから、実際そんなに変わってないよね?

佐藤 そうですね。時間と予算と人で出来る可能な範囲でできることをやったら、シンプルではあるけど、意外とちゃんと劇場になった(笑)。

伊藤 逆に、シンプルじゃないとできなかったよね。

星野 そうだね。体育館だから、上空にバトンがないっていう前提条件があって、音響と照明を横から違和感なくあてるにはどうするかって部分は苦労しました。でも音響に関しては、体育館だからといって思ったほど“わん”って響く感じはなく、残響も長くはなくて。下見の段階で、これだったら大丈夫って思ってたし、(窓に)みんなが暗幕をたくさん吊ってくれたおかげで……。

佐藤 そう、私たちがやってあげた(笑)。でも体育館でやるのに圧倒的に不利な条件って言うのはやっぱりいくつかあって、一つは今言ったバトンがないこと。もう一つはちゃんと暗転するか分からないってこと。あと、冷房が利くかどうかってこと。

星野 でも冷房は入れて良かったよね〜。最初、窓を開けて扇風機なんて案もあったけど、ムリムリ!

伊藤 騒音とのバランスがねぇ。

青木 虫も入って来るから窓開けられなかったし。それは行ってみてから分かったことだけどね。

佐藤 あと体育館だからこそ大変だったことってある?

伊藤 電源の問題かな。

全員 ああ〜。

佐藤 確かに照明は電気をバカスカ使うから、外部電源を持ち込んで配線して……。劇場だったらコンセントに入れたら終わりだけど、発電機から引き回して機械かませて、ケーブルも危なくないように処置して……。それはすごく大変だった。

伊藤 そもそも仮設(劇場をつくるため)のノウハウがなかったから、やっぱり大変だったところはあるよね。

星野 そうだね。イトキン(伊藤)しかその経験なかったんじゃない? イトキンは別の現場でよくやってるから、一番よく手順が分かってたと思うけど。

青木 でも、一つの作品専用の劇場をつくるのって俺にとっては夢でもあったので、今回はいい経験させてもらったなと思います。

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◎『わが星』はどんな作品だったか

佐藤 暗転利かせるとか円をきれいにみせるとか……すごく細かいことに手間がかかってすごく大変なんだけど、面白いからやろうかなって気持ちでやってきた……『わが星』はそういう公演ですね。

星野 初演・再演まではオペレートするのに必死だったから、この作品を自分がお客として観たらどうなんだろうってところまで、実はあまり想像できずにやってたんです。でも再々演でようやく気持ちの余裕ができてきて、「これはきっと、お客としても面白い作品だと思えるな!」と思いながらやれました。あと、ただ淡々と進むような芝居ではなく、どんどんアクションが起きる、起こしていく芝居だなと思いますね。

青木 僕はこの中では一人だけ、客席で作品を観られる立場なんですよね。お客としては、もう初演の時なんかズタボロに泣いちゃったくらい好きなんです。

全員 アハハハ!

青木 こんな話をすると柴君に笑われると思うんですけど(笑)、だからとってもかかわれて楽しかったです。美術家がツアーにも付いて行くことってなかなかできないですけど、一緒にツアーを回るうちに作品がどんどん変わっていくのが分かったし、特に再々演ですごく変わった部分があって、そういう変化する、成長できる作品をつくれたのはとってもありがたかった。あと、スタッフがこうやって議論しながらつくっていくやり方は、自分をすごく成長させてくれたなと思います。なかなか臆病になってしまって自分の意見が言えない現場もありますけど、何よりもまず作品のクオリティーを考えるべきだと思えたのは、『わが星』のおかげかなと思います。

伊藤 まあ、この関係性じゃなかったら、小豆島(公演)は仕込めてなかったと思う。

佐藤 言い合えるようになったからね、わがまま。

青木 確かに限られた条件の中でよくやったよね。って、こんなにズケズケと言えるのは、このメンバーだからだと思います!

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[photo : Hideaki Hamada]

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[photo : Hideaki Hamada]


【佐藤恵(さとう・めぐみ)】
1983年生まれ。舞台監督。演劇・ダンス・音楽の現場と、そのどれとも説明しにくいイベントをどうにかする仕事をやっています。

【青木拓也(あおき・たくや)】
1984年生まれ。舞台美術家。日本大学芸術学部演劇学科卒。演劇やコンテンポラリーダンスなどの作品に多く携わる。

【伊藤泰行(いとう・ひろゆき)】
1983年生まれ。桜美林大学卒業後、フリーの舞台照明家として活動中。近年は吉本有輝子氏に師事。

【星野大輔(ほしの・だいすけ)】
1983年生まれ。舞台の音響家。有限会社サウンドウィーズ所属。芝居、コンテンポラリーダンスの現場の音響を担当する。


ことば-と-コトバ SPECIAL②《柴幸男×宇多丸》

『わが星』再々演記念 特別対談企画《柴幸男×ラッパー対談》

柴幸男×宇多丸「未来をどう描き、今をどう見るか」

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(左:宇多丸 右:柴幸男)

『わが星』東京公演のアフタートークゲストとして出演してくれたライムスターの宇多丸。このラッパー対談企画を読んでくれていた宇多丸から「ぜひ僕も!」と言ってもらったことから実現した今回の対談。さまざまなテーマに触れた約3時間の対話を《前編》と《後編》の2回に分けてお届けするスペシャル版。その後編。《前編はコチラ

編集:熊井玲


◎思い込みを取り払う

柴 3年前に瀬戸内国際芸術祭に呼んでもらって、「小豆島で何かやってほしい」って依頼を受けたんです。で、実際に島を訪れて「演劇やってます」って島の人に言うと、「じゃあ何かやってくれ!」って言われるんですね。「いや、でも僕は台本書いてるだけなんで……」って言うと、“なんだコイツ何もできないのか”って目で見られて(笑)。

宇多丸 アハハハ!

柴 それは一緒に行った俳優たちも同じで、「私たち台本ないと何もできないので……」って。その時に、“僕たち演劇をずっとやってきたって言ってるけど、一人じゃ何もできないんだ”ってことを痛感したんです。で、方法論を一から変えて、それぞれが演劇を生み出せるようになろうって。紙芝居をやったり、まち歩きをしたり。でも2年経って最近ようやく、“演劇をやってるやつらだ”って認識されてきたので(笑)、今年『わが星』をやろうということになりました。

宇多丸 なるほどね。島で、あらためて“外部”を意識したんですね。それ、すごくいい試練じゃないですか。

柴 そうですね。そもそも『わが星』で岸田國士戯曲賞をいただいた頃は、東京で、メジャーで、ヒット曲出さなきゃ!みたいな指向だったんですね。もちろんそれに向いてる人もいるだろうし、そういう人も必要だとは思うんですけど、僕自身は「アレ?」って思ってる時期で、その時たまたま小豆島の仕事が来て。

宇多丸 わあ、それ自体がストーリーになりますね!

柴 そうですね(笑)。あと、そのころ、横浜の象の鼻テラスっていう無料休憩所で、観光客とか偶然その場に居合わせた人を相手に演劇をやり始めて。

宇多丸 わあ、ハードな観客ですね。それは厳しいですよ、絶対にやりたくない(笑)!

柴 でも僕らの方で、演劇ってこういうものだっていう鎧みたいな思い込みを取り払っていくと、その場にいる人に、とりあえず僕らの作品を受け入れてもらえるようになりました。まあその人たちがその後、劇場に行くようになるかどうか、全然分からないんですけど……。

宇多丸 僕も定期的にアウェー戦をやらないとバカになると思ってて。自分たちを知らない、好意を持ってない客前でどう攻略するかっていうことをやらないと、ぬるくなっていくというか。その経験は大きかったでしょう?

柴 そうですね。僕の中では非常に。東京って場所や、演劇って枠組みにとらわれてたのは自分のほうだったんだ、って発見がありました。だからその後、東京以外の場所でつくったものを東京に持って来てみたり、あるいは屋外の無料公演もいいけど、劇場公演も大事だなって気付いたり。あと、これは□□□の三浦康嗣さんが言っていたことなんですけど、権力構造がはっきり分かる作品はあまり興味が持てない、と。例えば台本が一番で、演出家がそれに従ってこうやれって指示する、みたいなことがすぐに分かるような作品にはあまり新しさを見いだせない、と。たしかにそうだなと思いました。『わが星』も、初演のころは僕が全部ラップの譜割をして、自分で指示していたんです。でも、島では照明も音響ないし、(上演する)場所もいろいろで、僕が100パーセント作品をコントロールすることは難しくなった。結果、どんどん人に任せなきゃいけなくなり、スタッフやキャストがそれぞれ判断するつくり方になったんです。その影響で、『わが星』再々演も、僕が全部を指示するのではなくなりました。

宇多丸 それはちょっと分かるな。よく制御されてる、見事につくり手の意図通りになった完璧なものって、感心はするけどそれ以上にならないっていうか、つくり手のどや顔が見えて萎えちゃうというか(笑)。ただそれがもっと高度になると―――例えば伊東四朗さんの軽喜劇での演技が、まるで本当にその日にアクシデントが起きたように自然に見えたり―――って域にいったりもするのかもしれないですね。


◎“場”をいかに広げるか

柴 ライムスターは新たなレーベルをつくったり、フェスを企画したり、自分たちだけの活動じゃなくてさまざまな“場”をつくっていますよね。そうやって、自分たちのアルバム制作だけじゃなくて、継続的な何かで物事を動かそうとしているのかなと感じるんですが、そういうことをメンバー間で話し合ったりしていますか?

宇多丸 あんまりその、長期的なビジョンでこうしようっていうのはないかなあ。例えば“ヒップホップの未来のために、今これが必要だからやろう”とかってことは考えない。でもそうですね、これは単純に僕らの感じですけど、外の世界とのハブにならないと、みたいなことは常に言ってて。ラジオやフェスをやってるのも、僕らを通してヒップホップ界の人には異ジャンルを知ってもらい、異ジャンルの人には若いヒップホップの人を知ってもらいたくて、やらないとって思ってます。でも例えば平田オリザさんのようなグランドデザインを描くなんてことはとてもできないですけど……。

柴 以前は僕、一つ強い作品をつくって多くの人に観せたいとか、観客人口を増やしたいって言ってたんですけど、小豆島に行ってから意識が変わってきて。おじさんたちって結局、いまさら人の話なんて聴きたくないんですよね(笑)。それよりどっちかっていうと自分の話を聞いて欲しい。そうなると、これから社会がもっと高齢化してきたら、“演劇は観るものじゃなくてやるものだ”ってことにしたほうが演劇人口を絶やさないんじゃないかなあって思って。

宇多丸 それはめちゃめちゃそうかもしれない!

柴 つまらない演劇を観るのはつまらない映画以上に苦痛なんですけど(笑)、でも不思議とつまらない演劇でもやってる方は面白いんですよね。だから100年後、200年後、「お前のを観てやったんだから今度は俺のも観てね」みたいなことが演劇のやり方になったら面白いなあって。で、その時にもし僕の台本を使いたければどうぞ、っていう。

宇多丸 ヒップホップも、聴いてる側の、“自分もやってる”率が異常に高いんですよね。それは、とりあえずやってみることができるからだと思うんですけど。ラップに限らず、若者文化としてブレイクするのって、その前の文化より技術的に難しくないってことが大事だと思うんです。ロックはそれ以前の音楽より乱暴なものとして出てきたし、その後のパンクは楽器なんてろくに弾けなくてもいいってことで流行した。さらにその後のヒップホップは、楽器を弾かないし歌わなくても出来る音楽ですし。演劇でも、一般の人が“これならできそう”って思えるフォーマットがあると波及力が高くなるんじゃないですかね。出来ないなりにやってみたくなるような。

柴 確かに、演劇のフォーマットを変えられないかってことは、僕も最近よく考えるんです。よく「あんなに長いせりふよく覚えられますね」ってお年寄りの方に言われたりするんですけど、別にせりふを覚えなくても良い演劇のつくり方や台本があれば、演劇がもう一段、ポップなものになるんじゃないかと思ってて。ただその反面、プロとアマの差がなくなるんじゃないかっていう危惧も僕の中であって。プロもアマも平等に演劇をやれるようにしたいって気持ちと、そこは一線を引きたいって気持ちのせめぎ合いですね(笑)。

宇多丸 でも多分それは、「みんなもできるよ~」って呼びかけて、ある程度はみんなできるんだけど、それより上は「やっぱプロってすごいんだ」って気付きになるんじゃないかな。

柴 ああ~そうかあ。

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◎“終わり”をイメージするか

柴 宇多丸さんはライムスターの終わらせ方って考えてますか? つまり続けられるところまでいくのか、あるタイミングで終わらせるものと考えているのか……。
というのは、平田オリザは55歳でとりあえず劇団代表を辞めるってことを数年前から言っているんです。もうすぐ55歳になるんですが、すぐに劇団が解散するわけではないんですけど、主宰をやめる準備はどうやらしているみたいで。僕も劇団を今“やってしまっている”ので(笑)、どういうビジョンを持って集団を舵取りしていったらいいのかなってことをよく考えるんです。

宇多丸 僕は……うーん、すごく正直なことをいえば、長期的なビジョンを考えるタイプではないので、あんまり考えてないですけど、まあ身体が動かなくなって、身体的な限界がきたら考えるかもしれないですね。でも1回活動休止したことは良かったので、理由とか期間は違うかもしれないけど、そういうことはまたあるかもしれないです。ただ、46歳までラッパーをやってること自体想定してたかっていうとしてなかったので、あんまり先のことを考えないというか、計画を立てすぎない方がいいってこともあるかもしれないですよね。まあ、単純に現実逃避かもしれないですけど(笑)。


《前編はコチラ


【宇多丸(うたまる)】
1969年、東京都生まれ。ヒップホップ・グループ「ライムスター(RHYMESTER)」のラッパー。1989年、Mummy-Dとグループ結成。ヒップホップ黎明期よりシーンを牽引してきた。近年では定評のあるトークスキルで、ラジオパーソナリティとしてもブレイク。2007年4月にTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』がスタートすると、趣向を凝らした特集や、本音で語りつくす映画批評コーナーが話題に。2009年には第46回ギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞した。2015年7月、ニューアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』をリリース。

www.rhymester.jp
www.tbsradio.jp/utamaru/


ことば-と-コトバ SPECIAL①《柴幸男×宇多丸》

『わが星』再々演記念 特別対談企画《柴幸男×ラッパー対談》

柴幸男×宇多丸「“新しさ”は、どこにあるか?」

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(左:宇多丸 右:柴幸男)

『わが星』東京公演のアフタートークゲストとして出演してくれたライムスターの宇多丸。このラッパー対談企画を読んでくれていた宇多丸から「ぜひ僕も!」と言ってもらったことから実現した今回の対談。さまざまなテーマに触れた約3時間の対話を《前編》と《後編》の2回に分けてお届けするスペシャル版。その前編。

編集:熊井玲


◎他のものに置き換えられない表現

柴 もともと日本語のヒップホップを聴くようになったきかっけはライムスターなんです。ただ最初はどちらかというとヒップホップを敬遠してて。ただ悪そうっていうか(笑)、自分たちの文化じゃないものを借りて身にまとっているような感じに見えたところがあったんですね。でも大学の時に友人の家で「ウワサの真相」のPVを見て、その後にクレイジーケンバンドの「肉体関係」という曲がライムスターに“逆フィーチャリング”されてるのを知って、こんなことができるんだ!ってすごく驚いて。そこからライムスターの曲をいろいろ聴くうちに「これはただ(海外のラップを)輸入してるんじゃないな、再解釈して再構築してるのか、面白そうな人たちだなと思ったんです。

宇多丸 うれしいなあ。いまおっしゃった『ウワサの真相』ってアルバムは、いろんなジャンルのミュージシャンとセッションして曲を作り直すってコンセプトだったんですけど、最近のインタビューでもライムスターのキャリア史上、一番のターニングポイントだったという話によくなりますね。あれによって僕ら自身が音楽的に成長できたっていうのももちろんあるんですけど、何よりすごく間口が広がったので。

柴 演劇は相当間口が狭い中でやってるって自覚があるんですけど、端から見てると実はヒップホップも似た状況なんじゃないかと思ってて。

宇多丸 うん、特に僕らの年代はその意識が強いかもしれないですね。さらに若い世代になるともう自給自足ができてるんだけど。

柴 自給自足?

宇多丸 シーンとしては小さいんだけど、特に2010年代以降くらいかな、テクノロジーやインフラの進歩のおかげで、“作品を発表する”ということに対するハードルが劇的に下がったじゃないですか。だから作品を発表すること自体は簡単にできるし、今のヒップホップシーンの、特にヘッズと呼ばれる熱心なリスナーとかファンに向けてだったら、もうそれで十分に届く。さらにライブも良ければそこそこライブ営業でもお金が入るし、メジャーと違って中間搾取されることもないから、CDをつくればある程度お金も入るし。それで回っちゃうから、メジャーにでる意味とかが今はないなっていう。その点、僕らの世代はなんとか外に向けて発信していかなきゃって思ってたし、今もまだそれを考えてるんですけど。

柴 宇多丸さんは演劇もいろいろご覧になってるんですよね? イキウメとか……。

宇多丸 らくだ工務店さんとかね。まだまだ観られてないですが。

柴 ままごとは『わが星』の映像をまず最初に見てくださって。

宇多丸 はい。(放送作家の)せのちん(妹尾匡夫)さんが『わが星』の再演を観に行って、「劇場で観ると全然違うよ!行ったほうがいいよ!!」って絶賛してたから、行きたい行きたいとは思ってたんですけどタイミングが合わなくて。でも、(劇団から)DVDを送っていただいて拝見したのはもっとずっと前ですよね。見始めてすぐ、なんで僕のところに送ってくれたのか分かりました。そこから先はもう、あの発想にやられちゃって。いつも僕、その作品が他のジャンルの表現に置き換え可能かどうかを考えるんです。「でもこれって他のメディアでもできることなのでは?」って思えると点数が低くなる(笑)。例えば映画だったら、「映画ならでは」の語り口や手法で面白さが生じているかどうか、というのが大きな評価ポイントになる。そこへ行くと『わが星』は、「これは演劇でしかできない表現だな、他のものに置き換えられない」って思ったんですよね。しかも演劇って、数ある表現の中でもすごく古いものなのに、この期に及んで(笑)まだ新しいものってできるんだ、と。で、今年ようやく再々演を見ることができたんです。最高でした。しかも映像で見たものよりブラッシュアップされてて。生で観られてよかったです。

柴 ありがとうございます! 生って点では、ライムスターもライブにすごくこだわってますよね。アルバムを出すと必ずツアーをされるし、演出も演劇的で。キング・オブ・ステージなので当然ではあるんですけど、そもそものライブをすごく大事にされている感じがします。

宇多丸 そうですね。それこそ、せのちんさんは演劇をやってる人だから、僕らのライブを観に来て「音楽ライブと演劇の中間みたいだね」って言ってましたね。僕らのライブって、普通にMCで話してるその流れのままに曲にいくことも多いですし。例えば“なんとかかんとかでちょうどいい”って言ったところから、そのまま「ちょうどいい」って曲に入っていくとか。

柴 あの、今思い出したんですけど、僕もDVDに写り込んでいる(笑)武道館のライブで、いろいろな豪華ゲストが出演し、凝った演出もたくさんあった最後の最後の曲で、武道館の地の蛍光灯を全部つけましたよね?

宇多丸 ああ、うん、客席全体の。やりましたねえ(笑)。

柴 あれはすごくいい演出でしたよね、強烈でした。もうこれ以上の演出は出てこないだろうって思った時にあれで。今、話していて急に思い出しました。

宇多丸 照明とかは、いつも組んでる制作チームのスタッフがプランを考えくれるんです。でも曲順っていうか、ライブの台本を書くのは僕らだから、「ここはこうしてくれ」とか「こういう感じにしたい」っていうのは伝えます。アルバムが原作で、ライブはそれを舞台用に脚本化する、みたいな作業をしてますね。だからある意味、演劇と作業的に近いと思います。

柴 そうですね。

宇多丸 あえていえば、観客の存在を前提とするかどうかで。つまり客席との第4の壁を無視するかどうかのような気がする。でも『わが星』を観て、これで客席に何か投げかけ始めたら、普通に音楽ライブだなと思いました。

柴 『わが星』を初演した6年前は、せりふがラップになったりラップがせりふになったり、それが80分間続く作品をつくりたいなと思ってたんです。つくりたいというか、早くつくらないと、って。

宇多丸 誰かにつくられちゃう?

柴 そうです。しかも演劇界にもそういう人が居るかもしれないけど、ヒップホップの人で……。

宇多丸 ああ、確かに主人公一人の目線でつくったコンセプトアルバムみたいなのもありますからね。

柴 そうなんですよ、だから先を越されてしまうんじゃないかなっていう焦りがありました。

宇多丸 そうですか、それはラップ側の人間としては光栄ですけど……(笑)。

柴 でもヒップホップから得たアイデアを『わが星』にほとんどぶち込んじゃって、それ以降のアイデアが出てこないから、正直どうしようかと思ってるんです(笑)。

宇多丸 それはね!『わが星』観て衝撃受けた側としては、言ってみればあんな“発明”を一人の人間が何回も連続でされたら困るよ(笑)!

柴 いえいえ(笑)。

宇多丸 今回の『わが星』でブラッシュアップが利いてるなって思ったのは、普通のしゃべりかと思ったらそれがだんだんリズムを帯びてきて音楽性を持ってくる、その瞬間に空気が変わるって言う部分がより際立っていたところです。あの「いま何かが立ち上がった!」って感じこそ、観客の目の前でやる演劇の強さ、説得力だと感じて。日本語でミュージカルをやるとしたらこのやり方だ!と思いました。オペラ由来の欧米型のミュージカルって、特に翻訳物はメロディーに対しての日本語の譜割を相当考えないとうまくいかないでしょ。でも、僕らの日常会話でもリズムを帯びてきちゃう瞬間というのはちょいちょいあるわけで、そこに向けて吟味された言葉をぽんぽん!ってあてられると、自然にそれが音楽的になってくる。だから『わが星』の手法は一大発明だと思うんですよ。むしろこれの発展系でも、もっといろいろできるんじゃないですか? 音楽でいうところのビートレスな感じとか。

柴 ああ~、なるほど!


◎翻訳から日本人の“リアル”へ

柴 『わが星』のアフタートークが終わったあとにちょっとお話をさせてもらって、日本の近代劇は翻訳からはじまって、今も多くの劇は口語でも文語でもない独特の言葉をよく使っていて、それが演劇アレルギーを生む根源じゃないかという。平田オリザ以降、現代口語演劇が出て来て、日常的なだらだらとしゃべる口調の演劇がようやく増えてきて、つまり日本の演劇の歴史は言葉をいかに獲得するかという歴史でもあったんです。そして日本語ラップの歴史も同じなんじゃないかなと思ってて。

宇多丸 そうですね。ラップはご存じの通り、もともとアメリカのとても貧しい地域から生まれてきたもので、それが世界に通じる普遍的な表現になっていくっていうのも面白いんだけど、「俺はNYのゲットーに生まれて」って歌詞をそのまま日本人が歌うわけにはいかないというか、“それはそういうものとして見ればいいけど……”って類いのものになってしまうじゃないですか(笑)。だからフォーマットだけじゃなくて中身も“翻訳”しなきゃいけなくなったわけです。テクニックについても、最初は音として聴こえたままをなんとか表現できないかって感じだったけど、ある時は日本語的な表現がよしとされたり、またある時は曲としてかっこいいのがいいってなったりって揺り戻しもあったりして。あと、日本人の母国語への距離感ってまた特殊なものがありますよね。演劇でもあるのかなあ? “これ、日本語で言ったらかっこ悪い!”って言葉があるんです(笑)。KOHH君(日本語歌詞でトレンドを歌う若手注目株のラッパー)なんかはそこをスルッと抜けてきてるから、じゃあ度胸とか慣れの問題かな~なんて思ったりもするんだけど……。

柴 アハハハ。

宇多丸 でもJ-POPでもサビになったら急に英語が増えたりしますよね。あれはやっぱり、“ここで日本人の生々しい主張を日本語を聴きたくない”みたいなのがあるんだろうなあ。それって実はアメリカのヒップホップオーディエンスと全然違う感覚なんですけどね。

柴 でしょうね。

宇多丸 向こうのオーディエンスは基本、全部歌詞が聴き取れているわけだから。わざと歌詞が理解できないようにするアンダーグラウンドなスタンスの人もいるけど、売れてるラップはやっぱり全部聴き取れるし、理解できる。だから日本とアメリカではヒップホップっていっても全然違うものに対峙してるんですよね。

柴 でもライムスターほど意味性と音楽性を両立してるラッパーって、日本語歌詞では他にいないなって感じますけど……。

宇多丸 僕らの中では、できるだけ自然で正しい日本語で、なおかつ平易でっていうのを優先してはいます。ただ、それでもやっぱり、例えばヒップホップ的なリズムのかっこよさとか、何かは犠牲になる。そういう犠牲をできるだけゼロにしたいと思ってはいるんですけど、「はい、これでよし!」っていうのにはまだなってない気がします。

柴 歌うトピックも、10~20代と40~50代では変わってきましたか? そもそも前例がないですよね、40~50代の日本人ラッパーが何を書き何を歌っていくのかって。

宇多丸 うん。内容は特に難しくなっていますね。その年齢なりに自分が考えていることを出していけばいいんですけど、例えば「俺がナンバーワン」みたいな歌詞も、バカっぽいけどかっこいいっていうのは若さの特権で、オジさんたちはそれだけじゃ済まされない立場というか。もっと外に向けて、「ヒップホップはこういう表現もできるんですよ」というのをやっていく義務もあると思うので。それもあって、7月に出したアルバム『Bittter, Sweet & Beautiful』では全編通して僕、1回も自分の名前を言ってないんです。一人称すら減ってきましたね。日本語は一人称で “僕” か “俺” か “私” か、どれを使うかで(曲の世界観が)限定されるじゃないですか。ある程度歌詞に普遍性を持たせたいと思うと、日本語は一人称すら使いたくなくなってくる。で、まあ、実際日本語は一人称なしでも成立する言語でもあるので。毎回そういう試行錯誤ですけどね。ただ、演劇でもきるだけ聞き取れるような言葉をチョイスするって意識はありますよね?

柴 それは本当に人それぞれですね。聞き取りやすさより音を優先する人もいますし。

宇多丸 いるんですね、そういう人も。

柴 地点の三浦基さんとか。本当に日本語を音としてだけ捉えるって演出をされる方が。

宇多丸 へえ~面白いなあ!


◎どんな演出にも耐え得る戯曲

柴 ちょっと前から演劇は演出家の時代と言われていて、日本に限らず古典のような普遍性のある新しい物語をつくるのが難しいという空気があって。その中で、演出家が古典のテキストをいかに現代に再解釈するかってことに注目が集まってきていたんです。でも劇作家として、僕はやはり言葉を書くことに憧れを持っているので、現代口語演劇のようにリアルな表現が出来てしまった今後、どういう言葉で何を語っていけばいいのかっていうことをよく考えるんです。

宇多丸 物語は限界っていうか、一通り出尽くしちゃった感じなんですかね。音楽で言うところの、“メロディーは出尽くして、リズムの時代に入った”っていうのとちょっと近いのかな。再解釈、サンプリング、脱構築の時代というか。でも逆に僕は演出から切り離された台本って想像できないところもあるかな。“どうとでも料理してくれ”って投げ出されたホンなわけでしょ?

柴 そうですね。今まさに僕は、“どうやるかはその人次第”みたいなホンが面白いんじゃないかと思ってて。どんな演出でやられても揺らがず残るようなホンを書くのが、絶滅に向かっている(笑)劇作家の役目かなと考えています。もしくはどんな演出をも受け入れる余白のある戯曲。もちろん今、僕がそういうものを書けてる自信はないんですけど……。今、HPで自分の台本を無料でダウンロードできるようにしているんです。

宇多丸 え、それは上演するのも勝手なんですか?

柴 上演料はいただきます(笑)。

宇多丸 まあでも、読むのはオープンにしているわけなんですね。実は僕らもアルバムに必ず、アカペラの曲を入れてて。法律的にはグレーゾーンですけど(笑)暗に使ってくださいっていう。それにサンプリングのほうがいろいろアイデアは出やすいと思いますね。映画の例になっちゃうけど、『スターウォーズ』って別に話の型は古いから、当時そう言って見切ったつもりになった批評家もいたわけです、新しくないってね。でもあのトータルデザインってそれまでなかったよねってところで、今や1ジャンルになったわけで。「すべては過去のサンプリングで、新しいオリジナルなものなんてない」って主張もあるけど、そう言ってたら何も生まれてこないし、そもそもサンプリングは人間が脳の中で自然とやってきたことですから。だから、戯曲を無料公開して、一素材として投げ出すっていうのは、確かに現代的かもしれないですね。


後編へ続く


【宇多丸(うたまる)】
1969年、東京都生まれ。ヒップホップ・グループ「ライムスター(RHYMESTER)」のラッパー。1989年、Mummy-Dとグループ結成。ヒップホップ黎明期よりシーンを牽引してきた。近年では定評のあるトークスキルで、ラジオパーソナリティとしてもブレイク。2007年4月にTBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』がスタートすると、趣向を凝らした特集や、本音で語りつくす映画批評コーナーが話題に。2009年には第46回ギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞した。2015年7月、ニューアルバム『Bitter, Sweet & Beautiful』をリリース。

www.rhymester.jp
www.tbsradio.jp/utamaru/


ことば-と-コトバ vol.5《柴幸男×志人》


『わが星』再々演記念 特別対談企画《柴幸男×ラッパー対談》

柴幸男×志人「角を尖らせ、生きていく」

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(左:志人 右:柴幸男)

強烈な個性を持つさまざまなラッパーの方にご協力いただいた本対談企画も、いよいよ大詰め。今回は、時に演劇的とも評されるソウルフルなリリックを生み出し、“志人というジャンルをつくった”とも言われる志人が登場。普段は京都の山奥で木こりをしているという彼が、「縁を感じたから」と、遠路はるばる車を飛ばし、この対談に駆けつけてくれた。

編集:熊井玲


◎書く行為が止まらない

柴 僕は常々、自分がやっている“台本を書いて作品化する”ってことと、ラッパーの方の作品づくりって同じ力を使ったことのように感じているんです。特に志人さんの作品は、語りも一つの作品としてパッケージされてると思うんですけど、志人さんの中では、音楽に乗せる詞として考えた言葉と、語りのようにメロディーがない中で考えた言葉とでは、違いがありますか?

志人 そうですね。ほかの人がどうやって曲をつくっているかは分かりませんけれど、自分は書くことが好きなので、書いて口に出して読んでみていい言葉と、書いて目で追ったほうがいい言葉は明らかに違うと思っていて。それでも最初は韻やいろいろなルールにのっとって書いてましたけど、今は言葉一音一音が持っている音にはあまり重きを置いてないですね。ただ、例えば“わが星”っていう言葉が、どこにつながろうとしているかという、“言葉がつながる可能性”を考えてはいて。静かにその言葉を聴く、ということはしていますね……意味が分からないと思うんですけれど。

柴 いえ、とても面白いお話です。志人さんがこれまで発表された作品の中でも、手から文字になって生まれた曲ってありますか?

志人 大体がそうです。もちろんフリースタイルも好きだし歌うことも楽しいんですけれど、ただ自分は書き物で一番勝負したいってことがずっとあって、そこから派生したのが今やってる表現方法なんです。だからやりたいことは実は、文章を書くことなんですね。

柴 それは物語ですか?

志人 いろいろです。物語もあれば……。

柴 詩もあったり?

志人 そうですね、あと植物の種の生い立ちを観察したものとか……ですから書くという行為が、もうとにかく止まらない感じです。

柴 以前、別のインタビューで、論文のような形式で書いた本を発表したいともおっしゃってましたよね?

志人 論文は、今やっている音楽の表現とは全然違うことかもしれないですけど。実は今、“この本を一冊読んだら狂人になれるかもしれない”というような、狂人読本を書いてるんです。狂人と常人が世の中にいるとしたら、例えば歌や演劇でやっている行為って、狂人的だなと思う部分があって。でも逆に、例えばパチンコを12時間続けてやってる人は普通を装ってるけど、見る人が見たら異常かもしれないし、僕は普段山仕事をやってるのでチェーンソーの刃をよく研ぐんですけど、刃先をじっと見つめながら研いでる姿はもしかしたら異常に見えるかもしれない。そうやって、常人こそが狂人の部分をひた隠しにして生きてるのかもしれないな……と、常人と狂人について考えながら、自らを狂人たらしめようとしているというか。まあでも、今のところその本を発表する予定とかは別にないんですけど……。

柴 えっ! 何かのためではなく書いてるんですか? でもそうやって“書くことが好きで書く”という姿勢は、志人さんの曲を聴いていてもよく分かります。あの、志人さんの歌詞の中で繰り返し出てくるフレーズがあると思うんですけど、それは“真理”とまでは言わないまでも、志人さんの中である意味、“悟り”なのかなと勝手に考えているんですが……。

志人 それは、自分ではよく分からないですね。でも自分の中では、“そのフレーズ(を使うの)に一番的を得てる曲”っていうのはちゃんとあって、それ以外(で使われている場合)はさっき話した通り、“この言葉がどこにつながるか”を考えてそうなった、ということだと思います。だから、“このフレーズが決まり文句”ってことは特にないし、むしろなるべくそうならないようにしたいなと思ってます。

柴 そうなんですね。それと、志人さんは、1曲3~4分という作品を世に放つ時に、例えばこの人に聴かせたいってイメージは持たれているんですか?

志人 あんまりそれは考えてないですね。あえて言うなら、“ああこの曲は、一緒につくり続けて来た音楽家に聴かせたい”というくらいで。実際に、音源をもらってもまったく(詞が)書けない時もあるし、でも何年かして、その音が持っている“こう奏でてほしい”ということが分かってくることがあるんですよ、音の解釈というか。まさに今、自分の中でもうすぐ完成という7年越しの作品があるんですけれど、“脳みそで読む本”みたいな作品で、一人で何役もやったりしながらつくったので、それこそ演劇的と言われる作品かもしれませんね。

柴 7年越し! 志人さんの曲にはほかにも、ライブではやっていたけれど何年も音源にならなかった曲とかがありますよね。演劇だと、まあ、企画の段階から数えたら数年単位かもしれないけど、つくる時間は、正直数カ月程度で。『わが星』は初演から6年経ちますが、7年もかけてつくった作品はないですし、志人さんの作品に対する時間の掛け方、自分の表現との向き合い方はすごく面白いなと思いますね。


◎山は感覚を尖らせる

柴 志人さん、2014年にラップのWSみたいなことをされてましたよね?

志人 演劇大学というところから依頼をいただいて、福岡で2日間やらせていただいたんですけど、自分で表現ってことをまったくしたことがない人たちに自分の言葉でラップをさせようというもので。でも最初に僕から「自分がやってることはラップか分かりません。ラップをしたいと思って参加された方には申し訳ないですけれど」と皆さんに説明しました。で、2日間で、一緒に街を歩いて、“○○駅は君だね”“この場所はあなた”みたいに必然的に決まっていって、最終的に街中で、街の詩のリレーをしたんです。参加者で一番年上の50代くらいの人がパチンコ屋の前で、ブルジョワを皮肉るような詩を読んだり。普通の街並みの中でいきなり大声で詩を話すっていう、ある意味、言葉のテロリズム。それを、“変なやつがいるな”って異常な行為だと感じた人もいただろうけど、僕はものすごくよかったです。そのWSを経て、もうわざわざクラブとかの“ハコ”で高い位置からラップする必要はないな、舞台はそこだけじゃないだろうと感じるようになったんです。

柴 僕たちも今、小豆島で活動をしていて、例えば島を案内して回るツアー演劇とか、道端で歌を歌うような演劇とかをいろいろつくってるんですね。だから志人さんがやられた、その街の詩のリレーはまさに演劇だなと思いますね。 
 そういえば、僕、志人さんが京都に移住されたのを全然知らなくて。何かきっかけがあったんですか?

志人 あまり特別な理由があってということではないんですけど、いろいろ縁があったので。京都っていう場所に身を移そうと思った時に、ちょうどある詩を書いてたんですね。書く行為って本当にびっくりするのは、筆の趣くところに自分の人生が進んでいくことで。その詩の最初の16小節くらいで書いてた想像の家に、たどり着いたんです(笑)。

柴 えっ!?

志人 今住んでる家なんですけど、そこに最初着いた時に、“ああここだ。ボロッボロだけど、頭の中で見ていた家、そのものじゃないか”と思ったんです。

柴 ええー! じゃあ別に、街から遠ざかりたいとか、人が少ない場所がよかったとか、自分の欲求ってわけではないんですか?

志人 そうですね。ただ、都市にいて人間のちっぽけさを感じることってあまりないけれど、森にいるとそれと逆転した価値観にさらされることはよくあって、それが自分には必要かなと思っています。例えば“星の一生”って、ある人が言えばとても刹那的に聴こえるかもしれないけど、でも例えば木を植えるという行為のように、途方もないくらいの時間や距離を前にすると、まったく違う感じ方ができたりするんです。京都に来てからは人生のテーマとして、“価値観が逆転すること”が起きていい、と考えてて。人間一人が考えたことなんて、まんまとねじ伏せられちゃうくらい、自然って柔じゃないですからね。それに、一瞬の判断の誤りで命を落とすこともある。もちろん街にいても事故や事件で死ぬ可能性はあるけど、だんだんとその感覚は麻痺します。でも、山では鉈を研いだりチェーンソーを研いだりして、明日の我が身を守らなきゃならない。都市では鉈やチェーンソーを研ぐ必要はないけど、鉛筆を尖らせることはできます。人として丸く丸くなって優しさを増していく年齢の重ね方もあるかもしれないですけど、都市にいても森にいても、自分は角を尖らせる生き方をしたいなと思いますね。

柴 なるほど。

志人 そうやって、自分が生きる上で必要な道具を研磨し鍛錬するって意識が持てたのは、今の仕事をしてるおかげかな、と。優しく丸くっていうことをやってたら、農夫になってたかもしれないです。でも山師を選ぼうと思ったのは、いつも死を意識しながら、感覚を鋭くするためなんですよね。

柴 山仕事って具体的にはどんなことをされてるんですか?

志人 木こりですね。林業と呼ぶと範囲が幅広くて、重機や架線を使って山から木を下ろしたりする作業もありますが、僕は木こりです。僕らのおじいちゃんの世代が若いころに植えた木で大きくなりすぎたものを伐採したり、熊や鹿が皮をはいだ木を保護したり。あとはクヌギやミズナラ、カシワのように実がなる木は山の野生動物のために残したり、コブシの様に花の美しい花木には手をつけなかったり……。自分はまだまだ見習いなので大きなことは言えないですけど、朝5時に起きて、73歳の班長について3~4人が1つの班になって山に入り、万里の長城じゃないけれど、山のてっぺんから下まで一人で作業する。気付いたら周りが鹿だらけとか、そういうこともありますね。

柴 わあ~(笑)!


◎空っぽで舞台に出る

柴 志人さんの声って、例えばオペラとか歌舞伎、伝統芸能とかで使われてるような演劇的な声だなと思うんです。多分マイクで拡声して聴かせる声ではなくて、耳で聴いてる人の頭の中や胸の中に直接、響くような、役者が持ってるテクニックとすごく似ているように感じます。そういう音の響かせ方は意識的にされているんですか?

志人 多分意識的ではないですね。ただ、1日一言もしゃべらない――僕も時々そういう日があるんですけど――っていう人と、都会でよくおしゃべりしてる人とでは違う声の響きになるのかなって思います。

柴 それと志人さんの曲で、ものすごく言葉数が多いというか、一気に文字数が増えていく曲とかがありますよね、ああいった曲は、書いている時から意識的にそうしているんですか?

志人 うーん、課題で“この枠の中に絵を描いてください”って言われてるのにはみ出しちゃうタイプというか、五線譜のズンズンチャの中におたまじゃくしが収まればいいのに、はみ出ちゃうんですよね。偏屈なんです。でもそれでもいいんじゃないかと今は思ってて。クラブミュージックとかラップの舞台に僕があまり立たなくなったのは、それも関係があります、最近、唯一しっくり来る音楽がジャズ。ある文化の枠から外れた時、それを拾う文化っていうのがあるんですよね。しかもそこにとことんつき合ってくれる連中がいてくれて……。本当に生きてて良かったなと思います。

柴 僕は多分どちらかと言うと枠に囚われがちな思考で、作品自体もそういう傾向があるんですが、だから志人さんの枠をも超える偏屈さっていうのにあこがれがあるのかなと思います(笑)。山のお仕事があるからかもしれませんが、最近、あまりライブが頻繁にはないですよね。 

志人 今は月3~4本くらいですかね。しばらく控えてたんですが、これからフリージャズのライブがありますよ。ジャズのライブは面白いんです。相手も何を演奏するか教えてくれなくて、完全に即興でやるフリースタイルなので、0点が出るか200点以上が出るかはその日次第。ある意味演劇だと思います。

柴 ゾクゾクしますね! ぜひ観に行きたいです。そういう即興の時は、何か事前準備とかをご自身でされたりしますか?

志人 基本的に空っぽですね。

柴 (笑)! 

志人 自分がこういきたいって流れをもし持っていても、大体ねじ曲げられるので。でもそれが面白いんです。

柴 僕もWSをやる時に、昔は結構いろいろ用意していったんですけど、用意するとどうしても、その日その人たちから出て来たものを無視する瞬間が出て来てしまう、そのことに違和感があって。だんだんと僕も空っぽでWSするようになりました(笑)。それはすごく怖いんですけど、参加者の人たちと同じ景色が見えた、その共有感覚はすごくうれしいです。

志人 僕も、空っぽで舞台に出て行く時は、清水の舞台から飛び降りるではないですけれど、やっぱり緊張します。でも山仕事しててもひやっとする瞬間はありますし、でもそれを乗り越えた時に見える景色が、本当に言葉では言い表しきれないものなので。ライブでも、確実にその景色を見に行くぞと思って、それでやってるんだと思いますね。

雲を掴めって 無理な話に聞こえるけれど
いや、絶対に 雲を掴む  というような


【志人(sibitt/シビット)】
森と海を繋ぐ詩詠み人
狩猟採集生活を軸に主に深山に生息する
晴天時は深山にて山師として木々の声に心を峙て
雨天時は奥山にて詩を紡ぐ傍ら雨水で鉈を研いでいる
スガダイロートリオ、谷川俊太郎、KID KOALA、DJ Q-BERT、DJ KRUSH、こだま和文、DJ KENSEI、Dub Master X、鈴木勲、詩人・長沢哲夫、近藤等則、他数々の表現者との共演を経験。
国内外の活動で世界中から注目を受ける表現者。

www.templeats.com
http://sibitt.exblog.jp


AFTER EVENT|アフターイベント【小豆島公演】

『わが星』小豆島公演 アフタートーク&イベント

① 7月18日[土]19:30《トーク》|平田オリザ×塩田幸雄×柴幸男
② 7月19日[日]19:30《トーク》|椿昇×原田祐馬×多田智美×柴幸男
③ 7月20日[月祝]19:30《トーク&ミニライブ》|□□□ feat.OUR PLANET CREW


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平田オリザ(劇作家・演出家)<撮影|青木司>

1962年東京生まれ。劇作家・演出家。こまばアゴラ劇場芸術監督。豊岡市立城崎国際アートセンター芸術監督。劇団「青年団」主宰。東京藝術大学特任教授。大阪大学客員教授。四国学院大学客員教授。1995年『東京ノート』で岸田國士戯曲賞、2003年 日韓共同作品『その河をこえて、五月』(新国立劇場制作)で朝日舞台芸術賞グランプリを受賞。2011年フランス国文化省より芸術文化勲章シュヴァリエ受勲。フランスを中心に各国との国際共同製作作品を多数上演している。近年は大阪大学石黒研究室とのロボット演劇プロジェクトでも注目を集め、最新作のアンドロイド版『変身』(イレーヌ・ジャコブ主演)は、2014年に城崎国際アートセンターのレジデンス・プログラムとして公演。戯曲以外の著書に『演劇入門』『演技と演出』『わかりあえないことから』『新しい広場をつくる』など。高校演劇を題材とした小説『幕が上がる』が2015年に映画化(本広克行監督)全国公開された。

www.seinendan.org


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塩田幸雄(小豆島町長)

昭和26年9月2日小豆島に生まれる。小豆島の小・中・高校を卒業後、京都大学法学部に学ぶ。昭和50年厚生省入省。福祉、医療、年金、環境などの分野の行政を経験。厚生労働省を政策統括官を最後に退官。平成22年4月から小豆島町長。


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椿昇

1953年京都市生まれ 現代美術家
1989年「アゲインスト・ネーチャー展」。1993年ベニスビエンナーレ・アペルト。2001年横浜トリエンナーレ。2003年水戸芸術館で「国連少年展」。2005年占領下の物語Ⅱ美術担当。マサチューセッツ工科大学レジデンス。2009年京都国立近代美術館「GOLD/WHITE/BLACK」展。2010年六本木アートナイトメインアーティスト、瀬戸内国際芸術祭で2つのプロジェクト制作。2011年、妙心寺退蔵院障壁画プロジェクト、金沢21世紀美術館ワークショップ。2012年霧島アートの森「PREHISTORIC_PH」展。瀬戸内トリエンナーレ2013、小豆島醤の郷+坂手港エリアディレクターを務める。最新著書『シェルターからコックピットへ 飛び立つスキマの設計学』(2015年/産学社)。


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原田祐馬(UMA / design farm)

1979年大阪生まれ。アートディレクター/デザイナー。修成建設専門学校卒業後、2000年京都精華大学芸術学部デザイン学科建築専攻に編入学。2002年同大学卒業後、インターメディウム研究所(IMI)7期生として入学。2005年まで在籍。IMI 在籍中の2003年、クリエイティブ・ユニット archventer を増井辰一郎と共同主宰。2007年、UMA / design farm を設立。アートディレクター/デザイナーとして、ブックデザイン・グラフィックデザイン・エキシビジョンデザインなどを手がける。
2005年より京都造形芸術大学非常勤講師
2008年-2012年 京都造形芸術大学 ULTRA FACTORY「CRITICAL DESIGN LAB.」 ディレクター(共同ディレクター:水野大二郎)
2009年より「DESIGNEAST」ディレクター(共同ディレクター:柳原照弘・家成俊勝・多田智美・水野大二郎)
2011年より「GALLERY9.5」ディレクター(共同ディレクター:松倉早星)
2013年 京都造形芸術大学 ULTRA FACTORY「design studio ZZZ」 ディレクター(共同ディレクター:服部滋樹)、瀬戸内国際芸術祭2013「醤の郷+坂手港プロジェクト」ディレクター(共同ディレクター:多田智美)、ART小豆島・豊島2014「醤の郷+坂手港プロジェクト」ディレクター(共同ディレクター:多田智美)。
共著に『小豆島にみる日本の未来のつくり方』(2014年/誠文堂新光社)。

http://umamu.jp / www.relational-tourism.jp / www.designeast.jp


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多田智美(editorial studio MUESUM)

1980年生まれ。編集者。editorial studio MUESUM代表。“出来事の創出からアーカイヴまでを”をテーマに、アート/デザインを軸とした書籍や広報物、プロジェクトの企画・編集を手がける。DESIGNEASTディレクター。京都造形芸術大学非常勤講師。瀬戸内国際芸術祭2013 小豆島 醤の郷+坂手港プロジェクトを椿昇、原田祐馬とともに共同企画。現在も継続してプロジェクトに携わる。共著に『小豆島にみる日本の未来のつくり方』(2014年/誠文堂新光社)。

www.muesum.org / www.relational-tourism.jp / www.designeast.jp


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□□□(クチロロ)

きままなパーティー(三浦康嗣)

* * * * *

1998年結成。人間の出入りは多いし、たまにしか集まりませんが、その瞬間の空気を大切にしています。(村田シゲ)

* * * * *

このグループっていうか、座組っていうか、結社っていうか、ユニットっていうか、セッション体っていうか、チームっていうか、ネットワークっていうか、縁っていうか、宇宙構造っていうか、そこからまずわからない。(いとうせいこう)

* * * * *

□□□です。クチロロと読みます。音楽レーベルHEADZからデビューをして、坂本龍一さん主催のレーベルcommmonsへ移籍。その後もたくさんの作品をリリースしています。さて、1998年に三浦康嗣がスタートさせたこのフリーフォーム的運動は様々なことをしています。ぼくがイメージする□□□史を語ると、最初は仲良い友達で集まって、音楽やったこと無い人たちが音楽をはじめちゃって、そのうちにバンドっぽい雰囲気になって、CDデビュー出来る事になって、作ったCDが話題になってメジャーデビューが決まって、メンバーの出入りが多くなって景色が変わりはじめて、村田シゲやいとうせいこうが□□□に加入して、演劇やダンスのジャンルの人々がワイワイ周りに集まってきて、スカイツリー合唱団という大所帯のコーラス隊を作ったり、ぼくが□□□ライブのサポートに入ったり、劇団ままごと『わが星』という素晴らしい演劇作品の音楽を三浦さんが担当して□□□とコラボしたり、『ファンファーレ』という舞台作品を作ったりもして…と、実に□□□は結局何をやっているのかわかりません。だけど、□□□メンバーが集まった途端に台風の目がそこに出来上がり、たくさんの人々が□□□に引き込まれ、巻き込まれ、トルネードして圧倒的なチカラで環境が出来上がります。嵐が過ぎ去った後は、あれだけ振り回しておいてちょっと寂しい気分にまでさせてくれる。というか、私たちも□□□のメンバーなのかな?他人事に巻き込まれるのもそんなに悪くない感じ。ぼくはこんな素敵な音楽をやっている出来事に出会ったことが無いです。(蓮沼執太)

* * * * *

なぜこの3人が音楽ユニットとして集まっているのか。漠然と不思議に思います。
そのことについて、考えていてもあまり分からないので、自分の職能を生かして、3人に心理検査を実施してみました。

その結果、□□□とは、
「3人の、その場のムードに流されやすく、特技が少しずつ違い、想像力やユーモアに溢れた構成員が、概ねその時の気分で活動している団体」ということが分かりました。気まぐれな店主が3人いて、何だか楽しげだけど何屋さんか分からない、でも屋号はあるお店、そんな感じです。

3人が気ままに、自分の周りの人を呼び込んだりするので、ヒップホップやエレクトロかと思えばラジカル・ガジベリビンバ・システムの人がアルバムに参加したり、演劇やアートに寄ったり、イケてるロックバンドとコラボしたり、その他にも色々あり過ぎて、活動の軸がよく分かりません。

一貫した、軸となる活動理由やコンセプトはなく、それ故に、ほとんどのアーティストが帯びやすい「色」や「宗教性」は感じられず、ただ、通底して「なんとなく、いい感じ」を纏っているという印象です。
これは、一見中身がない、言い換えると遊びのある中空構造を保った上で、3人の誰もが時によって軸になる、多中心的構造を呈しているという状態で、この状態を維持できる共同体というのは珍しいように思います。

しかし、この点は、この団体にとって弱点でもあります。
なぜなら、通底した宗教性や哲学がないという状態では、多くのお客を巻き込むことがなかなか難しいからです。色々な人が参加して、時には合唱団のような大所帯にまでなるのに、いわゆる「トライブ感」が感じられない。的確なキャッチフレーズも思いつかないし、大体、プロフィールを人任せにしているんですよ。これでいいんですか!?

とはいえ、この「なんとなくいい感じ」に魅了される、曖昧さ肯定群は、僕も含めてしっかりと存在していて、そのような群に大いに愛されながら、これからもなんとなく在り続けるのでしょう。

素敵ですね。

こう考えると、中空な□が3つ並んだ、馬鹿馬鹿しいような、意味ありげなような、人を食ったような□□□という表記こそ、このユニットの体を表しているような気がします。

≪それぞれの分析結果≫ ‐在籍日数の順に‐
【一人目】想像力、ユーモアに溢れ、自由奔放で明るい。一方で、面倒見がよく他人との協調性も持ち合わせている。その為、飲み会によく誘われるなど、人から好かれる。一言で言うと「天真爛漫なアイドル」。基本的には対人関係においてバランスを保てるが、自由奔放さが行きすぎると、わがまま、自分勝手、と他人からうつることもある。また、情や気分に流されやすい面もある。
確かに、基本的には自身の作品ほか、作家としての仕事のほとんどにおいて、その時の気分や流れに任せて創作している?と疑わせるほどの作風の多彩さを持つ。その作品は縦横無尽なアイデア、ユーモアに溢れ、時に既成概念を覆すほどだが、その奔放さ故、ジャンルも作家性もつかまえ切れない傾向にある。
そんな、気鋭の音楽作家。

【二人目】アイデアや想像力が豊かで明るい。他人に対して甘やかしたり、過保護になるようなことは基本的にはなく、比較的責任感があり、自身の理想を追求する面もある。そのため、集団をまとめたり、仕切ることが出来る。協調性も比較的高く、現在の責任感と協調性から考えると、コミュニケーション能力は高いと言える。ただ、特に協調性に関しては後天的要素が強い可能性があり、以前は、他に合わせるよりも自分の信念に従う面が今よりも強かったかもしれない。時に、気分に流されやすい面もある。
確かに、信頼できる演奏技術や気高さ、そして溢れるユーモアを持つ。演奏家として多忙な現状はその証とも言える。□□□でも、ライブ時はバンドマスターの役割を担い、まとまりなさを極める演奏陣を率いる。また、なぜか日本最大の音楽番組専門チャンネルのUstream番組において、ミュージシャンとは思えないほど見応えのある司会を数年にわたり務めていた。これも、ユーモアと協調性、そしてある程度の責任感の賜物と言える。
そんな多才で頼れるベーシスト。

【三人目】ユーモアやアイデアが豊富で、他人に対する思いやりがあり、面倒見が良い。また、良いと感じたものに対して、しっかりと共感を示す傾向にある。アイデアと面倒見の良さから、他人に対して有用なアドバイスする、後進のフックアップをするなどの行為に至ることが少なくない。一方で、色々な環境、状況に順応する能力も高く、それぞれの環境で創造性を発揮することができる。しかし、順応力が過度になると、人にどう思われているか、など神経質になり過ぎる可能性がある。また、情や気分に流されやすい面もある。
確かに、多岐にわたった独創的な作品、活動で、日本のカウンターカルチャーを開き、今なお牽引する。また、後輩にアドバイスを与えた、自宅で大宴会を催した、などのエピソードも少なくない。活動内容は非常にバラエティ豊かで、その創造性と順応性を生かして、それぞれの分野で揺るぎない作品を残す。□□□でもその面は発揮され、基本的にはラップを担当するが、曲によってコーラス、マイクロコルグ、iPhoneアプリでの演奏、オリジナルフリスクでのパーカッション、そして時報係と、変幻自在の役割をつくり出している。
そんな、レジェンド感さえ漂う小説家、ラッパー、俳優、芸人、ベランダーなど。(星野概念)

www.kuchiroro.com


TICKET|チケット《小豆島公演》【終了】

ままごとが島に訪れるようになってもうすぐ3年になります。
散歩、紙しばい、ダンス、きもだめし、火の用心、色々な形の演劇をつくってきました。
今年の夏、いよいよ僕たちは小豆島高校の体育館を借りて劇場をつくります。
上演するのは島の星空にうってつけの作品。
物語の主人公は、ある団地に住むひとりの少女。
彼女は人間であり、星でもあります。
彼女の家族、そして星々の物語が時報にのって歌になる。
6年前、東京で生まれたこの作品は長い旅を経て、この島に辿り着きました。
島の劇場でみなさんとお会いできるのを楽しみにしています。

柴幸男


ままごと『わが星』小豆島公演

日時|2015年7月18日[土] - 20日[月・祝]

会場|香川県立小豆島高等学校  体育館特設ステージ


□TIME TABLE|2015年7月18日[土] - 20日[月・祝]

●7月18日[土]19:00開場 19:30開演
《アフタートーク》平田オリザ ×塩田幸雄(小豆島町長)×柴幸男

●7月19日[日]19:00開場 19:30開演
《アフタートーク》椿昇×原田祐馬(UMA / design farm)×多田智美(MUESUM)×柴幸男

●7月20日[月・祝]19:00開場 19:30開演
《アフタートーク&ミニライブ》□□□ feat.OUR PLANET CREW

*上演時間は約90分。公演終了後、各回アフターイベントあり。
*チケットのお引き換えは各回18:30から会場にて行います。
*開演時間を過ぎますと入場を制限させていただく場合がございますのでご注意ください。
*学生、高校生、中学生の方は、当日受付にて学生証の提示をお願い致します。
*未就学児はご観劇いただけません。


□チケット発売日|6月1日[月]10:00

□チケット[全席自由|日時指定|整理番号付|前売・当日同料金]

◎観劇チケットのみ → WEB受付(ままごとWEB)
◎宿泊付き観劇チケット → 電話受付 0879-75-1115(小豆島ふるさと村 国民宿舎小豆島)
◎小豆島民向けチケット → 電話受付 0879-82-7007(小豆島町商工観光課)

*『わが星』小豆島公演のチケットは予定数を終了しました。追加販売について検討しましたが、追加販売は行わないこととなりました。それに伴い、当日券の販売も見合わさせていただきます。何卒ご了承ください。


観劇チケットのみご予約の方(観劇チケットは完売致しました。)

【一般】3,500円
【学生】 1,500円
【高校生以下】無料

ご予約はコチラよりどうぞ。

*お支払は当日清算となります。
*公演期間は、小豆島島内も観光シーズンのため宿泊所が大変混み合います。宿泊を検討中の方は、お早めのご手配をお勧めいたします。
*公演終了後は、小豆島高校から坂手港までのシャトルバスは運行しますが、島内を移動できる公共交通機関の運行はございません。
*公演当日までに、宿泊および移動の手配を行った上でご来場ください。
*予約完了の確認メールを wagahoshi2015@gmail.com よりお送りいたします。入力されるE-mailアドレスの受信設定をご確認の上、ご予約ください。


宿泊付き観劇チケットご予約の方(宿泊付き観劇チケットは完売致しました。)

■プラン①[1泊2日(夕食あり・朝食あり)]
【一般】10,000円
【学生】8,000円
【高校生以下】6,500円

■プラン②[1泊2日(夕食なし・朝食あり)]
【一般】8,000円
【学生】6,000円
【高校生以下】4,500円

■プラン③[1泊2日素泊まり]
【一般】7,000円
【学生】5,000円
【高校生以下】3,500円

ご予約はコチラよりどうぞ。
小豆島ふるさと村 国民宿舎小豆島」にて電話受付
TEL=0879-75-1115[受付時間|10:00-20:00]
*お申し込みは電話予約のみです。

*お支払は事前振込です。お申込の際に詳細をお伝え致します。
*宿泊所は「小豆島ふるさと村 国民宿舎小豆島」または「別館 ふるさと荘」となります。
*1泊2日、夕・朝食付きの価格(税込)です。ほかに朝食のみ・食事なしのプランもございます。詳しくは予約時にご確認ください。
*男女別・相部屋でのご利用です。個室はございませんので、ご了承ください。なお、全館・全客室禁煙です。
*宿泊ご利用の方には港(坂手港・池田港)⇔宿泊所⇔小豆島高校までの送迎バスをご用意します。小豆島までの交通は各自手配ください。

●宿泊先:小豆島ふるさと村 国民宿舎小豆島
〒761-4304 香川県小豆郡小豆島町池田1500-4
TEL=0879-75-1115|FAX=0879-75-1116


小豆島民向けチケットご予約の方(小豆島民向けチケットは完売致しました。)
【小豆島民一般】 2,000円
【学生】 1,500円
【高校生以下】 無料

小豆島町商工観光課(オリーブナビ小豆島内)
TEL=0879-82-7007(9:00~17:00)
*6月1日[月]のみ10:00受付開始
*窓口および電話にて受付


□公演会場
香川県立小豆島高等学校 体育館特設ステージ
〒761­-4432 香川県小豆郡小豆島町草壁本町57番地

*坂手港から車で約20分。土庄港から車で約35分。草壁港から徒歩15分。小豆島オリーブバス「内海病院前」下車徒歩10分。
*車でお越しのお客様は校内特設駐車場(無料)をご利用ください。


□交通

《小豆島までのフェリー》
●高松港→草壁港(内海フェリー TEL:0879-82-1080)
●高松港→池田港(国際フェリー TEL:0879-75-0405)
●高松東港→坂手港(小豆島ジャンボフェリー TEL:087-811-6688)
●三宮・神戸港→坂手港(小豆島ジャンボフェリー TEL:078-327-3322)

《各港の最寄バス停から会場まで》
●草壁港→徒歩[約15分]
●池田港(バス停)→内海病院前[約15分]→徒歩[約10分]
●坂手港(バス停)→内海病院前[約10分]→徒歩[約10分]
小豆島オリーブバス TEL:0879-62-0171)

*フェリーおよびバスの運行時間は、各社HPにて必ず事前にご確認ください。
*各港からは、マイカーもしくは公共交通機関(小豆島オリーブバス)をご利用の上お越しください。
*終演後は、島内公共交通機関の運行がございませんのでご注意ください。なお、会場からは坂手港行の無料シャトルバスを運行いたします。このシャトルバスは22:55坂手港発、高松・神戸行きのジャンボフェリーに接続いたします。
*「宿泊付き観劇チケット」ご予約のお客様は、宿泊所の送迎バスにご乗車ください。


□お問い合わせ
ままごと(一般社団法人mamagoto)
TEL=090-2561-8730 MAIL=wagahoshi2015@gmail.com
www.mamagoto.orgwww.wagahoshi.com


ことば-と-コトバ vol.4《柴幸男×鎮座DOPENESS》

『わが星』再々演記念 特別対談企画《柴幸男×ラッパー対談》

柴幸男×鎮座DOPENESS「自由になるために、“忘れる”」

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(左:柴幸男 右:鎮座DOPENESS)

フリースタイルや路上パフォーマンスなど、場を自在に操る圧倒的なパフォーマンスで知られる鎮座DOPENESS。「あんなに自由にパフォーマンスする人を、ほかに見たことがない」と柴が絶賛するように、ソロやバンド、環ROYとのユニット・KAKATOなど、活動スタイルも作品によってさまざまだ。今回の対談では、その“自由さ”の源に迫る。

編集:熊井玲


◎それぞれの自問自答法

柴 鎮座さんは演劇は観たことありますか?

鎮座DOPENESS(以下鎮座) ないんですよ。一度観たのは演劇というか、大駱駝艦の舞踏で。

柴 演劇に対して何かイメージを持っていますか?

鎮座 どうやってつくるんだろうっていうのはありますね。着想からどうするのか、ネットに上がってる柴さんの戯曲も見ましたけど、想像しかねました。いまだに自分自身、作詞の仕方が分かっていないんですが、でも演劇もインスピレーションは同じだろうなっていうのは感じますけど。

柴 へぇ、決まった書き方がないんですね!

鎮座 そうなんですよ。大体、自分が歌ったら気持ちいい曲とか、発端はシンプルですね。KAKATOでやるほうがロジカル。あいつ(環ROY)、考えたがりでしょ(笑)?

柴 ああ(笑)。

鎮座 あと、なるたけぱっとその日の感じでやりたい。自然体が好きですね。

柴 鎮座さんと環ROYさんが一緒にユニットをやってるのが、しっくり来るところもあるんですけど、ちょっと不思議だなと思ってて。環さんは意味性をもって前進したいって発想をされますけど、今のお話だと鎮座さんはそうではなさそうですよね。そもそもなぜKAKATOをやることになったんですか?

鎮座 3年前に、東京モード学園のCM楽曲制作の仕事が来て、しかもそれが自分のアルバムにも入ることになったんですよ。3・11以降で、もう考え方がそれまでとまったく変わっちゃってるから、“CMって何かを勧めるもので、ある種の洗脳だけど、そこに誠意があったほうがいいな”とか、もうずーっと考えたわけです。自分のことを急激に追い込みすぎる癖があって、自分で自分を責めて毒が回るみたいなところがあるんです。で、これはもう息抜き的な創作もしないとだめだと思って、ROYのところに行って、なんかつくろうよって言ったら、「じゃあ曜日決めてやろう」ってことになり。毎週1回会ってました。最近また再開して今数曲できてます。

柴 お互いの制作についても話したりします?

鎮座 しますよ。数日前にもROYのソロを見せられて「どう思う?」「確かにROYだねえ」「これに鎮さんだったら、どう違う世界観差し込む? この透明度高い世界観にさ!」って言われて(笑)、俺はフリースタイルでやってみたんですけどなかなかしっくりこなくて……。お互い、自分のソロにどうやったら違うアプローチができるか、話すんです。

柴 仲いいですね(笑)。お互いがお互いの質の違いを認め合ってるっていうか、多分何を言っても絶対に崩れないっていう信頼関係があるからざっくばらんにできるんだろうな。そういう人、僕にはいないですね。

鎮座 いや、そういうものだと思います。し、ROYと俺もずっと一緒にやりつづけるか、確証はないですよ。

柴 “息抜き”の話ですけど、僕は例えば「台本書きたくないな、行き詰まったなあ」と思った時は、ノートに思考の地図みたいなのを書きます。考えてることを全部書いていくんですね。例えば書きたくないなとかやりたくないなとか。で、「どうして書きたくないのか」「面白くないからか」「なんで面白くないのかな」「自分が思ってるのと違う感じがする」「じゃあ自分が思ってる面白いのってなんだろう」って自問自答し始めると、「誰々の○○みたいなのがやりたい」「でもそれは誰かのマネをしようとしてるだけじゃないか」……って、自分で自分の思い込みとか思い違いに気付いて、納得して、「じゃあもう一度続けるか」っていう(笑)。

鎮座 俺もリリック帳はそんな感じ(笑)。

柴 そうやって延々と自答自問していくと、行き着くところは意外とくだらないなってことだったりして。

鎮座 自問自答は俺もありますね。でもパフォーマンスする時は、ない。やるまでは、ある。

柴 へぇ!


◎“しゃべる”と“ラップ”と“歌う”

柴 『わが星』がどういう作品か、なぜラップをするかについて人に説明する時に、僕、よく“歌うこととしゃべることの中間にラップが位置するんじゃないか”って話をするんですよ。俳優がしゃべることのプロフェッショナルだとするなら、その考え方をちょっと音楽方向に開くだけでラップになるよ、と。よく、演出家は「次のせりふを心の中で1秒数えてから言ってください」とかって演出するんですけど、それと同じことです、と。
 その点、鎮座さんは“しゃべる”と“歌う”と“ラップする”を自由自在に行き来しているように感じます。U-zhaanさんのTumblrにあがってる、ROYさんと鎮座さんのラップを、役者さんによく、しゃべりからラップに移行してまたすぐラップを止めるお手本として見てもらうんですけど、役者さんたちはなかなか、しゃべる時はしゃべるモードだし、ラップになるとラップするぞって前のめりになってしまって。

鎮座 ああ、なるなるなる! 僕も練習しましたよ。25、6歳のころ。友達にジャズからパンクから、いろんなレコードをかけてもらって、(ラップとしゃべりを)行き来するっていう。

柴 まあ、僕らがそれをマスターする必要はないんですけど(笑)、でもフリースタイルってどうやれば出来るんだろう、面白いなあと思ってるんですよね。


◎“自由な人”の成り方

柴 僕たちは2年前から小豆島で活動してるんですけど、そこは劇場がない町で、最初は公民館みたいな場所があるからそこでやってほしいっていわれたんですけど、その中でやっても人を呼び込むのが大変だなって考えて、僕たちも外に出てみようってことになったんです。鎮座さんも路上パフォーマンスをされていますが、なぜ路上に出て行ったんですか?

鎮座 その時はクラブとかに友達もいませんでしたし、自分自身でイベントを起こすって考えもなかったから。とにかく外に出て行こうと。で、充電で動くアンプを2台買って数人で井の頭公園に行ったら、みんなバッカーン!と開いちゃって(笑)。これは面白い!みたいな。でもただカッコつけてるだけのをやっても全然聴いてもらえないから、例えば買い物袋を持ってる人が通りがかると「今日はカレーかな?」って言葉をカッコよく言ってみる。練習っていうより遊びでしたね。でもそうやって自分をさらけ出すと、恥ずかしさが消えるというか、そもそもなんで恥ずかしく思うのかも分からずに最初は恥ずかしかったけど、そこを突破しないといけないんだろうなって思って。ちなみに実はその時出会ったのが、桜井響(鎮座DOPENESSと親交のあるビートボクサー)。たまたま響君が公園を歩いてて「俺もヒューマンビートボックスやってるよ」って話しかけて来たんですよ(笑)。

柴 そうだったんですね!僕たちは、小豆島でツアー演劇っていうか、僕が道案内をしながらお客さんを連れて歩いて行くとそれが演劇なるっていう作品をつくったんですね。でもその時に例えば買い物袋を提げた人が通りかかっても、台本にないからってその人に触れないと、不自然になったりして。見えてるものが見えないし、逆に見えないものが見えてる人みたいな、おかしなことが起きちゃって(笑)。

鎮座 それは不自然だ(笑)。

柴 そうなんです、その臨機応変さが難しかったですね。

鎮座 修行ですよね。

柴 だからあらためてフリースタイルってハードルが高いなと思って。その時思ったことをその場で瞬間的に作品化するっていうのは、どんな感覚なんですか?

鎮座 うーん、呼吸的な感じですよね、会話的だし。今はフリースタイルの時は全く何も、何をどう言いたいとか全然決めないで、その時のムードでやります。ライブの時もフリースタイルやりますけど、何曲かやって“あ、そろそろ口が回って来た。できるようになった!”って宣言してやりますから(笑)。

柴 以前、MC松島さんが、「フリースタイルってみんなやるけど、フリーって言いつつ不自由そうだ」ってフリースタイルをしてて面白かったんです。でも鎮座さんを見ていると、僕は“自由”ってワードを感じて。こんなに自由にパフォーマンスを体現している人は少ないなって思うんですけど……。

鎮座 ずっとやってきたからでしょうねえ。自分がカッコよく見られたいとかカッコいいことしたいっていうのを、全部忘れるまでやるっていう。一見するとダサいって思われることが実はカッコいいって分かるまで、時間が掛かるんですよね。自分でやってみないと分からないし。で、自分がフローしやすいように、美学とかがあってもひとまず忘れて、自分自身が好きなもの、たどってきたものに対して誠実に向き合おう……って、自分自身をサンプリングするうちに、それを形づくるのが俺のスタイルだったてことに気付く。でもそれに気付くのは難しいですよね、確かに。

柴 今でも舞台で緊張しますか?

鎮座 しますよ。あがるけど、でも自ずとスイッチが入りますね。ラップすること自体で緊張をほぐしてるのかもしれないですけど。

柴 鎮座さんには、才能とか天性のものを感じます。

鎮座 (三浦)康嗣君が言ってくれたなあ、「あんた天才だから」って(笑)。ただ感覚に身を任せてるだけなんですが(笑)。ある点でわきまえてるんだと思う、自分で。ファッションも言動も。あと至近距離にすごくいろいろ具体的に言ってくれる人が友達でいるとか。

柴 最近よく役者さんたちに「自由になってください」って言うようになったんですけど、カッコよく見せようとかうまく見せようとするのが、作品に対して一番悪影響っていうか(笑)。

鎮座 あはは(笑)。

柴 結果、悪いことになるのが多いんですよね。それに、器用な人を観てもあんまり世の人たちは楽しまないというか。それより自由自在にやってる人を観たいんじゃないかなと思ってて。

鎮座 その行為自体をエンジョイしている人ね。

柴 そうなんです。だから一般人でもその人が自由に振るまいさえすれば、すごくうまく見えるってことがあるなと思うんです。
 ところで、鎮座さんが“俺より自由だなあ”って思う人、いますか?

鎮座 うーん……自由だなって人より、自分の世界観に没入してる人を見ちゃいますね。周りから狂ってるかもって思われるほど、まったく状況を俯瞰せずに徹底的に自分の世界観に迷いなく入っちゃうような人。そういう人に今惹かれているような気がします。


◎作品への“自分”の入れ方

柴 鎮座さんのソロファーストアルバム『100%RAP』は歌詞が面白いなと思ってて。鎮座さんご本人に近いようでもあるし、でも物語性が強いものもあるような気がしていて。目覚まし時計のやつ(「チクタク」)とか、すごくよく考えられたファンタジーって感じがします。

鎮座 あのアルバムは、ある部分は事実をもとにしてますね。なるたけ自分に近いものを、俺が歌わなくてもいいように書いてる。「MOGU MOGU」って曲とかもみんなほかの人に歌ってもらえたらいいなと思って書いたんです。でもこういう考え、ラッパーには珍しいですよね。

柴 その考えは今も変わってないんですか?

鎮座 いや、あの時はいざアルバムをつくるってなった時に、「誰が俺のことなんか聴きたいわけ?」って思って。俺は歌うことが単純に好きなだけで、オリジナリティーを見せてやるぜとか、自己表現云々とかってことは考えてないんです。

柴 ああ、でもそれはにじみ出てると思います。

鎮座 それと『100%RAP』の時は、ウチの母ちゃん父ちゃんとか、周りの人に聴いてもらえるようにつくったというのもあります。まあ今も結局そうですけど、今は、もっと身近な、例えばうちの彼女とか友達から得たインスピレーションで、その人たちに伝わるように書きたいなって、めちゃめちゃそれを感じてますね。だからセカンド(アルバム)はそうなるだろうなと思います。

柴 演劇でも、自分をさらけ出さないといけないんじゃないかっていうか、つまり自分の悩みを突き詰めてつくった作品が傑作になるっていう思い込みがまだ僕の中にはあって。

鎮座 ありますあります!

柴 “ただ演劇することが楽しい”って作品をつくりたいとは思いつつ、僕は自己表現を切り離して、“演劇のこういうところが面白いよ”ってことを書いた作品で評価されるようになったので(笑)、今後はもっと自分を入れなきゃいけないんじゃないかと思ったりもしていて……。

鎮座 その入れ方は本当に難しいですね。

柴 ラッパーの方は、例えば田我流さんのように出身地の山梨のこととか、自分の悩みや叫びをそのまま作品にする人もいますが、鎮座さんはそこまで自分を出したいとは思ってないんですか?

鎮座 うーん、それって生まれた街に何かがあるんだろうなって思ってます。俺は地元っていうのがあるようでないって感覚を持ってるんですよ。調布生まれなんですけど、東京ではあるけど東京感はあまり感じられないかもしれない場所で……。西東京に、あんまり自分たちの街をレペゼン(代表)する感覚って少ないと思うんです。あ、でも調布と府中の違いは最近分かってきたかな。調布は美味しい居酒屋が多くて、府中には無い!って偏見ですね(笑)。

柴 へえ、その感覚は面白いですね。でも演劇でも、どこ出身でどこの街を書くかって結構大事かもしれないです。

鎮座 あ、ただ“なんで俺はこの都市を代表するって感覚にならなかったんだろう”ってことが、ヒップホップ目線で表現したいことなのかもって、今思い始めてはいます。


◎あえて抽象度を残す

柴 最初に話してらっしゃった、モード学園の「MODE」って曲、好きなんです。“自分で決めるんだ”って確かに言ってるけど、でもそれが3・11以降を意識した歌詞だったというのは気付かなくて、今日知ってびっくりしました。鎮座さんはそういった政治の話にしても、抽象度を意識的に高めて書くようにしているんですか?

鎮座 そういった意識というよりは、ライブでいかにパフォーマンスするかを考えて、曲をつくるんです。あまり具体的に曲のシチュエーションを決めちゃうと、どうしてもパフォーマンスする時に、それを演じてる感じになってしまう。でも抽象度を残しておけば、日々そのムードでやれるので。
 俺はとにかく歌うのが好き、シンプルに歌うことが好きなだけなんですね。もちろんラッパーは、そこで何を歌うかが問われるわけなんですけど……。

柴 今後、考えていることって何かありますか?

鎮座 例えばラップをやったことがない役者さんとか、一見するとこの人とはやらなそうだなってコラボをやることができたらと思ってて。

柴 普段同じ舞台に立たなそうな人と?

鎮座 そう。ただコラボするってことじゃなく、アーティストの世界観を汲んでもらいつつ、なぜこの役者さんとコラボしたか、その必然性が感じられるようなことができたら、演劇的にも映画的にもなりそうだなって。でもそのためにもまず、自分のことをちゃんとやれてないと。まだやれてないのかって感じですけど(笑)、まだラッパーの舞台に立ててない感じがする。まだまだなんですよね。


【鎮座DOPENESS(ちんざ・ドープネス)】
1981年生まれ、東京出身のラッパー。 独特な声質と巧みなスキルを駆使したラップで、フリースタイルMCバトルのシーンから頭角を現す。2009年、1stアルバム『100%RAP』を発表。同年、日本最大規模のフリースタイルMCバトル「ULTIMATE MC BATTLE」にて全国優勝。国内外の様々な音楽フェステイバルに出演。2013年、ミニアルバム『T.U.B.E.』を発表。

www.chinzadopeness.com


『わが星』夜話 -星降夜-【終了】

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人が生まれてから死ぬまでの約100年、星が誕生してから消滅するまでの約100億年。時報を合図に、団地で暮らす一家と星の一生を重ね描いた、劇団ままごとの代表作であり、柴幸男の岸田國士戯曲賞受賞作品『わが星』。

2015年5月より上演中の『わが星』再々演を記念して、『わが星』夜話と題した関連イベントを継続して開催中!

小豆島公演を目前に控える今回は、2011年に1ステージだけ行われた『わが星』と「□□□(クチロロ)」の楽曲が重なり合う一夜限りのスペシャルライブ □□□ 05『わが星』の映像と、2014年にオーディションで選ばれた高校生と共に創作した『わが星』のスピンオフ作品『わたしの星』の映像を、実際の公演会場でもある三鷹市芸術文化センター 星のホールで特別上映します!!


ままごと『わが星』夜話 -星降夜-
《□□□ 05『わが星』&ままごと『わたしの星』特別上映会》
2015年6月20日[土] - 21日[日]
@三鷹市芸術文化センター 星のホール

□TIME TABLE
6月20日[土]13:00☆ / 16:00★ / 19:00☆
6月21日[日]13:00★ / 16:00☆ / 19:00★
☆=□□□ 05『わが星』
★=ままごと『わたしの星』
*受付開始は上映の60分前、開場は上映の30分前。


□TICKET
■一般|予約 1,500円 当日 1,800円
■高校生以下|1,000円(予約・当日共)

□チケット予約|コチラよりご予約ください。


□主催|ままごと(一般社団法人mamagoto)

□協力|公益財団法人三鷹市芸術文化振興財団、□□□、株式会社カズモ


□問い合わせ
ままごと(一般社団法人mamagoto)
TEL=090-2561-8730 MAIL=mamagoto.org@gmail.com
www.mamagoto.org / www.wagahoshi.com


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