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大島優子はわたしのハートを盗んでいきました。


ヘビーローテーションで大島優子を初めて見た時、わたしの心が一瞬でさらわれた。

帽子から覗いて見える、うるうるとした瞳に大きな二重。笑ったらえくぼができるところ。ぷるぷるの谷間。体は華奢なのに、はつらつとしたエネルギーに溢れているところ。

だけど、刹那的なのが印象的だった。


彼女のえくぼに吸い込まれるかのように、PVを見続けた。親指が勝手にリピートボタンを連打する。

彼女を見た時、わたしは理性と本能の間で綱渡りをしていたのかもしれない。
そしてついに体の重心が傾いた瞬間、彼女はウィンクしながらわたしのハートを凄まじい速さで盗んでいったのだ。

ゆらゆら落ちたわたしは、空洞化した人形のよう。

つまり、わたしは大島優子に恋をした。


もちろんこれは性的ではない。わたしは女性で恋愛対象は男性のみだ。
けど、ふとした瞬間に「同性に心を奪われる」そんな出来事は誰にでもあると思う。

あの時もそう。デパ地下コスメのお姉さんの柔らかな接客に、仕事のミスで沈んでいた心が陽だまりに包まれて、わたしは一瞬で落ちてしまった。

メイクされる時に顔が近くなりドキドキする。わー、お肌が陶器のよう。爽やかないい匂い。10センチ先にある芸術的な顔を直視するのは罪深すぎて、目が合う前に、わたしは目を閉じた。自分の気持ちを悟られないように。




知れば知るほど、大島優子に夢中になった。
彼女の魅力はビジュアルもだけど、何よりも
一生懸命さ。

流れる汗すら輝いている全力のダンス、「こりす」の愛称で親しまれチームを盛り上げる姿。 

わたしが憧れていた「東京で夢を叶えた女の子」がそこにいた。


彼女が眩しくて、羨ましくて、たまらなかった。 というのも、わたしは自宅から外を見渡せば田んぼだらけの田舎に住んでいたからだ。 


ファミレス「ココス」に行くのも、しまむらに行くのも、レンタルビデオ「ゲオ」に行くのも、父に頼んで車を出してもらわないといといけない。免許を持っていなかったから、自分の足ではどこにもいけなかった。

そして、父の機嫌が悪ければ連れて行ってもらえず、田んぼだらけの「ここ」から出れずにいた。 


そもそも、出る勇気がない以前に、出るための手段すら知らなかった。父が車を出してくれないのであれば、自分の足で行けるところまで歩けばいい。お金をためて新幹線で何処かに行けばいい。

そんな発想さえも思い浮かばなかったのだ。

だからこそ、「きっかけ」が空から降ってきて、ここからわたしを連れ出してほしいと願っていた。 


車を10分ほど走らせた所にある、チェーン店が立ち並ぶファスト風土がわたしにとっての東京だったのだ。


そんな生活はそれなりに満足していたけど、街灯すらないこの街に深い夜が訪れるたび、わたしの心は絶望に包まれた。


ーああ、わたしもあちら側へ行くことができたのなら。 

ネオンサインに群がる蛾のように、きらきら光のある方向に吸い込まれたかった。できればそのまま摩天楼まで行くことを夢みて。

そんなときはいつだって、小さなスマホの画面に映る大島優子がわたしの心を煌びやかな世界へと連れて出してくれたのだ。 

とはいっても、それは現実逃避。

それでも退屈な日々を生きていく希望になった。


だけど、ふと思う。

もし、わたしが大島優子に近い要素が1つでもあれば、テレビに映る彼女を「わたしのほうが良い女よ!」と睨みながら見ていたかもしれない…と。

そして、「本当は彼女に勝てないと知ってるけど、認めたくない」その悔しさが心の底で沸々としては噴火していたかもしれない。


例えば、わたしがぷるぷるのおっぱいの持ち主とか、目が大きな二重とか、東京で地下アイドルしているとか、クラスで人気者だったりとか。

もしそうであれば、彼女を敵対視しては、
わたしのリップさえ塗らないカサカサな下唇を血が出るほどに噛み続け、さらには悔し涙も流していたに違いない。

口の中は鉄の味と涙のしょっぱさが入り混じる絶妙なハーモニー。

そして、これこそ最悪で最高な嫉妬の味だ。 


だけど、現実のわたしは彼女と正反対。
同齢という共通的を除けば、比較する要素がなかった。


きっと、自分の持っていないものを全て持っている女性に出会った時、嫉妬の次元をはるかに通り越して、憧れになり、さらには恋に落ちてしまう。

わたしにとってそれが大島優子だった。 



あれから、十数年、未だにわたしのハートは彼女に盗まれたまま。

今の彼女も大好きだけど、ヘビーローテーションや言い訳メイビーのPVは定期的に見ている。

それは、灰色だった毎日に、彼女に初めて色をつけてもらえたあの瞬間を思い出したくなるから。 

少女でもない、成熟した大人の女性でもない微妙な年齢は、眩しいほどに人生が輝く。
渦中にいるときは永遠のように感じるけれど、桜のように一瞬で儚くて刹那的だ。 

あの時の彼女の笑顔が、今もなお、わたしの人生に色を足し続けてくれて、水彩画みたいに優しいタッチになっているんだ。


つまりそれは、わたしが「あそこ」から飛び出し、自分の足で歩いて、自分の力で生きていく。 そんな勇気も大島優子は与えてくれたってこと。


探したらみつけた

◇ 

最後までありがとうございました!池松潤さんの嫉妬祭りに参加させて頂きました。
度々のフィードバックよろしくお願い致します。


タイトルの元ネタはこちらです。
藁人形に、ごっすん釘~♪


注)歌詞の一部であり、嫉妬しても藁人形にごっすん釘はしないので安心して下さいね。


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