【最強無比の絶対王者】勝川春亭が描いた伝説の力士『雷電爲右エ門』。勝率9割6分2厘!相撲界の歴史を塗り替えた巨人の本当の凄さなのだ!
みんな、こんにちはなのだ!「ずんだもん美術館」へようこそなのだ!
今回はいつもの西洋絵画からガラリと趣向を変えて、日本の伝統芸術である「浮世絵(錦絵)」の世界、そして江戸時代に実在した大相撲史上最強の男、雷電爲右エ門(らいでんためえもん)にスポットを当てるのだ!
まずは、江戸の絵師がその圧倒的な強さをどう表現したのか、この作品を見てほしいのだ。

うおおお!見てほしいのだ、この圧倒的な筋肉と威圧感! これは江戸時代後期に活躍した高名な浮世絵師、勝川春亭(かつかわしゅんてい)が描いた雷電なのだね。今回は、残された浮世絵をじっくり読み解きながら、現代の横綱をも遥かに凌駕する「怪物」の生涯と、その驚異的なエピソードに迫るのだ!
江戸っ子も腰を抜かした!規格外の巨体とデビューの衝撃
雷電爲右エ門は明和4年(1767年)、信濃国(現在の長野県東御市)の熱心な相撲好きの農家に生まれたのだ。子供の頃からとにかく体が大きくて力が強く、実家の石臼を片手で持ち上げたり、暴れ馬を素手でガシッと抑えたりといった、まるで漫画のような超人エピソードには事欠かない少年だったのだよ。
そんな彼が江戸に出て相撲界入りしたわけだけど、当時の体格データがとにかく凄まじいのだ。 なんと身長は約197cm、体重は約170kg!
江戸時代の成人男性の平均身長が150cm台後半だったことを考えると、現代でいうなら身長2メートル50センチ以上の大巨人が突然土俵に現れたようなものなのだ!まさに歩く大仏様、動く大山なのだね。江戸の街を歩くだけで、誰もが二度見、三度見して腰を抜かしたと言われているのだ。
天明8年(1788年)に初土俵を踏むと、その巨体から繰り出される圧倒的なパワーで対戦相手を次々と一撃粉砕。寛政2年(1790年)には早くも最高位の「大関」に昇進し、ここから彼の、前人未到の無双伝説が本格的に幕を開けるのだ!
驚異の勝率.962!あまりの強さに生まれた「禁じ手」の伝説
雷電の何が一番ヤバいかって、歴史に刻まれたその戦績なのだ。 現役生活の21年間、大関在位27場所の中で、通算成績はなんと254勝10敗(ほか引き分けなどあり)。 驚くべきことに、勝率は驚異の9割6分2厘(.962)なのだ!!
現代の大相撲でも数々の偉大な大横綱たちが素晴らしい大記録を打ち立ててきたけれど、通算勝率が9割6分を超えた力士は、長い相撲の歴史の中で雷電ただ一人なのだね。つまり、雷電が土俵に上がれば「ほぼ100%勝つ」という、対戦相手からしたら絶望しかない状態だったのだ。
しかも、あまりにも雷電が強すぎて、対戦相手がケガをしたり命の危険を感じたりしたため、雷電は「張り手」「突っ張り(鉄砲)」「カンヌキ(相手の両腕を外から抱え込んで強烈に極める技)」の3つの得意技を自ら封印した、あるいは相撲会所から禁止されたという「雷電の禁じ手」という伝説まで残っているのだよ。 自分の全力を出せない「縛りプレイ」の状態で戦い、それでもなお勝ちまくっていたなんて、チート以外の何物でもないのだ!
なぜ最強なのに「横綱」になれなかったのか?
ここで一つの大きな疑問が浮かぶのだね。「そんなに強いなら、なんで横綱になっていないのだ?」と。 実は、雷電の生涯の公式な最高位は「大関」のままだったのだ。
これには諸説あるけれど、当時の大相撲において「横綱」というのは現在のような最高位の「番付(階級)」ではなく、大関の中から選ばれた一握りのスター力士が締めることを許される「儀式用の地位(免許)」に過ぎなかったのだね。当時は番付上、大関こそが相撲界の事実上のトップだったのだ。
また、横綱の免許を与える権限を持っていた「吉田司家」と、雷電が所属していた陣幕部屋や、彼を抱えていたお殿様(松江藩の松平家)との間の政治的な大人の事情があったとも言われているのだ。 しかし、当時の江戸の人々は誰もが「雷電こそが実質的な日本一、横綱以上の存在なのだ」と認めていたのだから、形式的な名誉なんて関係ない、まさに実力だけで全江戸をひれ伏させた真の絶対王者だったのだね。
勝川春亭の筆が冴え渡る!浮世絵に込められた「雷電のリアリティ」
さて、ここで素晴らしい別の絵を見てほしいのだ。

こちらの作品も、同じく絵師・勝川春亭によるものなのだ! 今度は龍が豪快に描かれた黒雲の豪華な化粧廻しを締め、腕をガシッと組んで凄みのある表情を浮かべているのだね。肌が赤みを帯びて描かれているのは、体内の血潮が煮えたぎるような、圧倒的な生命力と「現役バリバリの熱気」をダイナミックに表現しているのだ。
勝川春亭は、力士の個性を大胆にデフォルメしつつも、その内面にある強さを引き出すのが抜群に上手い絵師だったのだ。
1枚目の絵をもう一度見ると、不自然なほどに丸々と盛り上がった肩や腕の筋肉、そして大地を踏みしめる巨大な足が強調されているのだね。これは当時の江戸っ子たちが雷電に対して抱いていた「人間離れした巨人」という畏怖の念を、そのまま視覚化したものなのだ。

対して2枚目の絵では、少し憂いを帯びたような、しかし絶対に揺るがない王者の風格、内に秘めた優しさと理性が表情に滲み出ているのだ。 実は雷電、ただの筋肉ダルマではなく、非常に勉強熱心で、当時の相撲界の様子や自分の戦績を細かく日記(『雷電日記』)に書き残すほどのインテリでもあったのだよ。春亭は彼の卓越した肉体だけでなく、そうした雷電の「人間としての知性と深み」も見事に捉えて描いているのだね。

🎨 「ずんだもん美術館」でさらなる名画の深淵へ
江戸の土俵を文字通り震撼させ、勝川春亭をはじめ多くの絵師たちにインスピレーションを与えた最強の怪物・雷電爲右エ門。 彼の残した勝率.962という大記録は、200年以上経った現代でも、そしてこれからも絶対に破られることのない、まさに人類のスポーツ史における遺産なのだ。
浮世絵に残された彼の筋骨隆々とした姿を見ていると、当時の江戸の人々がどれほど彼に熱狂し、時代を超えた強さに夢を託していたのかがビシビシと伝わってくるのだね。 みんなは、春亭が描いたこの2枚の雷電を見て、その圧倒的なパワーを感じ取ることができたかな?「もし現代の土俵に雷電がタイムスリップしてきたらどうなると思う?」なんて妄想も、ぜひコメントで教えてほしいのだ!
これからも、世界の名画だけでなく、日本の素晴らしい浮世絵や歴史のドラマを分かりやすく届けていくから、いつでも次回の作品を待っているなのだ!
👇 YouTube『ずんだもん美術館』チャンネル登録はこちらなのだ! https://www.youtube.com/@zunda_museum
チャンネル登録いただければ、これからの活動のエネルギーになるのだ!
応援よろしくお願いするのだ!
いいなと思ったら応援しよう!
よかったら応援してほしいのだ!
いただいたチップは、クリエイター活動のための制作費に使わせてもらうのだ〜!