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尽くしてきたのに報われないと感じたとき──私が「執着」に気づくまで

こんにちは
zukaです
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「私ばかり頑張っている気がする」──
私には、そんな思いが、いつも心の奥にありました。
でも、それがまさか「執着」だとは思っていなかったのです。

夫のため、家族のため、誰かのために尽くしてきたはずなのに、なぜか心が満たされず、どこかでいつも孤独を感じていました。
その理由に気づいたとき、私はようやく、「尽くしてきた自分」に執着していたことを知ったのです。
これは、その気づきまでの私の記録です。


表面上は「理想的な妻」でも、心は孤独だった

他人の目には、その頃の私は「よくできた妻」に映っていたと思います。
夫を立て、義理の両親にも従順で、家のことも手を抜かずにこなしていたからです。
でも心の中は、ずっと孤独でした。
「全部私がやらなきゃ」──そんな思いにとらわれながら、日々を過ごしていました。

結婚後すぐに義父ががんを患い、私たちは義両親と同居を始めました。
その頃、妊娠がわかり、私は仕事を辞めて、妊婦の体で義父と義母を手伝い、そして多忙な夫のサポートを引き受けることになりました。

夫は優しいけれど、仕事へのこだわりが強く、帰りの遅い日が多くありました。
そんな中で私は、自分の気持ちや体調を後回しにしながら、家族に合わせて生きていました。

義父が亡くなった後は、喪失に苦しむ義母の支えに力を注ぎました。
「私がいなければ、この家族は回らない」──
そんな思いが、ますます強くなっていったのです。

「家族のため」に動いていたはずが、そうではなかった

やがて夫が過労からうつ状態になり、今度は夫の心と体のケアに意識が集中しました。
私はまるで、「誰かの世話をすること」だけが、自分の存在価値だと思い込むようになっていました。

一生懸命ケアをしたにも関わらず、夫はギャンブルにハマることに‥

その頃の私は、いつも夫のことで頭がいっぱい。
子どもが話しかけてきても、どこか上の空で。
「夫の問題をどうにかしなければ」と、ただその一心で動いていたのです。

私の緊張した(殺気だった)雰囲気を見て、次男は「良い子」になろうとがんばりました。
一方で長男は、わざと突拍子もない行動をとって、私の気を引こうとしました。
それでも私は、どちらにもきちんと向き合えていなかったのです。

私の視線はいつも「問題」にばかり向いていて、「子どもそのもの」を見ていませんでした。

夫が元気になった頃、母親からのまなざしを全く受けられていなかった子どもたちは、エネルギー切れとなり、2人とも同時期に学校に行けなくなったのです。

「家族のため」は本当に「誰かのため」だったのか?

今思えば、あのときの私は「家族のため」と言いながら、実は「自分のため」に動いていたのかもしれません。
誰かに必要とされていないと、自分の存在がわからなくなる──
そんな心の状態だったのです。

このように、「誰かの役に立つことでしか、自分を肯定できない」状態は、「共依存」と呼ばれます。

共依存は、子どもの頃から「自分の気持ちよりも、親の気持ちを優先する(先読みする)」ことが当たり前になっていた人によく見られる心の働きです。
でも、共依存の関係は、知らないうちに「相手の自立を奪う側」になってしまうことがあります。
それが、子どもであっても、パートナーであっても。

私は家族を「支えている」と思っていたけれど、実は「支配していた」のかもしれません。

「尽くしてきた自分」への執着に、私は囚われていた

私は、家族のためにずっとがんばってきたつもりでした。
夫のため、義理の家族のため、子どものため。
でも今は、こう思います。

私は、「尽くしている自分こそが自分の価値」だと信じていたのです。
何も言わずに耐えること、人よりも多くを引き受けること、自分よりも誰かを優先すること──
それを手放したら、自分が「ダメな母親」「ダメな妻」
まるで何かから拒絶されるような感覚になる気がして、怖かった。
だから私は、「尽くす自分」に執着していたのです。

でも、本当に家族とつながるには、「誰かのための自分」ではなく、「本当の自分」とまずつながる必要があると、今ならわかります。

あの頃の私は、
「ちゃんと尽くすから、拒絶しないでほしい」
そう言ったほうが、きっと近かったのだと思います。


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