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【小説】鋼の詩(うた)〜サイドストーリー1〜

サイドストーリー①
「田中まさるの葛藤」


工場の片隅。

油の匂いと鉄が削れる音が満ちる作業場で、田中まさるは旋盤の前に立っていた。

回転する鋼材に刃先が当たり、鋭い削りカスが舞う。彼の指先は、微細な調整を繰り返しながら、完璧な寸法を追い求める。

「ほぉ、だいぶ腕が上がったやないか。」

振り向くと、腕を組んだ山崎誠一が立っていた。長年現場を支えてきた熟練工の眼差しは、どこか優しげだった。

「そんなん、今さら言わんといてくださいよ。もう何年この仕事やっとると思っとんのですか。」

田中は軽く笑ってみせたが、山崎はじっと彼を見つめたままだった。

「それはそうやが…最近、ちょっとピリピリしとるように見えるで。」

田中は一瞬、手を止めたが、すぐにまた旋盤のハンドルを回した。

「別に、なんもないですよ。」

「ほぉん? そないな顔しとるのにか?」

山崎はニヤリと笑い、横に腰を下ろした。その態度に、田中は内心ため息をついた。こうなったら逃げられない。

田中は観念し、旋盤を止める。「…若杉、知っとるでしょ。」

ぽつりと漏らした瞬間、自分の中にくすぶっていた感情が形を成した気がした。

「設計のエリート。図面を描いたら、俺らがその通りに作る。でも、どんだけ正確に作っても、現場でしか分からん不具合なんて山ほどあるんすよ。」

田中は握りしめた拳をゆっくりと開いた。

「でも、そういうのって設計には伝わりにくい。俺らが『ここ、ちょっとキツい』言うても、簡単に『調整してください』で終わることもあるし…」

言葉を選びながらも、田中の中に渦巻く苛立ちは隠しきれなかった。

「それに、あっちは何や…ちょっと理屈こねたら、上の人間も『なるほど』って納得してくれる。俺らが何か言うても、『まぁ現場の苦労も分かるけど…』って流されることもあるのに。」

山崎は黙って聞いていた。田中は自嘲気味に笑う。

「…くだらん嫉妬なんは分かっとるんです。でも、なんかモヤモヤするんすよ。」

沈黙が落ちた。少し重い空気が、二人の間に流れる。

山崎はやがて深く息をつくと、ぽつりと口を開く。

「ほんなら、まさる。お前、設計になりたいんか?」

「…いや、それは。」

「ほんなら、若杉とお前はそもそも立っとる土俵がちゃうやないか。」

田中は言葉を失った。

「お前はもうただの作業員やない。溶接もできる、機械加工もできる、組み立ても調整もできる。現場の技術を全部こなせるやつなんて、そうそうおらんぞ。」

山崎の声には揺るぎない自信があった。

「お前が苦労して仕上げた部品が、最後にちゃんと動いたとき、どんな気分や?」

田中は思い返した。

溶接の火花を浴び、工作機械を駆使して部品をつくり、慎重に組み立てと調整を繰り返した装置。最後のボルトを締め、スイッチを入れると、滑らかに動き出す——あの瞬間の手応えは、何度味わっても格別だった。

「…最高ですね。」

ぽつりとこぼれた言葉に、山崎は静かに頷いた。

「それが、お前の仕事や。設計と比べる必要なんかない。むしろ、お前が現場で培った技術で、若杉に『これならどうや?』って提案してやるくらいでええんや。」

田中は苦笑しながら、旋盤のハンドルを握った。

「なるほど…ほんなら、今度ちょっと、設計に文句言うてみますかね。」

「おう、ガンガン言うたれ。ただし、ちゃんと筋の通った話をな。」

山崎は立ち上がり、田中の肩をぽんと叩いた。その手には、経験と信頼の重みがあった。

「ええもん作るには、現場と設計、どっちも必要や。お前は、お前のやり方で、若杉に負けん仕事をしたったらええ。」

田中は深く息をつき、再び旋盤に向き合った。

(俺の仕事は、俺にしかできんことを極めることや。)

嫉妬するよりも、もっとできることがあるはずだ。

そう思いながら、彼は新たな気持ちでハンドルを回し始めた。その時、山崎の背中の辺りを気にする仕草をしていることに気づいた。

「山崎さん、もしかして…」

「ん? ああ、ちょっと腰が痛いんや。歳には勝てんわ。」
山崎は苦笑いした。田中はハッとした。
(そうか、山崎さんたちのようなベテランが支えてくれてるから、俺たちは安心して仕事ができるんだ。)

感謝の気持ちが湧き上がってきた。そして、同時に新たな思いが芽生えた。
(俺もいつか、後輩を育てられるような職人になりたい。)

田中は、今までとは違う熱意を胸に、旋盤のハンドルを今まで以上に力強く握りしめた。

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