雑司が谷散人の街道遊歩 1219
五日市街道 1日目-10 2020.5.31
五日市街道は喜平橋へ。
「喜平」の名は、小平新田開発のうち堀野中新田の組頭だった喜兵衛の居宅があったことによる。
五日市街道はここで、上水の北側から南側に移る。

西武多摩湖線の踏切手前の五日市街道左手に、堀端野中稲荷神社。
北野中新田の飛び地となっていた堀端野中の鎮守。
野中新田は、武蔵野の新田開発で珍しく、町人が開発を請負う町人請負新田だったという。

堀端野中稲荷神社前に架かる玉川上水の橋は、八左衛門橋。
玉川上水に通船された明治3年頃、小川新田組頭の滝島ハ左衛門がここに茶店を開き、船頭らの休憩場を設けるとともに、橋を架けたとされる。

桜橋を過ぎると、玉川上水堤の緑は一層深くなる感がある。
かつてこのあたりにはイチイの並木が見られたというが、今は殆どが枯死したようだ。
この先に往時の景観の記憶を伝える、一位橋が架かる。

商大橋を過ぎると、五日市街道右手の上水堤に小川水衛所跡。
境橋で見た境水衛所と同様、江戸期の水番所が明治27年に水衛所となり、上水の点検や清掃を行っていたが、淀橋浄水場廃止後の昭和55年に水衛所も廃止された。

